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第四話 飛来せし使者

「何だ、こいつは……?」


 明は疑問と共に視線を向ける。

 それは見たことも無いような姿をしていた。

 縦長の体に手足が2本ずつ。背丈はおおよそ2メートル。ピラミッド型の頭に口や鼻は見当たらず、その中心には透き通った赤い目玉が一つだけ付いている。

 人か? と考え、即座に否定。

 異質なのは頭だけではない。その体全体が、銀の光沢を放つブロックで構成されているのだ。

 さながらレンガ造りの人形。ぱっと見前衛アートに見えなくもないが、刃物のように長く鋭利な爪は殺意の表現に他ならない。


『どうかな。見覚えある?』


 最終確認をするようにトーンを落とすヒノカグヅチ。それに答えるのは倶久理(くくり)だ。


「ファッションセンスは人それぞれですが、そういう類の輩では無さそうですわね……」


「目立ちたがりのコスプレ配信者かもしれませんよ? ああいう人ってバズるためなら平気で自分を捨てられますから」


斗貴子(ときこ)様……そういったチャンネルはあまりご覧にならない方がよろしいかと」


「たまに冷やかすだけですよ。……でも、本当に何なんでしょうね」


 人形は微動だにせず、石舞台の上からこちらを凝視している。

 荒神や八十神(やそがみ)ではない。しかし現神(うつつがみ)にしては小さすぎる。謎だらけの来訪者に明たちの不安は増すばかりだ。


「人間レーダーさん、今こそ面目躍如のチャンスですよ。とりあえず現神かどうかだけでも教えてくださいな」


「現神の波動ではないな。しかしこの波長……どこかで見たような」


 明が過去の記憶を掘り返そうとした時、相手に動きがあった。

 正確には"まだ動いてはいない"。しかし明の異能は、人形の脚部に強い波動の隆起する気配を感じ取っていた。

 そこで明は気付く。この人形が持つ波動は、あのタケミカヅチと非常に似ているのだ。


「来るぞ! 散れ!」


 わずかな前傾動作の後、人形が飛んだ。

 石室をジャンプ台代わりに跳躍。

 弾丸さながらの直線軌道は"跳躍"よりも"発射"という言葉がふさわしい。

 瞬きする間に、着弾。

 衝撃は大地を刈り取り、(えぐ)られた土が天高く舞い上がった。

 が、そこに明たちの姿は無い。事前の警告が功を奏し、全員がその場から退避していた。


「──」


 姿勢そのまま、首を傾げるように明を見る人形。

 小刻みに点滅する赤い瞳。それが何を意味するのか明には分からない。

 明確なのは、こいつが敵だということだ。


「ご挨拶(あいさつ)だなトンガリ男。こういう時は最初に名乗りを上げるものだ」


「──」


「ん? ああ、そういえば口が無いのか。軽口を返すこともできんとは不憫な奴──」


「明さん!」


「分かっている」


 斗貴子の叫びが届く前に明は動いていた。

 目潰し狙いの手刀をかわし、続く回し蹴りを前転回避。互いの位置を交換しつつ、振り向きざまに振動波を叩き込んだ。


「──!?」


 人形は雷に打たれたように硬直。しかしそれも長くは続かない。


「ちっ、浅かったか」


 今ので勝負を決めるつもりだったが、相手は予想以上にタフだった。

 というか、単純に硬い。振動のエコーで確認してみたが、かなり高密度の金属でできているようだ。


「──!」


 頭がくるりと回転し、背後の明を視界に入れる。

 同時に手首が回転し、"背後"は"前"となった。……反撃が来る。


「ぐるぐる回すの、お好きなんですか? 良ければお手伝いしますよ」


