第十一話 天孫降臨
「大王ニニギノミコトか。まさか奴が生きていたとはな」
夕刻の生徒会室にて、明は生徒会前会長である武内暁人の言葉を聞いていた。
あの後、駆けつけてきた倶久理たちに晄とヒノカグヅチを預け、スクナヒコナと共に武内の待つ高臣学園まで戻ってきたのだ。
武内は高天原の重鎮である武内宿禰の子孫。ニニギノミコトを知るために欠かせない存在の一人だ。
「ニニギノミコトは高天原の初代国王であり、現神となってからもその地位に君臨し続けた。いわば高天原そのものだ」
「唯一絶対の王、か」
「さよう。あの傲慢な現神でさえ、皆一様に忠誠を誓っていたのだ。その力は推して知るべしであろう」
武内の口振りは重く、顔つきもまた険しい。常に気迫をみなぎらせる彼がここまで深刻な様子を見せるのはあまり無いことだった。
と、その時扉が開いて、門倉眞子と日下部蓮が入ってきた。
蓮は入ってくるなり武内に敬礼。門倉はこちらの会話が小休止に入ったことを確認すると、ようやく口を開いた。
「ヒノカグヅチはひとまずうちの屋敷で休んでもらってるわ。あそこなら干渉するような電化製品は置いてないし、白峰さんも一緒に付いてるから大丈夫だと思う」
「先輩のじゃなくて暁人様の屋敷なんだけど……ま、まあそれはいいや。とにかく今はニニギノミコトだ!」
蓮の言葉に皆がうなずきを返した。
敵の正体ははっきりしたが、それでも分からないことは山ほどある。奴と対峙する前に、それらの謎を埋めていく必要があるだろう。
最初に疑問を呈したのは明だった。
「奴が飛来御堂の主であり、この事件の首謀者であることはほぼ間違いない。だが、なぜ奴はそこにいた? というか、あいつは今までどこで何をしていたんだ?」
「え? どこって……飛来御堂に隠れてヒルコたちに指示を出してたんじゃないのか? 影の支配者って感じでさ」
当然とでも言わんばかりの蓮。しかし明は首を振った。
「ニニギノミコトが健在なら稲船やヒルコの出る幕は無い。そもそも飛来御堂は幽世に封じられていないのだから、わざわざ2000年も経ってから行動を起こすのは不自然だ」
それはずっと疑問に思っていたことだ。それこそ、この事件が始まる以前から。
2000年前の荒神狩り。現神の封印。そして、現代に蘇った現神による新たな神代計画。
その中のどこにもニニギノミコトの姿は無い。高天原の最重要人物であるはずの彼は、国の根幹を揺るがす動乱の中で忽然と消え失せていたのだ。
明は武内に視線を投げかけてみたが、彼もまた疑問の答えを探しているようだった。
「ニニギノミコトの行方については武内宿禰でさえも知らなかった。ゆえに、あの動乱の中で誰かに討ち取られたのであろうと皆が思っていた。おそらくは現神でさえも」
「でもそうじゃなかった、ってことよね。……あ、もしかして飛来御堂に隠れてたとか?」
「それでは2000年の隠遁生活を説明することができぬ。奴が名君であれ暗君であれ、王である以上は国を放り出すような真似はするまい」
何の気無しにつぶやいた門倉に、武内の鋭い指摘が刺さった。
「結構な難問よね……。私でも少しくらいは力になれると思ったんだけど」
「いわゆる一つのブレインストリーミングだと思えばいい。意見を出すことに意義があると思え」
たとえ的外れな意見でも、議論を重ねていくうちに真実へと近付いていくものだ。明の持論を証明するかのように、今度はスクナヒコナが口を開いた。
「門倉さんの意見にも一理あると思います。あくまで推測ですが、ニニギノミコトは飛来御堂に隠れていた……いいえ、囚われていたんです」
「虜囚ということか? しかし、何者が、何ゆえに奴を捕えたのだ?」
「現神が、己の内に生じた呵責ゆえに」
武内が眉をひそめる。彼は短くうなった後、無言で先を促した。
「皆さんには信じていただけないかもしれませんが、陛下は……ニニギノミコトは、荒神狩りに反対していたんです」
「反対だと? つまり……現神がクーデターを起こして国の実権を奪い、荒神狩りを始めた……ということだったのか?」
明の驚きは皆の思いを代弁するものだった。
現神は冷酷な支配者であり、人々の命を奪うことになんのためらいも無い。ごくわずかな例外はあれど、それが明の認識だった。
とはいえ、まさかその"例外"に現神の王が含まれているとは思いもしなかったが。
「私自身、ニニギノミコトは造反した現神に殺されたのだと思っていました。ですが、実際は違ったようです。彼は飛来御堂に幽閉されたことで、その後に起こった様々な戦いから完全に切り離された」
「なら、飛来御堂を浮上させたのは荒神たちに王の居場所を知られたくなかったからか。王の身柄は人質としても錦の御旗としても機能するだろうからな」
「ええ。ですが、それを知る現神は封じられ、飛来御堂の存在は人々の心から忘れ去られていきました」
