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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
最終章 そして日はまた昇る
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第十話 二人、天へ

「──夜渚くん、起きて」


 起き抜けの意識が捉えたのは、ささやくような少女の声と頬をぺちぺちと叩かれる感触だった。

 眠気を飛ばすように目頭をこすると、たっぷり数秒の時間を経て(まぶた)を開ける。望美が好奇心に満ち満ちた顔でこちらを覗き込んでいた。


「……何だそのオオクワガタを見つけた小学生みたいな顔は」


「びっくりしてた。夜渚くんみたいな人でも寝顔は無邪気なんだなって」


「普通、こういう時は心配そうな顔をするべきだと思うぞ?」


「夜渚くんならきっと大丈夫だって信じてたから。って言ったら感動してくれる?」


「ヴェーゼ付きなら五割増しでな」


「じゃあいい」


 頭の下に敷かれていた暖かいものがすっと引き抜かれ、明の頭は床の上に投げ出された。

 膝枕をされていたのだと気付いた時には、望美はもう立ち上がっていた。

 日々雑になっていく自分の扱いに危機感を感じつつ、明は目だけで周囲を見回す。背中を受け止める床は氷のように冷たいが、後頭部にはまだふとももの熱が残っていた。


「ここは……エレベーターの中か」


 頑丈そうな骨組みに囲まれた円形の大部屋。切り取られた天井は暗く、どこまでも続いている。

 床下から聞こえる羽音のような駆動音は、自分たちがその暗闇の先へと突き進んでいることを示していた。


「すまんが今置かれている状況を教えてくれ。エレベーターを見つけてからの記憶が曖昧なんだ」


 黒い何かが出てきたことは覚えているが、その後が思い出せない。

 じくじくと痛む頭を振りつつ上半身を起こすと、傷だらけになったエレベーターの扉が見えた。


「どこから話せばいいのかな。砲弾が飛んできたことは覚えてる?」


「ああ」


「私もよく見てなかったけど、たぶんあれがカナヤマビコだと思う。私たちは攻撃を受けて、ちょうどいいタイミングで開いたエレベーターの中に吹き飛ばされた」


「出来過ぎた展開だな。偶然か?」


 望美は首を振った。


「スクナヒコナがギリギリでやってくれたんだと思う。でないとエレベーターが動き出してるはずがないから」


「そのスクナヒコナはどこにいる?」


「分からない」


「他の連中は? カナヤマビコはどうなった?」


「分からない。ここにいるのは私たち二人だけ」


 望美の言葉が止まり、しばしの沈黙。そして、


「そうか。なら話は簡単だな」


 力任せに足を叩きつけ、その反動で一気に立ち上がる。背筋を反らした明の顔に不安は無かった。


「俺たちはこのまま御柱の頂上へ向かい、ヒルコを倒す。下のことは気にしなくていい。あちらはあちらでどうにかするさ」


「そう言うと思った。夜渚くんは前にしか進めない欠陥車だから」


 呆れたように手を上げる望美。だが、内心では彼女も同意見だということはいちいち確かめるまでもない。

 今宵(こよい)集った者たちはただのちゃらんぽらんな学生ではない。一人一人が一騎当千の力と心を兼ね備えた、荒ぶる神なのだ。

 だから明は迷わない。後ろは見ない。

 何と頼もしいことだろうか。自分には信じて背中を任せられる仲間たちがこんなにもいる。

 なればこそ、夜渚明は憂いなく前進することができるのだ。


「……日の出まであと少しだね。長くてもあと数十分で、それもたった二人で世界を救うなんて、本当にできると思う?」


 うつむきがちにスマホの時刻表示をにらみつける望美。そんな彼女に明は即答した。


「できるに決まっているだろう。なぜなら俺がここにいる」


「勝てると思う? 最強の荒神に」


「勝てないはずが無い。俺がいる限り勝率は100%だ」


新田(にった)さんを……助けられると思う?」


「当然すぎて論じる価値も無い。(ひかる)は必ず戻ってくる。朝日が東から昇るのと同様にな」


「じゃあ、もう一つ聞いていい? 夜渚くんはどうしてそこまで自分を信じられるの?」


「そうありたいと願ったからだ。何でもできて誰にも負けない、最高にカッコいい兄貴にな」


 それが自分のルーツなのだと思う。

 物心ついた時から妹は傍にいた。

 自分と一つしか違わない癖に、とても気弱で小さな女の子。

 守らなければならないと、本能的に感じていた。自慢の兄になれるようにと、子供心に努力した。

 妹が死んだ今もその思いは変わらない。理想の自分を追い求めることは、常に誇り高くあることと同義なのだ。


「俺は俺の可能性に誰よりも期待している。それと同じくらい望美にも期待している。だから望美、お前も自信を持て。そして胸を張れ。俺は張りのある胸が好きだ」


 明は最大限の敬意をもって望美にエールを送る。望美はピクリとも笑わなかった。


「死ぬほどどうでもいい情報をありがとう。おかげで肩の力とやる気が抜けた」


「それは何よりだ」


「夜渚くんには皮肉も通じない……」


 軽口の応酬ももはや慣れたものだ。望美の痛い視線を風と流しながら、明は上に目を向ける。

 目指す暗闇の中に、ぽつぽつと光の粒が見えた。粒は次第に数を増やしていき、殺風景な黒のスクリーンはいつしかプラネタリウムのような景色へと変わっていた。

 というか、そのものだ。明が見ていたのは空に輝く無数の星々だったのだ。


「宇宙……」


 自然とそう口にした時、エレベーターが速度を落とし始めた。

 ほんの気持ち程度の減速から、最後の百メートルはじっくり数分をかけて。そうしてついに、エレベーターはシャフトの上端に到達した。

 そこには壁も天井も無かった。周囲には星と宇宙の暗黒だけ。

 崖淵から下を見下ろせば、青い地球の丸みがうかがえた。


「凄い、ね。まるで宇宙ステーションから見た景色みたい」


「ああ……」


 隣にしゃがみこんだ望美がほう、と白い息を吐いた。明もどうにか返事をする。


「実際、高度はそれと同じくらいだろうな。成層圏か中間圏か……いや、それよりも、だ」


 綺麗は綺麗だが、こんなところで母なる星の美しさに感動している場合ではない。

 ここは幽世(かくりよ)の最深部であり、現神(うつつがみ)を封じるために作られた次元の井戸の底の底なのだ。普通なら外の世界が見えるはずがない。

 もしもこの景色がまやかしではないとすれば、それはすなわち幽世と現実が近づきつつあるということで……


「まさか……」


「そうだ。二千年の時を超えて、天之御柱(アメノミハシラ)は現世に姿を現そうとしているんだ」


 聞き覚えのある少女の声。それはシャフトから伸びる階段の先、御柱の頂上から聞こえてくる。

 明と望美は視線を交わすと、足並みを合わせて階段を上っていく。

 かくしてそこに彼女はいた。


「お前は……晄か? それともヒルコか?」


「どちらでもない。ここにいるのは新たな時代の夜明けを告げる者……真神アマテラスだ」


十一話は武内視点。十二話は猛VSハニヤスビコ。最終決戦は十三話からとなります。

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