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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
最終章 そして日はまた昇る
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第七話 駆け抜けて

 天之御柱(アメノミハシラ)に乗り込んだ明たちは、ビルのような石柱が並び立つホールのただ中を駆け抜けていた。

 ホールは数階層を縦に貫く吹き抜け構造だ。継ぎ目の無い石床は鏡のような光沢を備えており、石柱もまた同じ材質でできている。平時であれば、さんさんと降り注ぐ白の照明がこの空間を美しく輝かせていたことだろう。

 しかし、そこは今や戦いが生み出す血と粉塵によって盛大に汚されていた。

 古の権力者たちが見せつけたかった優美さや荘厳さは失われ、剥がれ落ちた虚飾の下から出てきたのは目をそむけたくなるような人の業だった。


「上だ! 飛び道具が来るぞ!」


 立ちはだかる八十神(やそがみ)を薙ぎ倒しつつ明が叫ぶ。

 彼が視線を上げた先、上部に張り出した通路の縁には機械式のバリスタが顔を覗かせていた。

 複数の射出機構を統合して塔のようになった弩は、射手の指先一つで数十の矢を降らせるだろう。加えて周りにも同じものがずらっと並んでいる。

 明たちがホールの中央に差し掛かったあたりで、それらは一斉に牙を剥いた。


「望美っ!」


「任された。──曲がれっ」


 視界を埋め尽くす数百数千の矢。皆の前に出た望美は、数多の殺意に抗するように片手を振り払った。

 ただそれだけで、全ての矢が軌道を逸れていった。

 まるで彼らに道を開けるように。あるいは彼女を恐れるように。


「さすが、というべきか。アメノウズメの時は失敗していたから少々不安だったが」


「でも、今度は上手くいった。これで面目躍如」


 オモイカネの念動力は力場に立ち入るものを例外なく支配する。意志無き矢など、もはや望美の敵ではないのだ。

 床に散乱する矢羽を踏み折りながら、一行はさらに走る。道案内を務めるのは御柱の構造に詳しい稲船とスクナヒコナだ。


「御柱の制御装置は塔の頂上に存在する。まずは直通のエレベーターを制圧し、そこから一気に頂上へと侵攻するぞ」


「八十神には取り合わず、先に進むことを優先してください! 私たちの目的はあくまで新たな神代を止めることです!」


「つっても前に出てくるんだから仕方ねえだろうが、っと!」


 足を止めずに体をひねり、柱の影から現れた敵をなで切りにする黒鉄。

 そのまま流れで刀を投擲。ブーメランのように回転する刃先が前方の一団を真っ二つに切り裂いた。

 溶けゆく彼らの亡骸(なきがら)を飛び越え、広大なホールを後に。続いて戦場は入り組んだ連絡用通路へと移行する。

 通路のところどころは即席のバリケードや隔壁によって封鎖されており、かろうじて通行できるところにも大量の八十神が待ち受けていた。どうやら敵は徹底して時間を稼ぐつもりのようだ。

 しかし、そんなもので彼らの足を止めることはできない。なぜならここには万里を見通す"目"を持つ者が二人もいるのだから。


「こっくりさんこっくりさん、私たちをお導きくださいな!」


「行きなさい、カラスたち。最短ルートを見つけた子にはご褒美をあげますよ」


 青い光が壁の向こうに消え、十字路の四方にヤタガラスが飛び去っていく。

 霊と使い魔を併用したローラー作戦によって敵の布陣は丸裸となり、おかげで明たちは比較的安全なルートを選択することができた。

 そうして連絡用通路を突破すると、今度は資材運搬用の緩やかな曲線路に出た。

 幅は大型トラックが余裕をもって行き違えるほどで、道の両脇にはムカデの足のようにいくつもの分岐路が伸びている。

 一息ついた明がスマホに目をやると、時刻はちょうど午前二時になったところだった。日の出まではまだ猶予があるものの、これからの戦いを考えればそれほど時間はなさそうだ。


「思ったより時間を食ったが……あとどれくらいだ?」


「距離的にはあと半分程度だ。とりあえず、この道を終点まで進めばエレベータールームのある区画には出られる」


「何事も無ければ、か?」


「ああ。しかし、そういうわけにもいかないだろうな」


 稲船が曲線路の先に厳しい目を向ける。

 見える範囲に敵は無く、また隔壁も作動していない。鳴り響く警報の音も遥か遠く、空調の低音だけがやけにはっきりと聞こえた。

 先の激戦から一転、まるで台風の目の中に入ってしまったかのような感覚。

 この静寂は、自分たちが無事に防衛網を突破することができた証拠なのだろうか? それとも……


「……嫌な感じだな」


「ホラー映画のお色気シーンみたいな唐突さですよね。これから驚かせてやるぞーって仕掛け人の意気込みをひしひしと感じちゃいます」


 つぶやく明に斗貴子が同調する。

 自分たちはこれ以上ないほど効率的なルート選びをしてきた。それは逆に言うと、他に選択の余地が無かったということでもある。

 もし仮に自分たちが誘導されていたとすれば、そいつが仕掛けてくるのは敵の攻撃が止んだこの瞬間を置いて他に無い。

 明は呼吸を止め、左右の脇道に注意深く視線を走らせる。

 今のところ異常は無い。異能で探ってみても、妙な波動や誰かの足音は感じられない。空調の音がさらに大きく聞こえた。


「ん……?」


 気のせいではない。空調の音が明らかに大きく……それも異音と言っていいような掃除機じみた音を立てている。

 確信めいた思いを胸に、天井近くの通気口を見上げる明。

 そこには砂が詰まっていた。

 どこからか舞い込んだ大量の砂粒が、網目状の通気口をほとんど塞いでしまっている。

 そして、明がそれに気付いた瞬間。

 砂がすさまじい勢いで噴出し、それは巨大な砂嵐となって明たちに襲い掛かった。


「これは……!」


 慌てて口を塞ぐ明。既に他の者も敵の正体に気付いており、猛は不敵に笑いながら虚空をにらみつけていた。


「はははっ! ようやくお出ましかい、ハニヤスビコ!」

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