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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
最終章 そして日はまた昇る
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第十八話 決着

 自分は一体どこで間違えたのだろう。

 負ける要素は万に一つも無かったはずだ。

 最強の依代(よりしろ)を手に入れ、鉄壁の布陣を固め、万全の状態で敵を迎え撃った。念には念をと、虎の子の八咫鏡(やたのかがみ)まで投入した。

 試みは全て成功し、敵は満身創痍。輝かしい未来はすぐそこまで近づいていた。

 なのに。


「……何なんだ、これは」


 アマテラスは目の前の現実を受け入れることができなかった。

 破壊された八咫鏡。その残骸を踏み越えて迫る荒神たち。制御装置はやかましいアラートと共に現神たちの敗北を伝えてくる。

 まるで悪夢だ。道理や理屈を飛び越えて、最悪の結果だけがダイレクトに出力されていく。

 全身の血液が凍り付くような感覚は、二千年前のあの時に嫌というほど味わったものだった。


「嫌だ……」


 ぶるぶると震える唇が、自然と拒絶の言葉を(つむ)ぐ。


「嫌だ……!」


 脳裏に浮かぶのは、かつて経験した破滅の瞬間。

 ヒルコの忌み名を与えられた王子は、その時全てを失った。自身の名も、人としての肉体も、その存在までもが無かったことにされたのだ。

 ほの暗い黄泉の底、孤独なヒルコは世界を呪い続けた。

 どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか。一体自分が何をしたというのか。

 納得できない。認められない。あってはならない。こんな世界は間違っている。間違いは、正さなければならない。

 長い時を経て価値観は先鋭化し、蓄積された絶望が願いをねじ曲げた。ようやく地上に出られた時、彼は身も心も異形となっていた。

 全ては新たな神代のために。

 それは現神たちを動かすための殺し文句であると同時に、彼自身の覚悟を表す言葉でもあったのだ。


「やめろ、やめろやめろやめろっ! 出来損ないの粗神(あらがみ)が、これ以上ぼくの邪魔をするなぁっ!」


 アマテラスは拳を振り上げ、ヒステリックな金切り声を上げる。

 狂気によって増幅された精神力は、ヤサカニの反動を無視した異能の行使を可能にした。

 再稼働する磁鉄双結晶。二十四面体の頂点全てに玉のような光が灯り、全方位に向けて照射される。

 それはたとえるなら光のシャワーだ。四十八の殺意が飛び交う戦場に逃げ場など無く、ましてやその隙間を駆け抜けることなど不可能に近い。

 だが、理論上は不可能ではない。

 現に彼らはそうしていた。レーザーの弾道を予測し、一ミリの誤差も無い精密な動きで。


「……嘘だ。これは何かの間違いだ」


 よろめくように足を退くアマテラス。対する明は当然といった口調で、


「間違いでも幻覚でもない。こんな子供騙しでは俺たちを殺せないというだけの話だ」


「私たちは命懸けの戦いを何度も経験してきた。だから、一歩間違えれば死ぬ状況には慣れてる。いつも他人の体で楽をしてきたあなたには理解できないでしょうけど」


「知った口を……! たかだか十五そこらのお前たちにぼくの何が分かる!?」


「分からんさ。だが一つだけ断言できることがある。それは俺たちの勝利だ」


 アマテラスを見据える瞳はどこまでも透き通っている。

 そこには敵対者に向けるべき敵意も、下等種に向ける憐憫も映ってはいない。あるのはまばゆいばかりの希望だけ。

 憎しみと劣等感にまみれた自分とは、違う。その事実が言いようもなく(しゃく)に障った。


『だから言ったんだよ。あなたじゃ夜渚くんには勝てないって』


「その声は……新田晄!? いつの間に目覚めていた!?」


 アマテラスは舌打ちしつつ、これから始まるであろう肉体の主導権争いに備える。

 だが、そうはならなかった。

 頭の中に聞こえてくる声はとても悲しげに、そして淡々とアマテラスを諭すだけだ。


『ねえ、もういいでしょ? これ以上戦ってもいいことなんて何にも無いよ』


「まだだ! まだ終わってなんかいない!」


『ううん、無理だよ。だって夜渚くんは凄く強いから』


「力ならぼくの方がずっと強い!」


『そうかもしれない。……でも、心はそうじゃない』


 晄がそう言った瞬間、アマテラスの視界に見覚えの無い景色が出現した。

