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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
最終章 そして日はまた昇る
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第二話 青き夜の始まり

 午後九時半。学園祭の後片付けも終わり、最後まで残っていた職員たちが家路につき始めた頃。

 暗闇に包まれた校舎の一角に、一か所だけ明かりの点いている部屋があった。

 南館一階、校長室の西隣。艶やかな木製扉の上には「理事長室」と書かれたプレートが掲げられている。


『先ほど自宅に行ってみたが、新田晄(にったひかる)はまだ帰宅していないそうだ。これからクラスメートの家を何軒か当たってみるつもりだが……こちらも期待薄だろうな』


「……そうか。ご苦労だった、毘比野(ひびの)刑事」


 明は淡々とした声でそう言うと、半ば放り投げるようにスマートフォンを置いた。


「夜渚くん、毘比野さんは何て言ってた?」


 望美が後ろから心配そうにこちらを覗き込んでいる。明はソファに浅く腰かけ、顔を下に向けたまま、


「こうなっては認める他ないだろうな。稲船の言った通り……晄は、ヒルコの手に堕ちた」


 その言葉を皮切りに、室内の雰囲気が一段と張り詰めたものに変わる。

 理事長室には多くの人々が集結していた。

 明がこれまで関わってきた全ての荒神と、生徒会の役員たち。執務机の前には稲船とスクナヒコナが並び立っている。

 生まれも育ちも信念も、何一つとて似通ったところのない者たち。しかし、今夜ここに集まった目的は同じ。

 新たな神代を打ち砕き、この手で未来を掴み取る──それこそが彼らを繋ぐ共通項だった。


「はっ、どいつもこいつもしけた面してんじゃねえっての」


 重苦しい空気につばを吐きかけるような冷笑。それはソファ二席を占領してふんぞりかえる黒鉄(くろがね)の声だった。

 黒鉄は凝りをほぐすように首を回すと、ついでとばかりに皆の顔を見渡した。


「どんくせえ新田(アホ)が拉致られた。世界が今にも滅びちまうかもしれねえ。……だったらよ、やるこた決まってんだろ?」


「その通り。リョウは結論が早くて助かるよ」


 応じるように立ち上がったのは猛だ。彼はごく自然な動きで部屋の中央に躍り出ると、皆を代表して宣言する。


「これより僕たちは天之御柱(アメノミハシラ)を強襲し、新田さんの身柄を確保する。事実上の最終決戦だ。みんな、いつも以上に気合いを入れて行こう」


 最終決戦という単語に幾人かが息を飲む。

 天之御柱は現神(うつつがみ)の本拠地であり、同時に新たな神代の要とも言える場所だ。敵は間違いなく持てる限りの戦力を投入してくるだろう。

 かつて明たちを苦しめてきた二柱の強敵──砂の神ハニヤスビコと、兵器の神カナヤマビコ。そして忘れられし王子ヒルコ。

 その他にも未だ見ぬ脅威が彼らの行く手を阻むだろう。晄を助けるためにはそれら全てを倒していかなければならないのだ。


「何が起きるか分からないから、万全の準備を整えておきたいところだけど……そんな時間は残されてないのよね。……私たち、間に合うのかしら」


 門倉の視線は窓の外に注がれていた。

 ブラインド越しに見えるのは満天の星空でもどんよりとした曇り空でもない。青みがかった不気味な空だ。

 青の輝きは大和三山の上空付近から放たれており、それはほんの少しずつ光量を増していた。


「あの光は大和三山が活性化している証です。おそらく今は蓄えてきた電力を御柱に送り込んでいる最中なのでしょう」


 ブラインドの隙間を指で広げ、険しい顔を空に向けるスクナヒコナ。その表情は外の光に照らされて若干青ざめているようにも見えた。

 彼女は一瞬目を閉じ、すぐに開くと、


「ニニギ……いいえ、稲船さん。神代の発動まであとどれくらいの猶予があるか分かりますか?」


「御柱のエネルギーが規定の出力に達するまでは今しばらく掛かるはずだ。もっとも、それも絶対とは言えないが……」


「いいから話せ。その情報が役に立つかどうかは(オレ)たちが判断することだ」


 武内の急かすような態度に促され、稲船は現在時刻を確認する。それから少し思案して、


「そうだな、この分だと……遅くとも八時間後には電磁放射が開始されるだろう」


「つまり、タイムリミットは明日の朝か」


 明確な期限が明らかになったことで武内は方針を固めたようだ。彼は厳格な表情で腕を組むと、稲船とスクナヒコナの側に立った。


「聞け、皆の者! (オレ)はこやつらと共に御柱突入の準備を進めておく。それ以外の者は一度解散し、戦いに向けて英気を養っておくがいい」


「ま、待ってくださいよ暁人(あきと)様! それなら僕もお手伝いを……!」


 慌てて(れん)が前に飛び出してくるが、武内は首を振ることによってそれを押し留めた。


「その必要は無い。この二人さえいれば幽世(かくりよ)の入り口は見つけられるし、護衛もこの(オレ)一人で事足りる。ゆえに、お前には別の役目を果たしてもらう」


「別の役目……?」


 武内は仰々しく頷くと、


「お前がこれまで進んできた道。生きてきた世界。お前がこの戦いで守ろうとしているものを今一度目に焼き付けておくのだ。それはいざという時、お前を奮い立たせるよすがとなるであろう」


 続いて明たちに目を向け、


「貴様らもだ荒神ども。やり残したことは今の内に済ませておけ。伝えるべき言葉は余さず伝えておけ。さもなくば必ずや後悔することになる」


 そして、静かな迫力に満ちた声で、


「作戦開始時刻は午前零時。各々、それまでの間に覚悟を決めておけ。これが最後の夜となるやもしれぬのだからな……」



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