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第十二話 神々の黄昏

 飛来御堂(ひらいみどう)の内部。夜のような静謐(せいひつ)の下を歩く大きな影があった。ニニギノミコトだ。

 通路を照らす光源は少なく、かろうじて周囲が見通せる程度。セントエルモの青い火が白い床に反射して、あたりを冷たい色に染め上げていた。

 彼の歩みは早くもなく遅くもなく、一定の速度を保っている。それはまるで、彼という存在を形作る感情までもが風化してしまったかのように見える。

 自分はどこに向かっているのか。己に問うても答えは返ってこない。

 目的地すら分からぬ放浪は、偶然にも彼を一つの場所へと導いた。


「……ここは」


 通路の右手には開かれた隔壁があり、その先には細長い回廊が続いていた。

 回廊の壁を埋め尽くすのは半透明の柱の群れだ。それらは等間隔に立ち並び、みな一様に内部の空洞を(さら)している。

 だが、彼は知っている。かつてはこの空洞に何十体もの機械兵器が格納されていたことを。

 昨日のことのように思い出せる。あの日の出来事を。

 それは記憶という形ではなく、明確な質感を持った幻像として彼に付きまとっている。

 ああ、まただ。

 見える。

 気まぐれに浮かび上がった過去が、自分を引きずり込んでいく。


「──ほら、言われた通り作ってやったぞ。これぞ生きた刀剣、カラクリ兵器ヨモツイクサだ」


 気が付くと、彼の横には一人の男が立っていた。

 完全武装の巨大な鎧武者。武具の全てが黒色の石材でできており、ヒゲの生えた厳めしい石仮面で素顔を隠している。

 しかし、それらが"武具"ではなく"彼の一部"であることは周知の事実だ。


「さしあたって50ほど作ってみた。ゆくゆくは異能を使わない生産手段に移行するつもりだが……それを考えるのはちと気が早いな」


 ニニギノミコトは満足そうにうなずくと、旧友の仕事ぶりに賛辞を贈った。


「実に見事な出来栄えよ。さすがはフツヌシ、高天原(たかまがはら)一の鍛冶師と称えられるだけのことはある」


「よせ、気持ち悪い。貴様に褒められると尻がかゆくなってくる」


「そなたこそいい歳をして照れるな!」


 2人は互いに罵り合い、それから破顔した。

 特殊ガラスで作られた格納装置、その中に眠る銀色のヨモツイクサを見つめながら、ニニギノミコトはしみじみとつぶやいた。


「ヒヒイロカネの輝きか。美しいな」


「精錬不足の余りものを流用しただけだ。我が銘刀、フツノミタマノツルギには遠く及ばぬ」


 貴様が急かさねばもう少しマシなものを、と愚痴るフツヌシ。

 ニニギノミコトは苦笑しつつも、無茶な納期を設定したことを内心で謝罪した。


「ふむ。姿形はなんとも面妖だが、まあこれは仕方なかろう。誰にでも得手不得手というものがあるからな」


「貴様!」


「待て待て、冗談だ。……いやしかし、こっちのやつは中々よくできているぞ」


 彼が目を向けたのは下だった。

 柱の隙間にひっそりと作られたスペースに、小さなカプセル状の格納容器が1つだけ設置されている。入っているのは四つ足の機体だ。


「それは没になった試作品だ。廃棄しようかと思ったが、溶かすのが忍びなくてな」


「たしかに勇ましさには欠けるな。だが、そなたの作品にしては愛嬌があっていい」


「ふん、もののふに愛嬌など要らぬ」


