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第十四話 神崎クロエは一夫多妻を許容する

イカレたタイトルですが真面目な回です。

 地上の明かりを後光のように背負いつつ、クロエは静かに目を閉じる。


「神代に起きた数々の戦争、荒神狩りに端を発する内乱、そして今回の事件。この二千年で多くの現神(うつつがみ)が命を落としてきました。

 では、彼らが生きた証はもうどこにも残ってないんでしょうか? 彼らの異能は永遠に失われてしまったんでしょうか?

 ……答えはノーです。彼らの遺した多種多様な異能は、私たちの荒神因子にしっかりと受け継がれています」


 そして彼女はここに集った荒神たちひとりひとりに目を向けていく。

 明に目を向け、稲船に目を向け、手すりに留まったヤタガラスの喉を撫で、最後に夜景を振り仰ぐ。橿原(かしはら)市民十二万の命が作り出す壮大な眺望を。


「この町には数えきれないほど多くの荒神が暮らしています。それこそ、現神に殺された分を差し引いてもお釣りがくるぐらいに。

 中には沙夜さんの病気を治すことができる荒神だっているかもしれません。一見役に立たないような能力でも、他の誰かと力を合わせることで新しい可能性が見えてくるかもしれません。

 確かなことは何も言えません。でも、だからこそそれは希望になる。私たちは、荒神(なかま)の数だけ未来に希望を繋ぐことができるんです」


「希望……」


 つぶやく稲船。その姿はまるで、希望という言葉を初めて耳にしたかのようだった。

 他者に期待し、彼らの善意を信じること。傷つくことを恐れずに触れ合おうとすること。

 稲船に足りなかったのはそれだ。彼はなまじ優秀過ぎたがために、誰かに頼るという選択肢を初めから排除していたのだ。


「もう分かったでしょう。理事長さんがやらなきゃいけなかったのは荒神を殺すことなんかじゃなくて、荒神を生かすことだったんです。

 自分一人で全部背負い込もうとするからこんな簡単なことにも気付かないんですよ。もしも誰かに悩みを打ち明けてたら、こんなしち面倒くさい話にはならなかったはずです」


「……私自身の未熟さが選択肢を狭めていたことは認めよう。だが、全ては仮定でしかない。君の話を信用したところで、必ずしも沙夜の病気が治るとは限らないだろう」


「成功率が100%じゃなかったら諦めるんですか? 理事長さんの覚悟はその程度のものなんですか?」


「そんなわけがあるか! 私以上に彼女の身を案じている者などいない!」


 激高した稲船がクロエの胸ぐらを掴み上げる。


「私は! 学園も! 生徒たちも! この場所で手に入れた何もかもを諦めて沙夜を生かすことを選んだ! 貴様に分かるか!? 私は、自分の中に初めて生まれた人間的な感情まで否定しなければならなかったんだ!」


 噛みつかんばかりに顔を近付け、溜まりに溜まった思いの丈をぶちまける。そこにいたのは愛情と良心の板挟みに悲鳴をあげる、一人の不器用な男だった。


「貴様……この期に及んで人質を取るつもりか!」


 殺気立った様子の武内が稲船に殴り掛ろうとする。が、クロエはそれを手で制した。

 彼女は稲船の眼力にも負けず、それどころかさらに顔を近付けると、


「諦めたものの数で意志の強さを計るのは負け犬だけですよ。本当に強い人っていうのは、大切なものを全部守り抜こうとする人のことを言うんです」


「……っ」


 稲船の肩が震え、クロエを掴む力が弱くなる。


「理事長さん、あなたが本当に守りたかったものは何ですか? 沙夜さんの命? それとも心? それとも、この学園で彼女と過ごした幸せな日々?」


「私、は……」


「決められませんよね。だって、あなたにとってそれらは全部同じものなんですから。優劣なんて付けられるはずがありません」


「……そうだな。その通りだ。私は生徒たちの輪の中にいる彼女が好きだった。活き活きとした表情で授業に臨む彼女が好きだった。真っ直ぐな目で教育について語る彼女が、好きだった。

 どれもこれも、この学園なくしては得られないものだ。そんなことは分かっている。だが、それでも私は……」


 稲船の顔がくしゃくしゃと歪み、泣き笑いのような表情を作る。もう、クロエは地面に降ろされていた。


「ええ、分かってます。大切なものが多くなりすぎて、どうしたらいいのか分からなくなってしまったんですよね」


 クロエは優しく頷くと、


「──それなら」


 今度は彼女が稲船の胸ぐらを掴み、


「無茶でもなんでも、全部まとめて手に入れるしかないじゃないですかっ!!」


 声の限りに怒鳴りつけた。


「大体、何が『私ならイワナガヒメを選ぶ』ですかこのスケコマシ野郎! はっきり言ってあなたもニニギも発想が貧困なんですよ! 男ならイワナガヒメもコノハナサクヤヒメも両方等しく愛してあげればいいんです!」