 その時、死角から風切るような一撃が来た。異能によって加速した斗貴子の蹴りが、人形の側頭部を正確に打ち抜いたのだ。

 コマのように回り続ける頭。よろめく敵の胴体に、追撃の拳が入る。


「はぁっ!」


 響く快音。吹き飛ばされた人形が広場の端まで転がっていく。

 それを成した斗貴子はしかし、腫れた拳を押さえながら顔をしかめていた。


「痛ぅ~、冗談きついですよこれ。見た目以上にガッチガチじゃないですか」


「だろうな」


「だろうなって……どういう意味ですか?」


「おそらくあれはタケミカヅチと同種の存在だ。それなりに頑丈であることは予想できた」


 タケミカヅチの名前を聞いた途端、斗貴子の目の色が変わった。


「……有り得ません。タケミカヅチはあの時死んだはずです」


「落ち着け。本人が復活したわけではない」


「じゃあ何だっていうんですか? バックアップ用の機体がひとりでに動き出したとでも?」


「さあな。だが、あの人形は電気で動いている。それは紛れもない事実だ」


 明には見える。人形の全身を駆け巡る電気の流れが。その波形が。

 それは電気によって機械の手足を操作するタケミカヅチと同じものだ。

 明が動きを先読みできたのも、機体出力の上昇に伴う電圧のゆらぎを感じ取れたからだ。


「同じ、というのはあくまで技術的な意味での話だ。量産型、あるいはジェネリックタケミカヅチと言った方が分かりやすいか?」


「ちょ、ちょっと明さん!? こんな時に変なフラグを立てちゃ駄目ですよ!」


「は? 何を──」


 言い終える前にフラグが消化された。

 こちらに近づく新たな波動。明は慌てて振り向き、見上げ、舌打ちしながら言葉を投げる。


「新手が来るぞ! 構えろ倶久理!」


 それは山の上から飛んできた。鋭利に(とが)った手足を束ね、一振りの槍のようになって。

 量産型。その例えがずばり的を射ていたことに明はうんざりした。

 間の悪いことに、先ほど斗貴子が殴り飛ばした個体も活動を再開している。倶久理を助けに向かう余裕は無い。

 迫りくる人形と飛来する人形。刹那、明は倶久理に視線を送り、


「心配ご無用、ですわ! わたくし、ただのか弱い乙女ではございませんの!」


「では任せた」


 目の前の敵に相対した。

 直後に地響き。

 視界の端で何かが飛び散ったようにも見えたが、それはきっと砕けた土だ。犠牲者の血肉ではない。明はそう確信していた。


(俺としたことが、少々過保護になっていたか)


 倶久理とて一端(いっぱし)の荒神だ。一山いくらの雑魚ごときに後れを取る女ではない。

 彼女にしてみれば"こちらを串刺しにする飛び道具"など、もはや見飽きたものなのだ。


「量産型が駄目なら言い方を変えよう。こいつは劣化現神だ」


 既に電圧の変化は(とら)えている。ゆえに、その攻撃に対処することは、答案片手にテストを解くことに等しい。

 刺突をしのぎ、生じた隙に振動波を叩き込む。よろめく相手の(ふところ)に、続けて斗貴子の蹴りが入った。

 敵の外部装甲にはようやっとヒビが入った程度だが、少しずつ動きが鈍くなっている。明にとってはそちらの方が重要だった。


「お前の出番はもう少し後だ。準備しておけヒノカグヅチ」


 虚空に向かってそう言うと、紫電がかすかに瞬いた。

 ヒノカグヅチはすぐ近くにいる。しかし今はまだ彼に頼るべきではない。

 考えなしに異能を使えば、その大きすぎる力は仲間たちをも飲み込んでしまうからだ。

 重要なのはタイミング。敵の動きが止まり、彼我の距離が十分に開いた時。それはもうすぐのはずだ。


(残るは倶久理だが……)