「だから照れるなと言っただろう! そなたこそ気持ち悪いわ!」


 楽しいな、と思う。

 旧知の間柄であるフツヌシは王である自分に対しても遠慮することはない。この長すぎる人生において、竹を割ったような彼の物言いに救われたことは一度や二度ではなかった。

 王とは孤独な存在だ。誰かに心を許すことも叶わず、全ての民を平等に愛さなければならない。

 現神(うつつがみ)となってからは特にそうだ。人々は自分に崇高な存在であることを求め、俗な振る舞いを許さない。

 決して理解されないもの。それが神なのだ。

 覚悟はしていたつもりだった。高天原の繁栄がため、その身を犠牲にすることは自分の望みでもあった。

 だが、長い年月が経過し、見知った顔が少しずつ減っていくたびに思うのだ。

 果たして自分の歩んできた道は正しかったのだろうか、と。


「して、他に要望はあるか? 土壇場でこれを変えろあれを付けろと言われても困るぞ」


「いや、これで十分だ。ヨモツイクサの量産が成ったあかつきには、全ての敵がこうべを垂れることになるだろう」


「敵……とな」


 ヒゲに手を当て、物思いにふけるフツヌシ。仮面の奥の眼差しがしばし揺れた後、ニニギノミコトに向いた。


「ときにニニギよ。貴様の言う"敵"とは何だ?」


「知れたこと。この日の元の地を脅かす、ありとあらゆる災厄のことだ」


「"高天原を脅かす"ではないのだな」


「……………………」


 自分がそう言えばフツヌシは納得しただろう。だが、それだけはできなかった。真意を嘘でごまかすことは無二の親友に対する裏切りに等しいのだから。


「……まあ、妙だとは思っていた」


 フツヌシはこちらから視線を外すと、大きく息を吐いた。


「現神と荒神を擁する今の高天原に敵はいない。蝦夷(えみし)はおろか、海の向こうの神聖ろうま帝国であろうと我らの治世を揺るがすことはできないだろう」


 だというのに、とフツヌシ。


「貴様はさらなる軍備が必要だと言った。神に依存しない兵器。そしてこの飛来御堂。その切っ先はどこに向けられている?」


 フツヌシがさらなる問いを投げかけようとした時、別の声が響いた。


「隠し事はそれだけじゃないだろう!」


 聞き馴染みのある声。ニニギノミコトがはっと顔を上げる。

 そこにあるのは回廊の壁だ。太いコードと電子部品に埋め尽くされた壁面の向こうから、霧のようにおぼろげな何かが近付いてくる。

 それは壁をすり抜け、ヨモツイクサの格納容器をすり抜け、ついでにフツヌシの体を正面からすり抜けた後、ニニギノミコトの前で止まった。

 一陣の冷たい風が霧を裂く。

 そこには一人の女性が立っていた。

 長い黒髪。白と赤の巫女衣装に身を包み、狐の面で顔の上半分を隠している。が、その口元には隠し切れぬ激情が浮かび上がっていた。


「キ、キクリヒメ……!」


「はっ、いかにもその通りさ!」


 うろたえる二人を前に、キクリヒメはヒステリックにほほ笑んだ。


「どうした? いきなり現れてビックリしたかい? まさかここがバレるとは思わなかった?」


 くすりと笑い、そして一瞬ののち、


「……お舐めでないよ、この唐変木(とうへんぼく)! あんたらが揃って悪だくみしてる時、いつもいつも後始末に駆けずり回ってたのは誰だと思ってるんだい! まったく、ガキの頃からちっとも進歩しちゃいない!」


