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第五話 黒鉄眺望

 一方その頃。高臣(たかとみ)学園の屋上にて、少し早めの昼食にありつく黒鉄(くろがね)良太郎(りょうたろう)の姿があった。

 彼は鉄柵に体を預け、砂を嚙むような表情で安っぽい菓子パンを消化していた。

 隣にいるのは親友の水野猛(みずのたける)だ。

 スラリとしたたたずまい。吹きすさぶ寒風に身をさらしながら、千切れた雲を目で追っている。

 こういう姿も絵になるのが猛のすごいところだ。泰然自若(たいぜんじじゃく)というか、確固たる自分を持っている感じがする。

 本人に言わせれば買いかぶり過ぎとのことだが、とてもそうは見えない。少なくとも目の前のボンクラどもにはたどりつけない境地だと黒鉄は考えていた。


「ううっ、寒っ……! ねえねえ黒鉄くん、やっぱり教室でご飯食べない?」


「賛成に一票。これで私たちは半数の民意を得た」


「部外者どもに投票権があるわけねえだろ馬鹿。俺が誘ったのは猛だけだっつーの」


 両手を摩擦しながら抗議するのはクラスメートの新田晄(にったひかる)。野暮ったい外見同様、中身もボケっとした女だ。

 その隣では金谷城望美(かなやぎのぞみ)が晄を風除けにしてくつろいでいる。こいつはこいつで何を考えているのか分からない、変人だ。


「つか、お前らなんで登校してるんだよ。今日は土曜日だろ」


「僕は生徒会の様子を覗きに来たんだよ。木津池(きずち)くん一人に任せるのはまだちょっと不安だからね」


「猛じゃなくて、そっちのお邪魔虫2匹に聞いてんだよ」


「それはもちろん園芸委員の仕事ですとも! 木津池くんが副会長になっちゃったからその分の仕事がどんどん溜まって大変なの」


「私は生徒会のヘルプ要員。木津池くんが変なことしないように見張っててほしいって神崎(かんざき)さんに頼まれた」


「全部オカルト野郎のせいじゃねえか」


 シメる相手が一人に絞れて結構なことだぜ、と黒鉄は自嘲。


「そう邪険にしなくてもいいじゃないか。せっかくだから彼女たちの知恵を借りるのも一つの手だと思うよ」


「いきなり心を読むなっての。俺はまだ何も言ってねえ」


「聞かなくても分かるさ。あのリョウが休日に登校するなんてただ事じゃないからね」


「昔は平日に登校するだけでも大事件だったけどね!」


「新田さん、座布団一枚」


「おいやっぱこいつら退場させた方が良くねえか?」


「それだけリョウが打ち解けてきた証拠だよ。……たぶんね」


 苦笑する猛。ふてくされた顔の黒鉄は、その場で乱暴にあぐらをかいた。

 しばし会話が途切れ、それぞれが食事を再開する。

 一足先に食べ終えた黒鉄は、コーラの缶を手に取り、口をつけ、そこで思案し、様子をうかがい、苦々しげにうなった後、そのまま飲まずに缶を置いた。

 代わりにカバンを引っ掴み、無言で何かを取り出した。

 それは一枚の紙きれであり、彼らにとって避けられない時期の訪れを告げるものだ。


「進路調査票、ね。道理で」


「お、黒鉄くんは今日が進路指導だったんだ。あれ緊張するよね~」


「先生の顔つきがゴツいから秘密警察の尋問感がすごい。改善すべきだと思う」


「緊張っつーか……そういうんじゃねえけどよ。ま、色々あるんだわ」


 冗談めかした態度で笑う。内心の安堵を隠すように。

 正直、冷やかされると思っていた。

 何を大げさな、と。小心者だと思われるのが怖かった。

 つくづく自分は臆病者だと思う。白紙の調査票に目を落とし、ややかしこまった口調で問いかけた。


「あー……その、お前らはもう書いたんだよな? 参考程度に聞いてもいいか?」


 他人に教えを()うのは彼の流儀ではない。が、それでも知りたかった。

 自分には何が足りないのか。他人は何を持っているのか。きちんと目を向けなければ、見えるものも見えてこない。


「私は進学、かなあ。とりあえず合格できるところに入って、将来のことはそれから考えても遅くないと思うの」


「なんか、やりたいこととか無いのか?」


「いっぱいあるけど、それって別に仕事とイコールじゃないよね? 好きなことは仕事にするなって言うし、無理に選択肢を縛る必要は無いんじゃない?」


 いつもは間の抜けた顔で授業を聞いている晄も、頭の中では色々と考えているようだ。

 あるいは"流れに任せる"というのも一つの答えなのかもしれない。重要なのは自ら流れに乗ることを決めたという事実なのだから。


「金谷城はどうだ? お前も就職って面には見えねえが」


「私も進学組。一応だけど、なりたい職業も決まってる」


「金谷城さんはしっかりしてるね。どんな仕事か聞いてもいいかな?」


 猛が合いの手を入れる。望美は一瞬考えるように息を止め、


「……イベントの企画とか、マネジメントに関わる事をしたいの」


 珍しく、照れを含んだ表情で言った。


「お母さんがそういう仕事をしてるっていうのも理由の一つ。だけど、一番の理由はやりがいが有りそうだから。自分の努力が目の前で明確な形になっていくのは、きっとすごく楽しいこと」


