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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
最終章 そして日はまた昇る
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第五話 深海への船出

 時刻は午後十一時半。武内と合流した明たちは傾斜の険しい山道をしばらく進み、目的の場所へと到着した。


「なんというか……いかにも曰くありげな感じの場所だな」


 竹林の奥に待ち受けていたのはとてつもなく巨大な花崗岩(かこうがん)のオブジェだった。

 岩のサイズは軽トラックをやすやすと上回り、地中に埋もれている分も合わせれば小さな民家程度はありそうだ。

 側面にはくさびのような模様がびっしりと刻まれており、上部を見れば明らかに人の手でくり抜かれたような長方形の凹みが存在する。

 誰が、いつ、何のためにこれを加工し、ここに放置したのか。日本中の歴史学者が長年に渡って頭を悩ませてきたが、未だに有力な仮説は登場していない。

 ただ、愛称は存在する。

 岩船(いわふね)

 この謎に包まれた巨石は、古くから人々にそう呼ばれてきた。


「俺が覚えている限りでは、岩船の起源は不明という話だったが……この流れでいくと、やはり高天原(たかまがはら)絡みのものだったのか?」


「はい」


 感慨深げに岩肌を撫でるスクナヒコナ。もう片方の手は忌部山(いんべやま)で見せた(さかき)の枝を握っている。


「この岩は大和三山と同様に雷を生み出す性質を備えています。当時は三山の電力も潤沢ではありませんでしたから、大掛かりな結界を張る時は決まってこういった設備を利用していたんです。簡単に言うと電池ですね」


「だったら今はもう用済みじゃないのか? 大和三山という大口の電源があるのにわざわざ電池を使う必要はあるまい」


現神(うつつがみ)も再び幽世(かくりよ)に閉じ込められたくはないからな。岩船を補助電源にしておけば、万が一大和三山の機能が停止しても現世との繋がりは保たれるというわけだ」


 スクナヒコナと隣り合うような位置取りで稲船が岩に触れる。

 さっそく結界に干渉しているのだろうか、二人が触れた部分からはほのかに光る糸のような線がうっすらと伸びており、それは徐々に岩船全体を覆っていく。

 その光はたった今空に満ちている青い光と全く同じ色のもの──つまりは電気がもたらすものだ。


「……だが、今となってはそんなことを気にする意味も無くなってしまった。イザナミを取り戻し、三山の電力を手に入れた御柱はすべてを超越する。ヒルコがその気になれば、内側から直接幽世を破壊することすらできるだろうな」


「要は直接乗り込んでブチのめすしかねえってことだろ? 上等じゃねえか」


 好戦的に拳を打ち合わせる黒鉄(くろがね)。声にこそ出さなかったが、他の者たちも同じ気持ちであることは確かめるまでもなかった。

 瞳の奥には不安があり、少なからぬ恐怖があり、それより多くの勇気がある。

 彼らの勇気の素となるもの。あらゆる生物の中で人間だけが持ち得るという、己を強く保つための力。それは意地や矜持と呼ばれるものだ。


「……なるほど。確かに君の言う通りではあるな」


 わずかに眉を下げ、静かに鼻で息を吐く稲船。それが微笑なのだと気付いたのはおそらく明だけだろう。


「あと一分ほどで幽世内部への転送を開始する。全員、戦う準備をしておけ」


 一同が頷き、それから沈黙が訪れる。

 一分という時間は短いようでとても長い。息が詰まるような雰囲気の中、明は気持ちを落ち着かせるように自身の胸を叩いた。


「……おい、転校生」


 ふと、耳元で黒鉄のささやく声がした。そのまま耳を引っ張られ、無理矢理後ろを向かされる。

 この状況でもちょっかいを掛けてくるとは本当にどうしようもない馬鹿だなお前はと言おうとして、


「ほれ、手土産だ。ありがたく受け取りな」


 すんでのところで言葉を飲み込んだ。

 押し付けられたのは大きな布袋。布の口は紐で軽く縛られており、中には長細い何かが入っているように見える。

 反射的に受け取ると、確かな重みが腕に伝わってきた。


「おい黒鉄、何だこれは?」


「とりま開けてみ。マジでビビるから」


「はぁ……?」


 いまいち理解の及ばぬまま、とりあえず中を覗き込んでみる。

 そして驚愕した。

 中に入っていたのは、明が決して忘れたことのない"あれ"だった。かなり小振りになってはいるが、その輝きには寸分の衰えもない。


「まさか、お前が打ち直したのか?」


 唖然とした顔で尋ねると、黒鉄は「まあな」とめんどくさそうに答えた。


「ついさっき木津池(きずち)の野郎に超特急で頼まれてな。なんかよく分かんねえけど、念のために持っといた方がいいんだと」


「なぜだ?」


「だから知らねえって。けどよ、もしこれが必要になるとしたら……てめえが持っとくのが一番都合がいいだろ。この戦いのカギを握ってるのはてめえなんだからよ」


「……そうだな」


 現状において、(ひかる)の肉体からヒルコを追い出せるのは明の振動波だけだ。逆に言うと、明が死ねばその時点で晄を救い出すことはできなくなる。

 袋の中で怪しく光る"それ"は見ているだけで苦い記憶を思い起こさせるが、それでも"それ"は確かな力だ。

 明はしばし逡巡した後、ブレザーの襟元に布袋を差し込んだ。それを見た黒鉄は軽く頷き、


「それと伝言だ。『無事に帰って来い』だとよ」


「ふっ、木津池にしては普通の伝言だな」


「いやそっちは刑事のオッサンからだ。木津池の方は聞いてて頭痛がしてきたんで覚えてねえ」


「……気にするな。どうせ俺が聞いても理解できん」


「へっ……なんだよ、初めて意見が合ったじゃねえか」


 決戦前の残りわずかなモラトリアムがとても不毛な会話で潰れていく。

 しかし、時間を無駄にしたとは思わなかった。むしろ必要だとすら思った。

 自分たちが取り戻そうとしているのは、こういう他愛のない日常の中にこそあるのだから。


「……時間だ。始めるぞ!」


 稲船の声が聞こえた瞬間、岩船の底から大量の霧が噴き出してきた。

 霧は一秒と経たぬ間に地面を埋め尽くし、そして……全てを引きずり込んだ。


「うおっ……!?」


 足元の感覚が途端に消え、明の体は底無し沼のような霧の中に落ちていく。

 背筋の凍るような浮遊感。時折フラッシュバックのように照らし出されるどこかの景色を何度も見送りながら、感覚は下へ下へと潜っていく。

 落ちて、落ちて、落ち続けて……とうとう上も下も分からなくなった頃、明の足はようやく確かな感触を得た。

 それは硬い石畳の感触であり、カーペットのように続く道路の先には一本の塔が立っている。

 塔に装飾は無く、それでいてスケールは規格外。あまりにも大きなそれは、見るものに圧倒以外の感想を許さない。


「これが、天之御柱(アメノミハシラ)……!」

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