「す、すまぬ! それについては()も謝らねばならんと思っていたのだ!」


「卑怯だぞニニギ! 今さら蒸し返しても怒らせるだけだと言っていたではないか!」


「たわけ! 余計なことを言うな!」


「お黙り!!!」


 ぴしゃりと一声。それだけで男2人は沈黙した。

 キクリヒメは怒気をはらんだ息をゆっくりと吐いてから、改めてこちらを見た。


「昔のことはいい。私が問題にしてるのは今の話だよ」


「今、とは?」


「とぼけるんじゃないよ。八咫鏡(やたのかがみ)のことさ」


 キクリヒメが胸元から取り出したのはいくつかの紙片。それが設計図であることをニニギノミコトは知っている。

 乱暴に押し付けられた紙片に目を通すや否や、フツヌシが声を荒げた。


「異能を封じる兵器だと……? キクリヒメよ、これはいったいどういうことだ!」


「トンチキな質問をするんじゃないよフツヌシ。そんなものの使い道なんて、考えるまでも無いだろう?」


 キクリヒメがこちらに詰め寄り、嚙みつかんばかりの形相を向ける。

 後ずさるニニギノミコト。キクリヒメの背丈はこちらよりずっと小さいというのに、彼はその気迫に圧倒されていた。


「ろくすっぽ顔も見せずに何をしてるのかと思ったら……何だいこりゃあ。あんた、とち狂って暴君にでもなるつもりかい!」


「そうだ! 貴様は一体何をしようとしている!?」


 こちらの退路を塞ぐようにフツヌシが立つ。

 彼の性格を思えば、納得のいく答えが得られるまでテコでも動かないことは分かっていた。いざという時は一戦交える覚悟であることも。そして、それはキクリヒメも同じだろう。


「ニニギ!」


「何とかお言いよ、ニニギ!」


 あの時の自分は、本気で悩んでいた。

 彼らに全てを話していいものか。彼らをどこまで信じるべきか。

 思考に次ぐ思考。逡巡に次ぐ逡巡。

 数多くの自問自答を重ねた結果、ニニギノミコトは本音を打ち明けることにした。


「余は……不安なのだ」


「不安だと?」


「そなたたちも気付いているだろう。このところ、高天原に不穏な空気が流れていることを」


「……現神と荒神の対立か」


 苦々しい表情を見せるフツヌシ。キクリヒメは短く嘆息するだけだったが、その心の内はここにいる誰もが理解していた。


「余が神産みを進めたのは神のためではなく人のためだ。神は人を愛し、そして人は神を敬う。この結びつきこそが高天原を繫栄に導くのだと、そう信じていた」


 ニニギノミコトはそこで一旦言葉を切った。その先を口にすることに抵抗があったからだ。

 言えば自分を否定することになる。否、自分だけでなく、高天原が歩んできた道のりをも。


「……だが、見よ。力を得た現神は徐々に(おご)り始め、ついには己が眷属たる荒神をも敵視するようになった。彼らがこのまま考えを改めなければ、この国はいずれ瓦解する」


「だからそうなる前に排除するっていうのかい? 昨日まで同じ釜の飯を食っていた仲間を?」


「必要ならな。神々を奉じる高天原のやり方が間違っているのなら、それは王である余がけじめを付けるべきことだ。違うか?」


 諭すような声色のニニギノミコト。

 自分のやり方は決して正しいものではないのかもしれない。

 だが、どのような決断であったとしても、その責を負うのは自分一人だ。

 自分は王だ。王は決して臣下に責任を押し付けてはならない。

 手を汚すのも、暴君と(そし)られるのも自分だけでいい。そうでなければならない。

 それこそが大王・ニニギノミコトに望まれていることであると、彼は信じていた。

 しかし、その考えを真っ向から否定する者がいた、それはフツヌシだった。


「いいや、違うぞ。ニニギよ、貴様は心得違(こころえちが)いをしている」


 こちらの言葉を咀嚼(そしゃく)するようにうつむいていたフツヌシだが、程なく顔を上げ、


「高天原の(とが)は高天原のものだ。貴様一人で背負うべきものではない」


「何を言う! このような大罪に他の者を巻き込めと申すか? 国を割って血で血を洗えと?」


「それこそ"必要なら"な。なぜなら高天原は貴様だけのものではないからだ。貴様が暴君であろうとしない限り」


 虚を突かれたように息を詰まらせるニニギノミコト。


「争いは、起きるやもしれぬ。血が流れるやもしれぬ。だがその痛みは皆で平等に分け合うべきものだ。神と人が互いに手を取り合う姿こそ、高天原の本質なのだからな。貴様もたった今そう言ったばかりであろう?」


