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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第二章 濁流は雷雲と共に
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第一話 狩りの夜

 深夜過ぎ。日中とは打って変わって閑散とした国道沿いに、白い光で存在を主張する建物があった。

 ガラス壁の内側から漏れ出ているのは、清潔感あふれる蛍光灯の光。ごく一般的なコンビニエンスストアだ。

 店内には厚手のジャンパーを着た男性客が一人と、年配の店員が一人。

 男は買い物かごに次々と商品を放り込みつつ、横目で何度となく、レジに立つ店員の様子を探っていた。

 明らかに不審な挙動だが、店員は気付かない。夜勤ということもあってか、その表情には疲労の色が鮮明に浮かんでいた。


(へへへ……これだけぼんやりしてる奴なら楽勝だぜ)


 男は内心でほくそ笑むと、取り澄ましたような顔でレジへ向かう。

 かごの中には発泡酒とジャンクフードが山のように積み上げられていた。もう少し高いものを選んでも良かったのだが、初回から大それたことはしたくなかった。

 店員があくびを噛み殺しながら会計を進める中、男は財布を取り出す。

 小銭入れから十円硬貨をつまみ上げた時、ちょうど計算が終了した。


「お会計、千九百十三円となります。ポイントカードは──」


「"釣りはいらねえ"」


 気障な一言を添えて、十円硬貨を指で弾く。

 カウンターの上に落ちた硬貨は反動で何度か跳ねた後、「十」と描かれた面を上にして静止した。


「じゃあな」


 男はレジ袋をもぎ取ると、店の外へと歩いていく。

 計算するまでもなく、金額不足だ。だが、店員が男を呼び止めることは無かった。


「あー……ありがとうございました……またお越しください……」


 間の抜けた声に見送られ、男はコンビニを後にした。

 店の前にある駐車場を越えて、そ知らぬ顔で国道脇の歩道を進む。

 百メートルほど歩いたところで振り返り、先ほどのコンビニが見えなくなったことを確認。

 そこでようやく、こらえていた笑い声を吹き出した。


「すっげえ……堂々と万引きできちまったよ」


 あの店員が警察に通報することは無いだろう。

 後で売り上げが合わないことに気付いたとしても、どうしてレジの金が足りていないのか、彼には決して分からない。

 なぜなら彼は、間違いなく、"お釣りが出るほどの大金を受け取ったはず"なのだから。


「ワケ分かんねえ……分かんねえけど……これ、最強じゃねえか……!」


 総身を駆け巡る興奮が、男の血潮を熱くする。歯列を震わせ、熱い息を吐いた。

 男がこの力に目覚めたのは、つい先日のことだ。

 バイト先の口うるさい上司に怒りを覚え、思わず「黙れ」と怒鳴りつけたところ、なんとその上司は丸一日口がきけなくなったのだ。

 その時は心因性のショック症状ということで片が付いたのだが、彼だけは事の真相を理解していた。


(俺の言葉には、力がある。他人を好きに操れるような、普通じゃあり得ねえ力が)


