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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
最終章 そして日はまた昇る
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第一話 王の帰還

 次元の狭間を漂う幽世(かくりよ)(はこ)、その中枢域にそびえ立つ天之御柱(アメノミハシラ)

 天を目指して果てなく伸びる塔のたもとに、少女の姿があった。

 校則通りに着こなしたセーラー服、ゴム紐で二つに縛った長い髪。まさに世間擦れしていない田舎娘そのものといった装いだが、(たた)える笑みには純朴さの欠片も感じられない。

 その少女はかつて新田晄(にったひかる)という名前を持っていた。

 しかし、その名は今の彼女の本質を表すものではない。そして、彼女自身もそう呼ばれることを望みはしないだろう。

 ここにいる自分はただのちっぽけな人間ではない。新たな世界における、最初で、最後で、唯一の王……否、神となるべき存在なのだ。


「ふーん、結局稲船(あいつ)はぼくを裏切ることにしたんだ」


 少女は誰ともなしにつぶやきながら、御柱の入口へと続く扇状の大階段を上っていく。


「土壇場になって腰が引けたのかな? それとも女の方が一足先にくたばったのかな? ……ま、どっちでもいいけどね」


 一歩、また一歩と、弾むような足取りで。そこには共謀者の変節に対する憤怒も、迫りくる敵への焦燥も無い。

 今、彼女の心にあるのははちきれんばかりに膨れ上がった期待と喜びだけだ。

 本当に長い道のりだった。

 運命の悪戯によって全てを奪われ、冷たい地の底に追いやられてから二千年。気が狂うような歳月の果てに、自分はやっと望むものを手に入れることができる。

 ここからだ。ここから自分は全てを取り戻す。

 二千年のマイナスをゼロにして、その上に山ほどのプラスを積み上げていこう。

 自分にはその力がある。資格がある。権利がある。

 下民どもの犠牲などさしたる問題ではない。牛飼いが牛の肉を食べたからといって、誰かに(そし)られるいわれなど無いように。

 なぜなら、自分は何より尊き王なのだから。

 少女は口元をだらしなく緩め、興奮を垂れ流すように喉を震わせる。

 と、その視線が不意に上へと向けられた。

 大階段の終点近くに並び立つ、二つの大きな異形。まるで門番のように(たたず)むそれは、少女のよく知る者たちだった。


「やあきみたち、引きこもり生活にはもう飽きたのかい? ひょっとすると世界の終わりまで出てこないんじゃないかって心配してたんだ」


「口の利き方に気を付けるがよい。我が貴様を生かしておるのはひとえに慈悲の御心ゆえ。貴様が潰すほどの価値もない小虫だからであるぞ」


 砂で作られた巨大なハニワ──ハニヤスビコが憮然とした声を響かせる。

 ハニヤスビコの表情はいたってそっけないものだが、その態度が虚飾でしかないことを少女は知っている。砂の中にいる本体は、今頃きっと怒りでのたうち回っていることだろう。


「やだなー、ぼくは純粋にきみの身を案じてたんだよ。最近はちっとも顔を出さなかったから、もしかすると三輪山(みわやま)でとっても恥ずかしい(・・・・・)思いをしたのかなーって、ね?」


「……それ以上さえずるな。日照りに置かれたナメクジのようになりたくなければ、口を閉じていろ」


 白い霧に混じって茶色のもやがあたりを漂い始める。

 もやの正体は微量の砂が帯状にまとまったものであり、それは少女の目の前を牽制するように横切っていく。砂がほんの数センチ軌道を変えれば、少女の眼球はたちまちボロボロにされてしまうだろう。

 それを分かっていながら、なおも少女は煽る態度を崩さない。

 泉のように湧き出る悪意は留まるところを知らず、それは程なくもう一方の異形にも向けられた。


「もちろんきみのことも忘れてなかったよ、カナヤマビコ。あれだけ外に出られることを喜んでたのに、このところはずっと大人しくしてたよね?

 一体どうしたのかな? 何があったのかな? 二千年ぶりの()(もと)の空気はきみには合わなかったのかな?」


 無邪気に首を傾げつつ、粘着質な侮蔑を視線に乗せる。

 返答は声によるものではなく、鉄と火によるものだった。

 鼓膜を直接叩かれるような爆音。

 人の頭よりも大きな砲弾がすぐ傍に着弾し、生まれた業火が少女の髪をちりちりと炙る。薄煙を上げる砲身は早くも二発目の装填を終え、標的の頭部に狙いを定めていた。


「たわけが、あの時は油断しただけだ。次こそは殺す。一匹残らず屠殺(とさつ)して、奴らの脂肉と脳漿(のうしょう)でこの地を赤く染め上げてやるとも!」


「期待してるよ。今度こそ無様な姿を晒さないといいね」


「言われるまでもない!」


 刀剣と火器を満載した鉄の城──カナヤマビコは鼻息荒く宣言し、


「だが、その前に前菜を平らげておくとしようじゃないか。粋がる豚ほど見ていて不快なものは無いからなぁ!」


 少女に向けて砲撃を撃ち込んだ。

 先ほどよりも大きな砲声。至近距離で放たれた大型弾を逃れる術は無く、少女の頭はそのまま熟れ過ぎた果実のごとく破裂するかに思われた。

 その瞬間、強烈な光が辺りを覆った。

 その後に訪れるのは、無音だ。

 着弾音も爆発音も聞こえない。いや、それどころか……砲弾そのものが姿を消していた。


「なん、だと……!?」


 少女は全くの無傷のまま、にこにこと微笑んでいる。

 一方カナヤマビコは信じられないといった様子で口元をわななかせた。彼を形作る鉄の体、その一部がくり抜かれたように消滅していたのだ。

 断面は型を取ったように綺麗な円形をしており、縁の部分がわずかに溶けている。とてつもない熱量を持った何かが、発射された砲弾ごとカナヤマビコの体を撃ち抜いたのだ。


「ヒルコ、貴様は一体……!?」


「ぼくはこれより新たな神代を発動する。おまえたちは荒神どもの侵入に備えておけ」


 力の差を見せつけた少女は、二人から反抗の意志が消えたことを確認すると彼らに背を向けた。

 大階段の中央を堂々と進み、ゆっくりと開かれていく御柱の隔壁をくぐり、新雪のように真っ白な石床を踏みしめる。


「……ああ、そうだ」


 そこで少女は振り向くと、階段の途上にいるハニヤスビコとカナヤマビコを見下ろした。

 これまでは大人しく見上げることしかできなかった。鼻持ちならない現神(しっぱいさく)に媚びを売り、ひたすら恥辱に耐えるしかなかった。

 だが、これからは違う。全てが正しい形に戻るのだ。

 少女はおさげに指をかけ、野暮ったいゴム紐を引きちぎる。亜麻色の髪が長きに渡る戒めから解き放たれ、夜の風になびいていた。


「このぼくを二度とヒルコと呼ぶな。ぼくの名は──アマテラスだ」

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