「……それは」


 フツヌシは馬鹿者、と吐き捨てた後、


「何より……我は貴様を孤独な王にするつもりはない。慣れぬ策謀を巡らせるくらいなら、我に一声掛けろ。愚か者の首一つ、すぐさま飛ばしてくれるわ」


 仮面の奥の表情がニヤリと笑った気がした。


「ふん、図体が立派になっても血の気の多い性分はガキの頃と変わらないね」


 キクリヒメは呆れたようにフツヌシを一瞥(いちべつ)。一呼吸を置いてから、ニニギノミコトに向き直った。


「あたしはフツヌシほど悲観しちゃいないよ。現神(あいつら)はどうしようもない馬鹿だけど、道理の通じないケダモノじゃあない」


 言いつつ、問いと共に広げた片手を投げかける。


「思い出してみなよ。あいつらが現神に選ばれたのはどうしてだい?」


「彼らが、神にふさわしい徳を備えていたからだ」


「その通りさ。今でこそ天狗になっちゃいるけど、かつては皆に慕われる立派な英雄たちだった」


「しかし、今は……彼らを放置しておけば、高天原は……」


「相っ変わらず頭の固いやつだねえ」


 凄むように身を乗り出し、こちらの顔を覗き込むキクリヒメ。


「コソコソと粛清の準備を進める前にやるべきことがあるだろ? 面と向かってあいつらの横っ面を叩いてやれるのは、あんただけなんだよ」


「それは、そうだが。しかし、しくじれば高天原に決定的な亀裂が」


「それがどうしたっていうのさ」


 事も無げに一蹴。それから心底馬鹿にしたような口調で、


「あのねえ……こちとらあんたが完璧な存在じゃないことくらい承知の上なんだよ。あんたは間違いも犯すし迷惑だってかける。そんなあんたが王として慕われてるのはなぜだと思う?」


「……分からん。なぜなのだ?」


「あんたが本気で高天原を愛してるからだよ」


 わずかに口調が和らいだ。彼女は子供に言い聞かせるように、


「あんたに求められてるのは間違わないことじゃない。先頭きって高天原の未来を切り拓くことさ。後ろ向きな決意で来た道を振り返るくらいなら、清濁併せて前に進む気概を見せな。そうすりゃみんなついてくる」


「そう、なのだろうか?」


「もっと自信を持ちな。あんたの心も、あんたの異能も、どっちも優しくてあったかいものなんだ。それを忘れない限り、あんたはあたしの王様なんだから……」


 最後の方は口ごもっていて聞こえなかったが、それでもニニギノミコトの胸には熱いものが込み上げていた。

 自分は孤独な王ではない。それどころかとんでもない果報者だ。


「……そなたたちには敵わんな」


 彼らのような友を得ることができた幸運に感謝しながら、ニニギノミコトはつぶやいた。

 フツヌシは大笑し、キクリヒメは赤らめた頬を隠すように顔を背けた。


「ああ、もう! 湿っぽいのは御免だよ! ほら、やるべき事が決まったんだからさっさと動きな! 異能封じなんて馬鹿げた研究は中止して、この悪趣味なオモチャをお払い箱にするんだよ!」