「……すげえな」


 それは素直な賞賛だった。

 彼女は彼女にしか作れない世界をすでに持っている。静かに燃える情熱は黒鉄が求めてやまないものだ。


「猛は……あ。やっぱやめ。言わなくていいからな」


「僕だけ仲間外れかい? リョウも意地が悪いね」


「いやだって分かりきってんじゃん。進学一択で、大学っつったら日本で一番有名なあそこだろ。これ以上何を聞けってんだコラ」


「学部とか? まあ、水野くんならどこでもよりどりみどりだけど」


 手当たり次第に学部名を挙げていく晄。猛は肯定も否定もせず笑うだけだ。

 猛の性格的に研究職の可能性は低い。医者や政治家も不可能ではないが、片親の彼が金銭的負担の多い道に進むとは思えない。

 だったら何かと言われると、付き合いの長い黒鉄にも分からない。

 思いつく限りの学部名を言い終えて途方に暮れる晄に、ヒントを出せとわめく黒鉄。猛の返事はそんな2人を諭すようなものだった。


「2人とも発想が固過ぎるよ。偏差値は大事だけど、大学の価値ってそれだけじゃないだろう?」


「実家から通える……なんて話じゃねえよな」


「それもある。だけど僕が言いたいのは、そこで何を学びたいのかって事だよ」


 考え込む2人。猛は言葉を続け、


「他の場所では学べない特別な知識。そこでしか得られない経験。そういった特色を無視して大学を語ることはできない。もっと言えば、これは大学に限った話でもないんだ。何なら大学という枠にこだわる必要すら無い」


「おい、それじゃあ何か? お前はラーメン屋になりたくなったら大学蹴ってラーメン屋に弟子入りするってのか?」


「かもね。ただし、その前に調理師免許と経営学は押さえておきたい」


「何にでも予習から入るよな、お前」


「下地となる知識の有無は技術の吸収効率に大きく影響するからね。急がば回れだよ」


 圧倒されたように息を吐く黒鉄。

 やはり猛には敵わない。初めて会った時からそうだ。彼は常にブレることなく、自身の未来を見つめていた。

 そんな彼がどのような道を選んだのか、とても興味が湧いた。

 こちらの考えを見抜いたのだろう。猛は口元だけでわずかに笑うと、自らの調査票を披露した。


「……てめえこの野郎! やっぱり俺の言った通りの進路じゃねーか!」


「そうだよ?」


「クッソみてえな茶番見せつけやがって! 何が『大学は偏差値が全てじゃないよ』だ!」


「一般論だよ、一般論。それに今日は僕の話じゃないだろ?」


 言って、猛はこちらをあごで示した。

 うぐ、と言葉を詰まらせる黒鉄。とうとう自分の番が来てしまった。


「リョウはどうなんだい? 目指したい職業とか、興味のある分野は無いの?」


「それが決まらねえから白紙なんだよ」


「"分からない"じゃなくて"決まってない"ね。一応、候補はあるって認識でいいのかな?」


「……まーな」


 一同の注目を集める中、黒鉄は自分の手をじっと見つめた。


「なあ……お前らはさ、自分の異能を何かに役立てたいって思ったことはあるか?」


 静かに弁当をつついていた望美はふと顔を上げ、


「スプーン曲げ、とか?」


「年末特番かよ」


「一度でいいから出てみたい、びっくり人間コンテスト」


「そうじゃなくってだなぁ……もっと実利的っつーか、とにかくそういうやつだよ」


 それは彼の中でずっとくすぶっていた問いだ。

 最初は降って沸いた超能力に浮かれるだけだった。しかし時が経つにつれ、別の疑問が頭に浮かぶようになった。

 この力は果たして戦うためだけに存在するのか?

 自分の異能は、本当に武器を作るだけのものなのか?

