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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
最終章 そして日はまた昇る
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第十一話 発気揚々

 明たちが御柱に突入してから数時間。塔の外ではなおも熾烈な戦いが続いていた。

 草原を埋め尽くさんばかりの大部隊に、対するはたったの三人。これまではどうにか五分五分の状況を保ってきたが、その拮抗も永遠には続かない。

 限界はすぐそこまで迫っていた。


「次から次へと……! いい加減諦めてどっか行けよっ!」


 泣き言のような叫びを上げる蓮。彼は肩で息をしつつも、手近に生えた(あし)の葉をいくつもまとめて抱え込む。

 直後、葦の葉先が触手のように蠢いて、八十神(やそがみ)たちの足首を縛りつけた。

 動きの止まった彼ら目がけて振るわれるのはバラの大鞭だ。異能によって茎とトゲを肥大化させたそれは、敵の骨肉を破砕するには十分すぎる威力を有していた。

 一振りで十人近くが倒れ、されど息つく間もなく二十人がやってくる。その後ろには五十人が。


「これで三百……三百何人目だ? ……くそっ、もう数えてられるかよっ!」


「うろたえるな未熟者! 心乱せばつけ入られるぞ!」


「す、すみません暁人(あきと)様!」


 折れかけている蓮に(げき)を飛ばすと、武内は眼前の八十神を殴り飛ばした。

 さらに踏み込み、続けて二発。背後の敵も諸共(もろとも)に、とどめの貫手で串刺しにした。

 刃先のように揃えた指は確かに敵を(ほふ)った感触を伝えてくる。だが、彼の表情は依然として苦いままだ。


(体が重い。呼吸が苦しい。この(オレ)としたことが、鍛え方が足りなんだか……!)


 蓄積した疲労が重石のようにのしかかり、武内の体力をじわじわと奪っていく。それでも支障なく動けているのは、ひとえに彼の尋常ならざる責任感ゆえだ。

 既に門倉はスタミナ切れでへたり込んでおり、彼女を守る蓮の動きも精彩を欠いている。ここで旗頭の自分まで屈してしまえば、敵の勢いを止めるものは何もない。

 ひび割れた堤防の破滅的決壊を防ぐ最後の要石、それが今の武内なのだ。


「ごめんね、暁ちゃん。私がもっと強かったら、こんなことにはならなかったのに……」


 消え入るような門倉の声がする。武内は彼女に背を向けたまま、


「いいから休んでいろ。無駄口で体力を浪費するな」


「でも、私が足を引っ張ったせいで……」


「うぬぼれるな。凡人が己より劣っているのは当然のことだ。そのようなことで責任を感じられては武内家の立つ瀬が無い」


「ふふっ……不器用なところは昔から変わってないのね。なんだか不思議な気分」


「ま、眞子(まこ)先輩!? いきなりどうしちゃったんですか!?」


 戸惑う蓮をよそに、場違いなほど穏やかに笑う門倉。

 それから一呼吸の間を置いて、とても切実な声で、


「……ねえ、暁ちゃん。もしもの時は」


「黙れ」


 武内は壮絶な形相で振り向くと、その先に続く台詞を握り潰した。

 彼が感じているのは諦めつつある門倉への怒りではない。彼女にそう言わせてしまった自分への怒りだ。

 武内の血は誇りある血筋。開祖の宿禰(すくね)は大義のもとに高天原(たかまがはら)を倒し、その係累(けいるい)も皆護国のために命を捧げてきた。偉大な先祖たちの使命を受け継ぐことは、自分にとって何よりの誉れでもある。