「待て貴様! 我がヨモツイクサは悪趣味なオモチャではないぞ!」


「この不細工な鉄の塊が悪趣味じゃなくて何だって言うんだい! ご丁寧に犬っころみたいな足まで付けてさ!」


「それは没案だ!」


 それは、ニニギノミコトの人生で最も幸福だった瞬間。


 ──頂点に至れば、後は落ちるだけだ。


 この後に起きた出来事を自分は覚えている。初老の文官が息も絶え絶えに駆け込んでくるのだ。

 彼は自分の姿を見とめると、恐怖に目を見張りながらこう告げる。


「一大事でございます。謀反(むほん)でございます。あまたの現神が、手勢を率いて、御柱(ミハシラ)に──!」


 その瞬間、全てが暗闇に覆われた。

 しばらくして、闇の中に一筋の光が現れた。

 まばゆいスポットライトが暗闇を丸く切り取り、その下にある白いベッドを照らし出している。

 ベッドの上には小さな男。枯れ枝のような腕に病衣を通し、上半身を起こしている。

 顔は見えない。ニニギノミコトに見えるのは彼の頼りない後ろ姿だけだ。

 男は無言で闇の彼方を見つめていたが、こちらの存在に気付いたのか、小さな背中がわずかに反応した。


「陛下……そこにいらっしゃるのは陛下なのですか……?」


「……ハニヤスビコ」


 名を呼ぶと、男は震える両手で自らの身を抱いた。まるで恥ずかしいものを隠すかのように。


「陛下、神産みは……つつがなく終わったのですか? 私は、晴れて現神となれたのですか?」


 ニニギノミコトは答えなかった。


「陛下、どうして……どうして私は、皆様のようなたくましいお体をいただけなかったのでしょうか? そ、それとも……そういった変化は徐々に現れるものなのでしょうか?」


 媚びるように、すがるように。男の声には不安定な笑い声が混じっていた。


「陛下、どうして何もおっしゃってくださらないのですか? どうして誰も祝福に来てくれないのですか? どうして、どうして──」


 不協和音はさらに大きくなり、しゃくりあげるような嘆きまでもが加わり、


「どうして──母上は、会いに来てくだらないのですか」


 急に声のトーンが平坦になった。それは、彼の精神の死を意味するものだった。

 生ける屍が、こちらに顔を向ける。そこに張り付いた表情をニニギノミコトが忘れることは無いだろう。


「陛下……私は、失敗作なのですか?」


 そしてまた暗闇が全てを包む。

 数秒後、再びスポットライトが点灯した。白いベッドは消えており、代わりに布団が敷かれていた。

 そこに眠るのは女性だ。顔には白い布が被せられており、既に呼吸は止まっている。

 (かたわ)らには人身蛇尾の女性がうずくまっていた。彼女は両手で顔を覆い、声の限りに泣き叫んでいる。


「陛下……オモイカネが、死んでしもうた」


「……アメノウズメ」


 名を呼ぶと、女性は指の隙間から顔を覗かせた。泣き腫らした目に浮かぶのは悲しみと同量の恐怖だ。


「わ、(わらわ)は見たのじゃ! あやつが息を引き取る瞬間を! オモイカネほどの女傑が、まるで獣のようにもがき苦しみ……最期には己の名すら忘れていく様を……!」


 艶やかな髪を振り乱し、半狂乱で叫ぶ女性。その声が段々と小さくなっていき、


「妾も……いずれはああなってしまうのかえ? 病魔に体を(むしば)まれ、ザクロのように醜く腐り落ちて」


 その瞬間、床に()せっていた女性の体が、溶けた。

 肉の焼けるような音が一瞬だけ聞こえたかと思うと、亡骸は布団の染みとなった。


「ひいいっ!」


 蛇尾の女性が甲高い悲鳴を上げる。


「嫌じゃ、嫌じゃ! 妾はあのような姿になりとうない! この美しい体を失いとうない!」


 ほうほうのていで逃げ出す女性。その姿はスポットライトの範囲を超えて、闇の中へと消えていく。


「死ぬのは……怖いぃぃ!」


 悲痛な叫びが闇にこだまする。

 その反響が消えた後、また闇と光の切り替えが行われた。

 白い光の下、今度は鉄の巨人がうずくまっていた。いじけた子供のように肩を震わせながら。


「……カナヤマビコ」


 巨人は両手で膝を抱えたまま、視線だけをこちらに向け……(わら)った。


「これは驚いた! 大王様ともあろう方が、このようなむさ苦しい場所においでになられるとは! ご機嫌取りか? 点数稼ぎか? それともお説教か? 何にせよご苦労なことだな!」


