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第二十二話 見定めるもの

 高臣(たかとみ)学園の屋上から、地上を見下ろす人影があった。

 一人の男。それも、大男と表現できそうな偉丈夫(いじょうぶ)だ。

 肩幅は広く、鍛え上げた筋肉は鎧のように体を包んでいる。吹き付ける風を物ともせずに突き立つ姿は、堅牢な石の塔を思わせた。

 男は腕を組んだまま、射殺さんばかりの眼力で体育館をにらみつけている。

 彼のことをよく知る者であれば、その目に映る感情が浅からぬ懊悩(おうのう)であることに気付けただろう。

 灰色の屋上に立ち、静かに監視を続ける男。少ししてから、その空間に華やかな色彩が追加された。

 色付いたイチョウのように深みのある紅色。扉を開けて屋上に入ってきた、女子生徒の髪色だ。

 長い髪を後ろで編み込んだ少女は、男の威圧的な背中に気安く声をかけた。


「学園の被害調査、だいたい終わったわよ。留守中に襲撃されたって聞いた時は肝が冷えたけど、思ってたほど酷い状況じゃなくてよかった……」


 安堵する少女に、男は背を向けたまま、


「感想は後でいい。報告しろ」


「はいはい、了解してるわよ」


 少女は男の生真面目さに苦笑すると、どう見ても若者向けではない、前近代的(モダン)なデザインのメモ帳に目を落とした。


「まずは物的被害だけど……体育館が派手に壊されたことを除けば、施設の被害はほとんど無いようなものね。

 コップが割れたとか、ボールがひっくり返って調理実習室の床がクリームまみれになったとか、そんなところ」


「人的被害は?」


 男の語気がわずかに強まる。少女はそれに気付きながらも、努めて平常通りに、


「怪我人が何人かいるわ。正門のあたりに足を打撲した子が。それと、体育館にたくさん。でも、命に関わるような大怪我をした人は一人もいない。もちろん、死んだ人もね」


「それは、間違いないのか?」


 そこで初めて、男は少女の方を振り向いた。

 浮かべる表情は、驚愕、あるいは唖然と呼ばれるもの。男がそんな顔をするのは滅多に無いことなので、少女は危うく吹き出しそうになった。


「……なんだその顔は」


「何でもありません。続けてもいいですか?」


「なぜ敬語になる」


「個人的な事情です。お気になさらず」


「ふん」


 男が顔を背けている間に、少女は真面目な顔を作り直す。上向きになった口の端を修正し、表情筋に力を入れた。


「とにかく、死人が出なかったのは本当のこと。遠目からだけど、クロエちゃんに確認してもらったから間違いないわ。……あの三人には、感謝しておかないとね」


「にわかには信じられぬな。人を操る現神(うつつがみ)と戦い、誰一人として失わせることなく勝ちを得るなど、容易なことではない」


「必死だったのよ、きっと。でないと、たった三人で、何の情報も無しに現神(うつつがみ)を倒せるはずがないわ」


「であれば、なおさらだ。我が身が惜しいのなら、生徒たちに手心など加えている余裕はあるまい。奴らにはそうする理由も無い」


「少しくらいは人間の良心ってものを信用してもいいんじゃないかしら」


「奴らは荒神だ。まっとうな人間ではない」


(れん)くんが聞いたらへこむわよ。っていうか、今ここであなたの補佐をしてる女の子も荒神なんだけど?」


「屁理屈を言うな。お前たちとは付き合いの長さが違う」


「頑固ねえ……」


 気持ちは分からないでもないんだけど、と付け加えながら、少女はスマートフォンを取り出した。

 踊る指先は通話アイコンを選択し、一、一、九、と連続で画面を叩く。


「……こういう時、救急の人になんて説明すればいいのかしら」


「見たままを言えばいいだけだ」


「学園に戻ってきたらみんな倒れてました、って? 頭が痛いわね……」


「嫌なら(オレ)が話をする」


「そんなことしたら暴力団かテロリストの犯行声明と勘違いされるわよ。声は怖いし、いちいち言葉足らずだし」


「何を大げさな」


「そういえば、うちのお婆ちゃんがあなたの声を録音したいって言ってたわよ。

 『宗家様のお声をゴミ置き場に流しておけば、手癖の悪い野良猫どもはたちどころに退散するでしょう』ですって。町内会でも議題に上がってるみたい」


「やめさせろ。命令だ」


「もったいない」


「命令だ……!」


「もう、ムキにならなくても分かってるわよ」


 心外そうに眉を立てる少女。

 通話の準備は完了していた。彼女は流れのままに発信ボタンに触れようとして、その直前で手を止めた。

 スマートフォンから顔を上げ、なんとなく浮かんだ思いを口にする。


「彼らは、私たちと同じ道を歩めると思う? 力を得てなお、正しく在ることができると思う?」


 小さな声は冷たい北風に巻かれて、すぐに消えてしまう。

 風音が和らぎ、男が答えを返してくるまでには、数秒の間があった。


「荒神は災いを呼ぶ。それは揺るぎない事実であり、結果だ」


「本人たちにそうする意思が無かったとしても?」


現神(うつつがみ)は荒神を求めている。その真意までは計り知れぬが……それでも、(オレ)たちは荒神の存在を不安要素と見なさねばならぬ」


「でも、彼らは……」


 言いすがる少女に根負けしたのか、男は声帯を鈍く震わせた。


「安心しろ。奴らの処遇は保留にしておくつもりだ。(オレ)とて、好き好んでこの手を血で染めようなどとは思っていない」


「この際だから、こっちに勧誘してみるのはどうかしら? 今日みたいなこともあるし……私たちだって、いつまでも少数精鋭ではやっていけないでしょう?」


「秘密を知るものはできるだけ少ない方がいい」


「他人を信用してないのね」


「慎重なだけだ」


「なら、そういうことにしておきましょうか」


 話を終えると、少女は発信ボタンを爪で弾くように押した。

 通信が繋がり、"パニック状態の一般生徒"を演じる少女が途切れ途切れに言葉を吐いていく。

 その様子から目を離した男は、首だけを動かし、体育館に意識を戻した。

 暗幕の切れ目から見えるのは、青みがかった髪色の、ブレザー姿の少年。

 男は視線を集束させるように目を細めると、硬い声を発した。


「転校生……夜渚明。新たな荒神よ。この地で生き延びたくば、強くなる以外に道は無いと心得よ。

 どこまでも強く……それこそ、神々の思惑を超えるほどにな」


一章終了。

日付が変わる頃にこれまでのキャラや設定をまとめたものを投稿します。

本編とは関係ない備忘録みたいなものなので、設定をしっかり把握している方は読まなくても大丈夫です。


本作を楽しんでいただけた方は、下の方にある評価フォームから応援ポイントを入れてくださると作者が非常に喜びます。

ポイントを入れなくても完結はさせます。

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