 "武内"とは、人々の安寧を守護する者の姓なのだ。


「眞子、お前は何だ?」


「え? 何って……」


「答えろ。お前は己にとってどういう存在だ?」


 唐突な問いを受け、微妙な顔でフリーズする門倉。ややあってから一語一句ゆっくりと答えていく。


「……幼馴染で、副会長で、部下?」


「そう、部下だ。ならば主としてお前に命ずる。──安心しろ」


 忍び寄っていた八十神を一蹴すると、大仰な動きでマントを脱ぐ。たなびくマントは宙を舞い、門倉の胸元に。


「己が武内の役目を果たす限り、何人(なんぴと)たりとも現神のいいようにはさせぬ。そして、その中には無論お前も含まれている」


 続いて来る一団に突撃し、間隙を縫うような動きで各個撃破していく。


「ゆえに、お前はただ信じていればよい。信じてそこで待っていろ。武内家の者は決して嘘偽りを語らない。その身に流るる血潮に賭けてな」


「暁ちゃん……」


 その言葉は門倉を勇気付けるためのものであると同時に、武内自身が己に課した誓いでもあった。

 自分は将来武内家の全てを背負って立つ人間だ。自分の部下さえ救えないようでは到底話にならない。

 何より、彼らは自分にとって大切な存在なのだ。

 人々の安寧と言われて、まず初めに誰の安寧を望むのかと言われれば……やはりそれは、これまで自分を盛り立ててきてくれた仲間たち以外に無いだろう。


「蓮よ、己はこれから攻めに転ずる。しばしの間、この場の守りを任せてよいな?」


 それは問いというより確認に近いものだった。周囲に群がる有象無象を切って捨て、後ろ手で矢の雨を払いながら、武内は蓮の覚悟を推し量る。

 言ってから、愚問だったと後悔した。彼らが自分を信じているのと同様に、自分もまた彼らを信じているのだから。

 主の視線を受けた蓮は一瞬だけ目を泳がせていたが、それでも最後は歯を食いしばって弱音を飲み込んだ。


「……お任せくださいっ! 僕がいる限り、眞子先輩には指一本だって触れさせやしません!」


「よく言った。それでこそ日下部(くさかべ)の者よ!」


 武内は豪快に笑い、そのまま敵陣深くに飛び込んでいく。


「暁ちゃん──!」


 後ろから門倉の声が聞こえたが、それは先ほどのように覇気の無いものではなかった。

 それだけ分かれば十分だ。もう自分に怖いものなど何も無い。


「存分にかかってこい、八十神ども! 貴様らを地の底に封じた憎き武内はここにあるぞ!」


 天にも届くかのような大声と共に、鍛え抜かれた拳を振るう。

 極限まで無駄を排した動きは演武にも似ている。舞い踊る武内が次々と敵を蹴散らしていく様は、あたかも事前に取り決められた殺陣(たて)のようだ。

 武内は一切の思考を捨てて、目についた人影を片っ端から倒し続けた。


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 刃と拳、血と叫喚が織り成す凄惨な演目はどこまでも続く。

 武内の肉体には多くの傷が付いており、息吹永世(いぶきながよ)も途切れがちだ。

 しかし、武内は決して止まらない。

 一打一打に全力を込め、ただひたむきに、打つ、穿つ、討つ。

 ……それからどれくらいの時間が経過しただろうか。

 極度の疲労で足元もおぼつかず、意識すら曖昧になり始めたところで……武内はふと我に返った。


「む……?」


 草原には静けさが戻っていた。あたりに敵の姿は無く、足元では最後に倒した八十神が溶けだしているところだ。

 後ろを向けば、門倉の周りを嬉しそうに跳ね回る蓮の姿が見えた。


「終わった、のか?」


 まさか、と思った。

 本来なら喜ぶべきことなのだが、今は達成感よりも疑いの念が上回っていた。

 有り得ない。あっけなさすぎる。

 確かに自分は多くの八十神を倒したが、あの場にいたのはとてもこんなものではなかった。少なく見積もっても三倍はいたはずだ。


「無意識のうちに倒していたのか? いや、しかし……」


 伏兵や騙し討ちの可能性も考え、視線をもう少し遠く……草原の向こうにある原生林へと飛ばしてみる。

 武内はそこで信じられないものを見た。


「……何なのだ、これは」


 根元からへし折られた何十本もの巨木。八十神の名残とおぼしき大量の包帯と装束。一部の地面には重機に抉られたような跡まで残っている。

 どこをどう見ても、ここで誰かが八十神の相手をしていたとしか思えなかった。


「しかし……いったい誰が?」


 他の荒神たちは御柱内部に突入している。彼らがわざわざ戻ってくるはずはないし、仮にそうだとしても自分たちに一声ぐらいかけるだろう。

 いや、それ以前に……


「これほどの力を持つ荒神など、聞いたこともないぞ……?」


 武内は眉を引っ付けんばかりに寄せながら、深々と残された破壊の爪痕を見つめていた。


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