 それに気付いてからというもの、男は様々な場所で様々な実験を繰り返した。

 空を飛ぶ鳥に向かって「落ちろ」と叫んでみたり、ファミレスで好きなだけ飲み食いした後「ツケにしといてくれ」と言ってみたり。

 できることもあったし、できないこともあった。

 それでも、たいていは彼の期待通りになった。

 そして、これからはもっと思い通りになるだろう。


「まったく、とんでもねえ授かりもんだぜ。神様ってのが本当にいるんなら、ガチで感謝しねえとな」


 レジ袋を指に引っ掛けたまま、その場で拝むように手を合わせる。


「あざっす神様! ゴチになります!」


 冗談めかしてそう言って、天に向かって頭を垂れた。

 信仰心など欠片も持ち合わせてはいないが、ここまで運に恵まれていると、神がかり的な何かを感じてしまうのが人間というものだ。

 もっとも、そんなものは単なる思いつきでしかないし、誰か特定の神に向けた祈りでもない。自己満足だ。

 上機嫌の男は「南無南無アーメン」などと適当な単語をひとしきりつぶやいてから、自宅のある方角に足を向けた。


 すると、背後から声が返ってきた。


「いやいや、礼など要らんよ。おぬしはここで死ぬんじゃからな」


「──!?」


 浮ついていた心が、地の底まで叩き落された。

 頭は瞬時に振り向き、わずかに遅れて首から下が追いついた。

 遠心力で両手が浮き上がり、手元を離れたレジ袋が宙を舞う。

 袋はそのまま車道に落下。その衝撃で、発泡酒の缶がいくつか道に転がり出た。

 そのうちの一本がゆっくりと中央線を越えて……白い霧の中に、消えていった。


「な……」


 夜の街は一変していた。

 あたりには霧が充満し、全ての街灯、全ての建物が灯を落とす。

 代わって現れたのは、青の光。

 電柱の頂点に、あるいは道路標識の先端に。青白い光が、霧の世界を煌々(こうこう)と照らし出していた。


「一言命じて従わす……"ヒトコトヌシ"の力じゃな」


 また、声がした。

 声は男の目の前、すぐ近くから聞こえてくる。

 ……はずなのに、男がどれだけ目を凝らしても、霧の向こうに人影を見つけることはできなかった。


「誰だっ!? "出てきやがれ"!」


 "力"を込めて声を放った。

 強制力を持った言葉は、相手の意思を捻じ曲げてでも命令を遂行させる。生死を左右するような強い言葉でもない限り、今まで一度も失敗したことは無かった。

 だが、状況は変わらない。声の主はどこにも姿を現さない。


「しっかし……ショボいのう、おぬし。せっかく勅命(ちょくめい)の力なんちゅう大当たりを引いておきながら、何をするかと思えば憂さ晴らしと盗っ人の真似事ばかり。(じっつ)にショボい」


「"出てこい"! "出てこい"! ちくしょう……"出てこい"っつってんだろ!」


「まあ、何でもええけどな。おぬしが善人でも悪人でも、小物でも大物でも大王(おおきみ)様でも、ワシにとってはどうでもええことじゃ」


 やけに剽軽(ひょうきん)な、好々爺(こうこうや)のような声色。

 しかし、その声にはまぎれもなく殺意が含まれていた。

 男の呼吸が見る間に浅く、小刻みになっていく。虫が背中を這いずるような感覚は、恐怖に他ならない。


「おぬしは荒神。力持つ者じゃ。おぬしを狩る理由は、それだけで十分なのじゃよ」


「ごちゃごちゃ抜かしてねえで、顔を見せやがれ! おちょくってんのか!?」


「おうおう、じゃからこうして出てきておるではないか。あったま悪いのう、おぬし」


 声はすれども姿は見えず。まるで怪談の一場面だ。

 男は喉元まで出かかった悲鳴を飲み込みながら、半歩後ずさった。


「逃げても無駄じゃよ。フトタマの結界からは、何者も抜け出せん」


 それを追うようにして、声が少しずつ近づいてくる。

 足音は無い。だが、たしかに気配を感じる。

 男は何かを言おうとするが、口から出たのは「ひっ」といううめき声だけだった。

 そうしている間にも、形無き追跡者は距離を詰めてくる。


「く……"近寄るんじゃねえ"っ!」


 怯える心を奮い立たせ、かろうじてその一言を絞り出した。


「うむうむ、よかろう、そうしてしんぜよう。……というか、ぶっちゃけこれ以上近づきようがないのでな」


 声は、男の足元から返ってきた。

 反射的に飛び退こうとして、その両足が動かせないことに気付く。

 下に目を向け、言葉を失った。

 男の足を、何かが拘束している。

 冷たく、硬く、灰色の塊が、足首から下を覆い尽くしているのだ。

 それはコンクリートだった。

 彼が踏みしめているコンクリートの路面、その一部が剥がれて、まるで触手のように体を這い上がってくる。


「な──」


 何を、という言葉が最後まで(つむ)がれることは無かった。

 開いた口から入り込んだコンクリートが、男の喉を塞ぐ。

 石灰質の触手は食道を降下し、彼の体の中心付近まで伸びた後……トゲだらけの花を咲かせた。


「知らぬままに芽吹き、知らぬままに刈り取られる、か。ちと可哀想な気もするのう」


 内側から全身を串刺しにされた男は、オブジェのように立ち尽くしていた。

 濁りきった瞳には、絶命の瞬間に味わったであろう恐怖と絶望が克明に焼き付いている。


「じゃがまあ、アレじゃ。今世(こんぜ)風のナウい言い方をするなら……知らぬが仏、じゃよ」


 老いた声が静かに響く中、いくつもの影が輪郭を露わにしていく。

 巨人のような姿。虫のような姿。

 多種多様な異形たちが、霧の壁に特徴的な影法師を浮かび上がらせる。

 老いた声は満足そうに「うむ」と言うと、自ら音頭を取って皆に呼びかけた。


「待たせたのう、皆の衆。ではさっそく始めるとしようかの。──神代(かみよ)のための、有意義な話し合いを」


 二章は全二十二話。

 前半日常パート、後半戦闘パート(十三~十四話あたりから)です。

 今後の更新頻度ですが、書き溜め分が残っている間は一日一投稿(たまに二投稿)、書き溜めが尽きた後は二~三日に一投稿となります。

 少なくとも二章の間は一日一投稿のペースを維持できる目算をしています。

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