 それは過去の幻視であり、晄の記憶の中にある、いつかどこかの出来事だった。


 輪郭もおぼろげな、ノイズ混じりの映像。その中で少女はしくしくと泣いていた。

 足元には大きな水たまりがあり、その真ん中には包み紙からこぼれたクッキーがいくつも浮かんでいる。雨水を吸い込んでふやけたそれは、とても汚らしく見えた。

 調理実習で初めて作ったクッキー。とてもおいしくて、惚れ惚れするような出来で。お父さんとお母さんにも味わってほしくて。

 だから、ついついはしゃぎ過ぎてしまった。

 前方不注意。お馬鹿な少女は滑って転んで、努力は水に溶けた。

 もうどうすることもできない。悲しい少女は泣いて、泣いて、泣き続けて……そんな時。


「お前、何してるんだよ」


 ぶっきらぼうに話しかけてきたのは、同じクラスの少年だった。

 ほとんど話したことはないけれど、彼の苗字は知っている。ついこの間まで、毎日のようにテレビで聞いていたから。

 泣きべそ少女はつっかえつっかえ事情を話し、少年は相槌すら打つことなく話を聞いた。

 そして彼女が話を終えると、おもむろに濡れたクッキーを掴み上げ……あっという間に食い尽くした。

 唖然とする少女に向かって、泥を(ぬぐ)った少年は一言。


「すげー美味かったぞ」


 それだけ言って、去っていった。

 ただそれだけのことで、少女は救われた。

 酷い事件に巻き込まれたばかりで、自分だって泣きたい気持ちは同じだろうに。

 それでも、あの少年は一度だって涙を見せなかった。どこまでも強く優しくあろうとする彼の姿に、少女は真の太陽を見ていたのだ。


『……夜渚くんは、妹さんを失っても自分の殻に閉じこもることは無かった。どれだけ自分が辛くても、他人のことを気遣える人。それが本当に強い人だよ。

 強い人は絶対に諦めない。何があっても進み続けて、自分の思いを遂げてみせる。心を閉ざしてしまったあなたにそれができる?』


「黙れっ! じゃあどうすれば良かったんだ! あの時のぼくに何ができた!? 誰がぼくの味方をしてくれた!?」


『それは分からない。けど、今から変わることはできる。だから、もうやめよう? でないとあなたはもっと孤独になるだけだよ』


「黙れと言ってる! これ以上ぼくを惑わすなっ!」


 アマテラスは錯乱したように頭を振り回し、声の限りにわめき散らす。

 もう何も考えたくなかった。

 晄の声を聴けば聴くほど自分が卑小な存在に思えてくる気がして、アマテラスは思わず顔を覆い──


「捉えたぞ」


「──っ!?」


 そこに明の姿があった。

 あ、と思うより先に衝撃。

 特大級の振動波がアマテラスに撃ち込まれ、意識が激しく流転する。

 全身を引きちぎられるような痛みが何秒間か続いた後、唐突に消えた。何かに弾き飛ばされるような感覚と共に。

 肉体から追い出されたのだと気付いた時には、もう墜落が始まっていた。


「あ──」


 アマテラスではなくなってしまったヒルコが、遥か下へと落ちていく。

 どこまでも深く。空っぽの心に、誰知らぬ寂しさを抱えたまま。





「……終わったか」


 明は御柱のへりに膝をつき、静かに地表を見下ろしていた。

 もうヒルコの姿は見えない。青く輝く地球の空に、溶けるように消えてしまった。


「これで良かったのか、晄?」


「……うん。ごめん」


「謝る必要は無い。一番の被害者だったお前が決めたことだ。誰にも文句は言わせん」


 そう言うと、明は後ろに横たわっていた晄に肩を貸した。

 明は確かにヒルコを殺すつもりで振動波を撃った。それが失敗したということはつまり、晄が自分の意思でヒルコを逃がしたのだ。

 明とて彼女の選択を手放しで評価してはいない。

 だが、気持ちは理解できる。

 悲運の果てに暴君と化した一人の男。それをただ殺すだけで幕引きとしなかったのは、彼女なりの覚悟あってのことだろう。

 だからこの話は終わり。あとは、最後の締めだ。

 明と望美は晄と共に、御柱の頂上へと向かった。


「なんやかんやイレギュラーも多かったが、何とか間に合ったな……」


「新田さん、操作方法は分かる?」


「ん、大丈夫。任せて」


 晄は玉座に手を掲げ、厳かに目を閉じた。

 小さな放電音が聞こえたかと思うと、虚空に光る古代文字が浮かび上がっていく。

 それらが次第に数を増し、玉座の周囲を球状に取り囲んだ時。晄がかっと目を見開いた。


天之御柱(アメノミハシラ)よ、私の願いに応えて──!」

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