 その答えを知りたくて、彼はスクナヒコナに疑問をぶつけてみた。

 彼女が語る異能の在り方は、黒鉄の想像を超えたものだった。


「あのチビッコが言うには、俺の異能は他にも色々作れるはずなんだと。刃物だけじゃねえ。食器も、農具も、その気になりゃあ機械や家まで。フツヌシってのはそこまですげえ奴だったんだ」


 それを知った彼の心に芽生えたのは、純粋な憧れだった。

 思い、焦がれ、自らもまたそう在りたいと願う。一度灯った種火はそう簡単に消せはしない。


「だから、俺も頑張ればそういうことができるんじゃねえか? だったらそういう道を目指すのもアリなんじゃねえか、って、考えては、いるんだが……」


 ただ気がかりなのは、


「『だけど、現神と同じことが荒神にもできるとは限らない』……黒鉄くんはそう言いたいの?」


 (はし)を横に置き、フラットな視線を向けてくる望美。彼女の感情が読めないのはいつものことだが、その目は少し怒っているようにも見えた。


「ぶっちゃけると、そうだ。俺は自分の限界ってものを見せつけられるのが怖いんだよ」


 気圧されるように本音をこぼす。

 はっきりと口にしたことで自覚した。自分は迷っているのではない。前に進む勇気が無いのだ。

 人生の岐路を前に、選ぶことも諦めることもできず立ち往生。たとえどちらに進むとしても、その一歩に伴う責任は、重い。

 ぬかるみに沈んだ両輪は空回りを続けている。彼一人の力では抜け出せないほどに。

 だから、誰かの一押しが欲しかった。


「じゃあ、やめた方がいいと思う」


 かくして両輪は雑に蹴飛ばされた。


「てめえ……他人事だと思ってバッサリ斬りやがってよぉ」


「これは黒鉄くんを思いやったうえでの助言。愛の鞭と言ってもいい」


「わーってるよ。馬鹿な真似はやめとけって叱ってくれるのはダチだけだからな」


「それも少し誤謬(ごびゅう)がある。私は無条件でやめろとは言ってない。"覚悟が無いならやめなさい"って言ってるだけ」


 険を帯びていた望美の眉が下がる。


「じゃないとそれは都合のいい逃げ道になる。壁にぶつかった時、"できないんだから仕方ない"って言い訳してしまう。黒鉄くんにはそんな意気地なしになってほしくない」


「……はっ」


 笑みがこぼれる。同時に恐ろしさも感じた。

 望美は彼の望んだ一押しなど与えてくれない。岐路の前に立ちながら、「できるだろう?」とばかりに高みの見物を決め込むだけだ。

 助けなど要らないと判断している。信頼されているのだ。


「ん~、いいんじゃない? 私は黒鉄くんを応援するよ!」


「こっちはこっちで軽く言いやがって……」


 晄の発言は一応彼の期待していたものだが、ここまで能天気だと逆に不安になってくる。


「別に重く考えなくてもいいじゃん。とりえあず試しにやってみて、いけそうって思ったらそのままゴー。駄目なら他の道に進めばいいだけでしょ」


「そう簡単に行くかよ」


「なんで?」


「なんでって……あれ?」


 そうなのか? と思わず自問。

 言われてみればそんな気もしてきた。

 そもそも、なぜ道を間違えてはいけないのか。仮に間違えたとして、なぜ全てが手遅れだと決めつけるのか。

 様々なことに思いを巡らせていくうちに、黒鉄の中で何かが固まりつつあった。

 そして、最後の一手を差したのは猛だった。


「僕はどっちでもいいと思うよ」


「もうちょっと中身のあるアドバイスは無いのかよ!?」


「どちらに進んでも得るものはあるだろ? だったら好きにすればいい。別に引き返しちゃ駄目なわけでもなし」


 それどころか、と猛。


「引き返すことが正解な時もある。ゲームでもよくあるだろ? レベルを上げてからもう一度訪れることが前提の隠しダンジョンとか」


「だけどよ、そこを早めにクリアすりゃあ、それだけ強い装備が手に入るぜ?」


「そうだね。じゃあどうする?」


「……決まってんだろ」


 振り返ってみれば、こいつらに体よく乗せられただけのような気がする。

 だが乗ったのは自分の意思だ。そのことだけは絶対に忘れてはいけない。強くそう思った。

 できるかどうかは重要ではない。

 自分の選択に責任を持つこと。それが彼に課された唯一の命題だった。


 氏名:黒鉄良太郎。

 希望する進路:進学。どっか適当に工業が学べそうな大学。無理なら専門学校。


 素早く記入し、カバンに投げ込んだ。

 そのままコーラを一気飲み。握った缶がくしゃりと潰れ、次の瞬間真っ赤に燃えた。

 舞い散る火の粉が頬を撫でる。

 それが収まった時、黒鉄の手には銀の小刀が残されていた。きらりと光る刀身には(みやび)な龍の紋様が映り込んでいる。


「お見事」


 猛の賛辞に片手で応じ、刀持つ手を屋上の先に向けた。戦の合図をするように。

 唐突な行動を仲間たちが不審に思う中、黒鉄は言った。


「さて、と。長々待たせて悪かったな。──どこのどいつか知らねえが、さっさと出てこいや」



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