「りょ、両方!? いやしかしそれは倫理的に……」


「上等じゃないですかハーレム展開。片方泣かせて"めでたしめでたし"より、両方(めと)ってクソ野郎のそしりを受けた方がなんぼかマシってもんです。理事長さんに必要なのは手放す覚悟なんかじゃない。わがままを最後まで貫き通す覚悟ですよ」


「……!」


「『何かを得るためには他の何かを犠牲にする必要がある』なんて(さか)しらげに言う人たちもいますけど、私はそうは思いません。失わずに得ることだってきっとできるはず。もしも理事長さんがそう願うのなら、協力してくれる人はいつか必ず現れますよ。ええ、絶対に」


 一瞬、ずらした視線が明に向けられた。彼女らしからぬ甘えるような眼差しは、こちらが快諾してくれることを微塵も疑っていない。


(だがまあ、いいだろう。後輩にそこまで頼られては無下にするわけにもいかんしな)


 照れ隠しのような言い訳を用意しながら、明は密かに胸を撫で下ろしていた。

 今のところ稲船に継戦の意思は見られない。ここからどう転ぶかまでは分からないが、クロエの言葉が多少なりとも彼の心に響いていることは確かだ。

 明はそのチャンスを無駄にしたくなかった。

 いい加減、血生臭い殺し合いには飽き飽きしてきたところだ。避けられる戦いは、避けるべきなのだ。

 ここにいるのは、自分と同じ人間たちなのだから。


「武内、俺はこいつらに乗るぞ。というわけで稲船を殺すのはやめだ」


「貴様、正気で言っているのか? この男が何をしてきたのか忘れてしまったのか? 妹の死をあれほど悔いていた貴様らしくもない」


 やはりというか、武内にとってこの展開は受け入れがたいもののようだ。最後通告じみた問いかけには敵意すら混じっている。


「長倉沙夜の治療については好きにするがいい。荒神どもの力を正しき方向に使うのであれば、(オレ)から言うべきことは何もない。だが、それはこやつを生かしておく理由にはならぬ!」


「お前の気持ちはよく分かっている。お前にとっての稲船は、俺にとってのタケミカヅチに等しいものな」


「分かっているならなぜ止める? 貴様は今、降って沸いたような同情心にほだされて大罪人を見逃そうとしているのだぞ」


「見逃せと言っているわけじゃない。どんな事情があってもやっていいことと悪いことがあるし、罪には相応の罰が必要だということも分かっている。俺はただ……」


 頭によぎるのは、死闘を繰り広げてきた強敵たちの姿。

 オオクニヌシは最後の最後で人の情を捨てきれなかった。

 タヂカラオは情深きゆえに苦しんでいた。

 タケミカヅチは自身を守るために心を捨てるしかなかった。

 彼らを取り巻く環境がもう少しだけ違っていたとしたら、運命は全く別のものになっていたかもしれない。明はそう思うのだ。


「もう少しだけ見極めていたいんだ。本当に死をもって償わせるしか道が無いのなら、それでいい。だが、そうでない場合だってあるかもしれん」


「ゆえに、猶予を与えるというのか? このような奴に?」


「ああ。少なくとも今すぐ稲船を殺す必要性は薄い。そして、それは俺たちにとっても幸いなことだ。……誰だって、殺す以外の決着がいいに決まっているからな」


 それはある意味、明の願望に近いものだった。

 が、武内の心には思いのほか響いたようだ。武内はこちらをまんじりともせず見つめると、


「貴様も白峰倶久理(しらみねくくり)と同じか。早死にするぞ」


 言葉は辛辣だったが、その声は落ち着きを取り戻していた。


「して、肝心の貴様はどうするつもりなのだ稲船隆二。まだ戦いを続けるか? それとも我らに従い、第三の道を探すか?」


 全員の視線が稲船に注がれる。スクナヒコナも調子を取り戻し、いつの間にか着地していた木津池と共に事態の行方を見守っていた。

 稲船はしばらく無言で学園祭の様子を眺めていたが、程なく「く」という声を絞り出した。それは心からの、悔恨の叫びだ。


「……もっと早くにこうしていれば良かったのかもしれないな。だが、もう何もかも手遅れだ」


「カッコつけて悲劇の主人公ぶるのはやめてください。理事長さんはまだ戻れます」


「そういう意味ではないんだよ、神崎くん。状況はもはや私の手を離れているんだ」


「えっ……?」


 その時、空の上で青い光が瞬いた。

 学園祭の花火とはまた違う、雷のような光。それは耳成山の周りでとぐろを巻くと、すぐに見えなくなる。

 光が消える直前、空の彼方に何かが映り込んだ。

 天と地を結ぶ長大な一本線。おそらくはとてつもなく大きな塔か、柱だ。

 「まさか」と皆が思い、稲船がそれに肯定を返す。


「神代を迎える準備は完全に整ってしまった。今頃はヒルコが最後の調整をするために天之御柱(アメノミハシラ)へと向かっているところだろう。

 王の器であるアマテラスの荒神……新田晄(にったひかる)の肉体を乗っ取ってな」


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