 狂ったような哄笑(こうしょう)。しかし、それが長く続くことは無かった。

 笑い声は次第にトーンダウンし、最後に大きなため息だけが残された。


「やり過ぎだ、と言いたいんだろう? 分かっている。貴様はいつも正しい。……だが、こうする他に道は無かった」


 覇気の無い声。卑屈な態度。見た目に似合わぬ繊細な一面は、鉄の鎧に隠された彼の本質そのものだ。


「俺はできそこないで、おまけに(いくさ)狂いの乱暴者だ。戦うことでしか己の価値を証明できん。なら、そうするしかないだろう。殺して、殺して、殺し続けるしかないだろうが」


 巨人はさらに背中を丸め、頭を膝にこすりつけていく。

 山のように大きな体が、今はとても小さく見えた。


「貴様には到底理解できんだろうがな。無価値だとみなされることは、死ぬより怖いんだ」


 そう言い残すと、巨人の姿はたちまち闇に消えていった。

 

 またも光が点滅し、今度は鳥が現れた。

 巨大な鳥が、どこか遠慮がちな視線をこちらに向けている。


「……シナツヒコ」


 静かに名を呼ぶと、鳥はなぜか叱られた子供のように視線をそらした。


「陛下……あなたのご信頼に背いてしまい、本当に申し訳なく思います。ですが、我々はもう不完全であることに耐えられないのです!」


 鳥は翼で顔を隠し、抑えきれない感情を吐露していく。


「この国の(いしずえ)を築いたのは我々現神です! だというのに、民草はその功績を忘れ、敬うべき神々をも忘れ、型落ちの荒神風情を褒めそやしている! 我々の献身は! 痛みは! 犠牲となった同胞たちは! ますます軽んじられるばかりなのです!」


 歯を食いしばるような音が聞こえ、荒い息遣いが収まっていく。

 冷静さを取り戻した鳥が、今一度こちらに顔を見せた。


「ご安心ください。この飛来御堂にいれば御身(おんみ)の安全は保証されます」


 それだけ言うと、鳥はこちらに背を向けた。


「全てが終わった後であれば、どのような裁きでも受け入れましょう。ですから……今だけは、我々のわがままをお許しください」


 またも闇が世界を覆う。

 しかし、今度の闇は光に照らされてはいない。

 無明の果てから声だけが聞こえてくるのだ。


「父上! どうかお許しください!」


「────」


 その名を呼ぼうとして、しかし声は出なかった。

 なぜなら、自分にはもうその名を呼ぶ資格など無いからだ。

 自分は裏切った。見捨てた。犠牲にした。

 過去を変えることはできない。ゆえに、手を伸ばすことさえ許されない。


「ごめんなさい……次はきっと上手くやりますから……だから、見捨てないで……!」


 闇の奥から重苦しい音が響き渡り、その声は唐突に消えた。

 同時に、闇も消えた。

 まばたきと共に過去は消え、現在が戻ってくる。

 そこは飛来御堂の制御室だった。彼はいつの間にか回廊を抜け、目的地にたどりついていたのだ。


「……………………」


 ニニギノミコトは無感情な視線を虚空に定める。浮かんでいるのは文字の羅列だ。

 その内容が示す意味は一つ。彼の敵が、荒神たちが動き始めたのだ。


「間違っていたのだ。間違いは正さねばならぬ」


 覚悟を言葉に、ニニギノミコトは身を(ひるがえ)した。


「余は荒神どもを迎え撃つ。後のことは任せた」


 どこに向けたのかも分からない一言。

 彼がその場を去った後、その言葉に応じる声があった。


『お任せください。全ては正しき国譲りのために』


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