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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
最終章 そして日はまた昇る
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第八話 復讐者の呼び声

 ほんの十数秒の間に周囲の環境は激変していた。

 見渡す限りの砂、砂、砂。吹き荒れる砂が全身を打ちのめし、うず高く堆積した砂が足を絡め取る。断じて比喩などではなく、そこには明確な意思と悪意が介在していた。

 だが、その悪意を糸引く存在は一向に姿を現さない。にも関わらず、砂の量は際限なく増えていく。これは明たちにとって非常に危険な流れだった。


「ハニヤスビコめ、姑息な真似をしてくれる……」


 人外の力を操る荒神といえど、砂嵐のように決まった形を持たないものを倒すことはできない。よしんば砂を破壊できたとしても、粒が砕けてより細かくなるだけだ。

 この状況を打破するためにはやはりハニヤスビコを直接叩くしかない。膝下まで埋もれていた両足を引き抜くと、明は波動探知に意識を集中させる。


「おい転校生、さっさと探知れや! このままじゃ俺の制服がから揚げみたいな色になっちまうだろうが!」


「うるさいぞから揚げくん。いいからもう少し待て」


「別にそう手間のかかるもんでもないだろ? もったいぶらねえでいつもみたいにパパッとやっちまえよ」


「無論そのつもりだ。そのつもりだが……」


「……なんだよ、早く言えって」


 口ごもる明に不穏な気配を感じたのか、黒鉄(くろがね)が急に声を落とした。

 明はかなり言い辛そうに、


「見つからん」


「あぁ!?」


「ギリギリまでアンテナを広げてみたが、現神(うつつがみ)の反応はどこにもない。この近くにはいないのかもしれん」


「いや、そんなはずはねえだろ。だったらこの砂はどこから来たんだよ?」


「それは……」


「たぶん、空調室じゃないかな」


 「たぶん」と言いつつも自信に満ちた猛の声。

 彼は右手でひさしを作ると、砂が目に入らないように注意して天井を仰ぐ。

 つられて明もそうすると、唸りを上げる通気口が茶色い空気を絶え間なく吐き出し続けている様子が見えた。


「ねえスクナヒコナ。確認なんだけど、高天原(たかまがはら)の空調設備は僕たちの知ってるものと同じ仕組みをしてるんだよね?」


「え、ええ。使われている技術はともかく、配管を通して空気を循環させるという設計思想は同じです」


「なら決まりだね。この砂は明の探知範囲外……それも、配管が集中してる空調室から空気と一緒に運ばれてきたんだ。そして、あいつがその気になればもっと遠くまで運ぶこともできる」