 思った通り、人形の攻撃は倶久理を仕留めてはいなかった。

 明ともどもオオクニヌシの投槍でしこたま鍛えられたのだ。彼女は地面を転がり、小柄な体と動体視力を駆使して身体能力の差を補っている。

 もっとも相手は疲れ知らずの機械人形。形勢は徐々に悪化し、鋭い突きが眼前の倶久理をついに捉えようとした、その時だった。


「お気の毒様。エサに釣られた獲物を化かすのはわたくしどもの得意分野ですの」


 人形の胸元で、小さな何かが乾いた音を立てた。

 それは一枚の硬貨であり、倶久理が投げつけたものだ。同時に、彼女の異能の媒介でもある。


「──こっくりさんこっくりさん、おいでくださいな」


 震える硬貨。ぬるりと這い出る青い光。霊体の光。

 意思持つプラズマ──電気の光。

 召喚された鬼火はその体を一気に膨張させ、主人の敵に食らいついた。

 弾けるような音と閃光。ショートした人形が四肢を伸ばして立ち尽くす。

 すぐさま斗貴子が駆けつけ、無防備な体に掌底(しょうてい)を打ち込んだ。

 くの字に折れた人形はボールのように宙を舞い、手負いのもう一体と衝突した。

 今だ。


「舞台は整えてやったぞ。うんとデカいのをぶちかましてやれ」


『分かった』


 人形たちの頭上にはすでにヒノカグヅチが顕現していた。そのシルエットはかつての彼と同じ、恐ろしげな巨人の姿だ。

 周囲を漂うプラズマ球が放電し、眼下の獲物たちに牙を剥いていた。


『ごめんね』


 青の巨人はそうつぶやくと、抑えていた力を解放した。そこから先は一瞬だった。


「──!!」


 豪雨のような雷があたり一面を白く染める。

 強い光と耳鳴りに襲われ、明たちは思わず頭を押さえた。

 しかしそれもすぐに終わる。光は嘘のように消え失せ、広場に静寂が戻ってきた。

 人形たちはもう動かない。内部回路を焼き尽くされた彼らの波動は完全に消失していた。


「終わったか。久々にガチな戦いだったな」


「結局これは何だったんですか? 量産型とか言ってましたけど、タケミカヅチに兄弟がいたなんて話は聞いたことがありませんよ」


 物言わぬ残骸をいぶかしげに見つめる斗貴子。

 明はその(かたわ)らに膝をつき、慎重な手つきで人形に触れた。

 指先から放たれた微弱な振動波はこだまのような反響となり、内部の構造を彼に伝えてくる。


「……これは」


「一人で納得してないでちゃんと教えてください。そういう(わけ)あり仕草が余計なトラブルを招くんですよ」


「お前が言うな」


 さらに数秒を費やして調査を終えた明は、知り得た事実を確かめるかのように手のひらを見た。


「基本的な結論は変わらん。が、ひとつだけ訂正すべき点がある」


「というと?」


「こいつらに生体部品は使われていない。つまりは完全な機械……ロボット兵士だ」


 拳を作り、人形の頭を軽く小突く。生まれたのは固く冷たい音だった。


「こいつがどこの何者なのか、詳しいことはスクナヒコナに聞けば分かるだろう。撤収するぞ」


「アイサー。あ、この子たちの回収はお任せしますね。斗貴子ちゃんは(はし)より重いものを持ったことが無いので」


「俺を過労死させる気か」


『僕の力を使えば磁力で引っ張って行けるけど……騒ぎになったりしないかな』


 人間体に戻ったヒノカグヅチがキョロキョロと視線を巡らせていた。

 見れば、付近の人々が物珍しそうにこちらを眺めていた。

 真冬とはいえ休日の観光地だ。人通りはそれなりに多く、先ほどの騒ぎを目にした観光客がいてもおかしくない。

 スマホ片手に興奮する彼らを尻目に、明は涼しい顔で言い放った。


「ギャラリーは気にしなくていい。幸い、映画の撮影か何かと勘違いしているようだしな」


『僕たちの様子も撮影されてるみたいだけど……』


「どこぞの動画サイトに流出したとしても問題は無い。事実を裏付けるものが無ければ、星の数ほどあるフェイクニュースの一つに過ぎん」


『前から思ってたんだけど、明って人間不信なの?』


「違うわボケ! 世の中とはそういうものだと言っているんだ!」


 明はうんざりしたように顔を背け、


「ん? どうした倶久理」


 そこにぺたんと座り込む倶久理の姿を見つけた。


「あ、明様……どうしましょう」

「どうって、何が…………げ」


 彼女が示す先には設置したばかりのアンテナが……

 否。アンテナだった黒焦げの塊が、パチパチと放電を繰り返していた。



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