「それで、最終的には現神でさえも飛来御堂が撃墜されたと思い込んじゃったわけね。何ていうか、コントみたいな展開ね……」
「当時の高天原がそれだけ混乱していたということだろう」
主君不在の理由がようやく分かってきた。ニニギノミコトは自らの意思で隠れていたのではない。動くことができなかったのだ。
「だとすれば、ヒルコの行動にも説明がつくな。奴は飛来御堂を洋上に隠すことで、現神に王の確実な死を信じ込ませた。奴らの罪悪感が増せば増すほど、後継者である稲船の影響力は大きくなるだろうからな」
「でもさ、それだったらニニギノミコトを殺しちゃった方が確実じゃないか? わざわざ生かしておいても邪魔になるだけだろ」
「絶縁されたとはいえ、親子である事実は変わらないからな。さすがに実の父を手にかけたくはなかったんじゃないか?」
「ヒルコがぁ? 無い無い! ぜーったい無い! あの大悪党にそんな人間性が残ってるとは思えないね!」
「その辺は当人にしか分からない事情があるんだろう。どうあれヒルコはニニギノミコトを殺さなかった。それを踏まえて話を進めるぞ」
過去の謎についてはこれで解決した。多少のズレはあるだろうが、おおむね真実を突き止めたと言えるだろう。
問題は、現在だ。
ニニギノミコトの行動には、致命的な矛盾が存在している。
「さっきから話を聞いてて思ったんだけど……ニニギノミコトが私たちを襲う理由が分からないのよね」
顎に手を当て、疑問をこぼす門倉。明はそれにわずかな首肯で応えた。
そうなのだ。ニニギノミコトは荒神と敵対する必要が無い。なぜなら彼は新たな神代に興味が無く、それどころか荒神を庇護する立場だったのだから。
「こういう場合、まずは『現神を止めてくれてありがとう』とか『部下が迷惑かけてごめんなさい』とか、そういうことを言いに来るべきよね。仮に文句があったとしても問答無用で攻撃するのはおかしいわ。王様なんだから堂々と会いに来ればいいじゃない」
「現代に蘇った王の目的、か。そういえば、国譲りに来たと言っていたが」
国譲り。それは記紀神話における重要なターニングポイントの一つであり、大和王朝が日本の正当な統治者となった経緯を記した物語だ。
文献によって多少の差異は存在するものの、おおまかなストーリーは共通している。
当時葦原中国と呼ばれていた日本に高天原の神々が降り立ち、土着神との対決を経て地上の支配権を譲り受けるというものだ。
「スクナヒコナ、高天原における国譲りとはどういったものだったんだ?」
「皆さんが知っているものとほぼ同じです。高天原の軍勢が当時この地方を支配していたオオクニヌシの一族と戦い、彼らを従えることに成功したというものです」
「オオクニヌシは高天原の出身ではなかったのか? 外様の武将がよく現神に選ばれたな」
「ひとえにオオクニヌシの人格が優れていたからでしょう。彼が高天原の一員になれば、これ以上の血を流すことなく戦争を終わらせることができる……ニニギノミコトはそう考えていたようです」
「それについては理解した。……しかし、今度は誰が誰に国を譲るというんだ?」
ニニギノミコトは既に日本の王ではない。
現代日本に現神は存在せず、討伐するべき異民族もいない。
何より、高天原の民は今や日本人としてのアイデンティティを確立し、おおむね平和に暮らしているのだ。一見すると、そこに古代の王が割って入る余地など無いように思える。
「国譲りっていうくらいだから、どうせまた同じこと繰り返すつもりなんだろ。日本征服だ。そうに決まってる」
「だったら私たちみたいな一般人じゃなくて国会議事堂とか首相官邸を狙うんじゃない?」
「それは……邪魔になりそうな奴を先に排除しておきたかったから、とか」
「それこそどうして、よ。ニニギノミコトは荒神に優しくしてたんだから、荒神が自分の敵に回るとは思わないでしょ」
「むむむ……」
矢継ぎ早の反論を受け、蓮の声に勢いが無くなっていく。
意気消沈した彼がため息と共に座り込み、とうとう誰も口を開かなくなった。
しびれを切らした武内が動きを見せたのは、会議が暗礁に乗り上げてから数分が経過した頃だった。
「これ以上は時間の無駄だな。どうあれ奴が何事かを目論んでいるのは明白なのだ。であれば、戦うほかあるまい」
野太い腕を組んだまま、強い眼力でスクナヒコナを射抜く。うつむいていた彼女が居住まいを正すように直立した。
「スクナヒコナよ。飛来御堂に乗り込むための算段はあるのか?」
「は、はい。亀石から得られた情報によると、飛来御堂は電気を利用した転移術によって出入りすることができるようです」
「ならば大和三山が役に立つな。もはや飛来御堂の守りは盤石ではない」
口元に闘志をにじませ、武内は笑った。
「敵の根城を強襲し、ニニギノミコトを討つぞ。謎解きの答えはその後に考えればよい」