「ってえことは……」


「配管はこの塔のいたるところに、蜘蛛の巣みたいに張り巡らされてる。ハニヤスビコを倒さない限り、僕たちは砂にどこまでも追い回されることになるだろうね」


「そんなっ、空調室は逆方向にあるんですよ! 今さら寄り道をしている時間なんて……わぷっ!?」


 スクナヒコナは両手で口を押さえ付け、蛇のように潜り込もうとする砂をシャットアウトした。

 直後、重みすら感じる量の砂が振り始めた。咳き込むクロエが早口で、


「今後の方針も大事ですけど、とりあえず今どうするかを先に考えませんか? このままだと砂でお腹がいっぱいになってしまいますよ」


「まさに砂肝だな」


「さすが夜渚先輩、みんなが冷静になれるようにあえてクソ寒いギャグを口にしてくれたんですね。クロエ感激」


 砂嵐は刻一刻と濃度と激しさを増し、その勢いは留まるところを知らない。

 猛はどこまでも追ってくると言っていたが、実際はそんなことをする必要すら無いのかもしれない。

 明たちは砂のせいでほとんど身動きが取れず、既に通路の三分の一が埋もれている。進むにせよ戻るにせよ遅きに失した感があることは否めなかった。


「夜渚くん、こっち!」


 望美らしき誰かの声と共に、砂の向こうから細い手が伸びてくる。

 腕を掴まれ、導かれるままに足を踏み出す。すると途端に砂嵐が途切れ、目の前には汚れ一つ無い綺麗なままの望美がいた。


「おいすー」


「……気に入ったのか、それ?」


「割と。それはそうと、これで全員だよね」


 望美の周囲数メートルに広がっている無風無塵の空白地帯、それは念動力によって作り出された球形の障壁だった。

 障壁の内側には他の仲間たちが集まっていたが、一息ついている者は誰もいない。皆、すぐにでも次の手を打たねばまずいことを理解しているのだ。


「ひとまず安全は確保したけど、あくまでひとまず。もたもたしてたらこのまま生き埋めにされる」


「問題ない。ここさえ脱出できれば、あとは速攻でハニヤスビコを倒すだけだからな」


「ですが、先ほども申し上げたように時間がありません。かといってこれ以上戦力を分散させるのは……ああでも、ハニヤスビコは強敵で……えっとえっと……」


 ああでもないこうでもないと半ばパニック状態で目を回すスクナヒコナ。

 それを遠巻きに見ていた猛は、なにがしかを考えるように視線を逸らすと、


「だったら僕が行くよ。一人抜けるだけならそこまで戦力に影響は無いだろ?」


 投げやりに言い放つと、猛はさっさと障壁の縁に向かって歩いていく。


「一人ってお前……意味分かって言ってんのかよ?」


 (とが)めるように、しかし気遣わしげな表情で声を荒げる黒鉄。猛は言わずもがなといった様子で言葉を続けた。


「ハニヤスビコの砂に干渉できるのは僕の"水"と金谷城さんの念動力だけだ。他の人が行っても大して役には立たないさ」


「なら金谷城と二人で行けばいいじゃねえか」


「高い汎用性を持つ念動力の使い手をここで浪費するのは悪手だよ。切り札はここぞという時に備えて残しておかないと」


「そうか……? いや、お前が言うならそうなんだろうが……」


「大丈夫だよ。直接対決に持ち込めば、ハニヤスビコは防御にもリソースを割く必要が出てくる。今みたいに無茶苦茶な攻め方はできないはずさ」


「だがよ……」


 理詰めで押されながらも納得できない様子の黒鉄。無二の親友に対する信頼と不安が彼の中でせめぎあっているのだろう。

 明の意見はやや猛寄りといったところだ。

 危険は危険だが、無謀というよりある種の賭けだ。猛の見立てには頷ける部分が多々あるし、彼ほどの実力者であれば一対一でも十分勝機はある。

 とはいえ、黒鉄の気持ちも分からないでもない。

 近しい者の身を案じるのは誰しも同じ。家族であれ恋人であれ友人であれ、それは変わらない。


(まあ、かくいう俺も最近まで理解していなかったんだがな……)


 橿原市に戻ると決めた時の両親の顔を思い出しながら、明は黙って成り行きを見守ることにした。

 落としどころの判然としない話を締めたのは明でも黒鉄でもなく、斗貴子だった。


「はあ……本当に困った子です。これと決めたら意地でも退かないのは水野家の血なんでしょうか」


「姉さんを見て育ったからじゃないかな」


「お姉ちゃんのせいにしないでくだサーイ。私は満点取るまで徹夜したりしまセーン」


 間延びした声でわざとらしく嘆いた後、斗貴子は猛の頭にそっと手を置いた。


「……ですが、そういったひたむきさが猛の良さなのかもしれませんね。その気持ちがあったから、あなたはここまで強くなれた」


「どうかな。僕はただ、二度と負けたくなかっただけだよ」


「猛は一度も負けたことなんてありませんよ。負けたと思い込んでいただけです」


 斗貴子の指先が優しく前後する。それは砂嵐で乱れた髪を整えた後、すとんと肩に落ちた。


「あの時は『頑張れ』なんて絶対に言いたくありませんでしたけど、今なら言えます。──猛、頑張ってきなさい。あなたはできる子です」


「……うん」


 猛がこくりと頷く。姉である斗貴子が太鼓判を押したことで踏ん切りがついたのか、黒鉄もそれ以上口出ししようとはしなかった。元より猛の実力を一番評価しているのは黒鉄なのだ。

 そうしてちょうど話がまとまったところで、望美が口を開いた。


「一、二の三で周りの砂を思い切り吹き飛ばすから、その隙に水野くんは空調室に向かって。私たちはこれまで通りエレベータールームを目指す」


「空調室はこの道を逆走した先、保管区の突き当たりにあります。水野さん、どうかご武運を」


「大げさだなあ。ちょっと行って帰ってくるだけだよ」


 顔を上げた猛が気さくにウインクを返す。こちらを心配させないための冗句なのだろうが、猛がそう言うと本当にそう思えてくるのだから不思議なものだ。

 障壁の中心にいる望美を挟んで、猛とそれ以外の者が背中合わせに立つ。

 全員が走り出す準備を終えると、望美はカウントを始めた。

 一、二は固く、しかし三は力を込めて。


「一、二……三っ!」


 不可視の力が爆発的な勢いをもって発現し、1メートル近く積もっていた土砂を吹き飛ばした。


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