表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/231

第十七話 朽ちた青銅

 霧の中、妖しく揺らめく耳成山(みみなしやま)の林。その一角に黒鉄(くろがね)の姿があった。


「クソが……クソがクソがクソがっ!」


 口いっぱいに毒づきながら、漏れ出た怒りを霧の壁にぶつけていく。

 蹴って、殴って、最後は手に持つ石刀で斬り付けた。

 が、壁にはヒビ一つ入らない。

 柔らかく、それでいてきめ細やかな綿雲が、ありとあらゆる衝撃を吸収してしまう。


「クソっ……どけよっ! この俺様に道を開けろってんだよ!」


 彼はもう十分近く同じことを繰り返していた。

 腕の筋肉はオーバーワークに悲鳴を上げて、主に速やかな休息をうったえかける。

 拒否して、がむしゃらに刀を振るう。しかし、最終的には疲労が勝ったようだ。


「ちくしょう……どうなってんだよ……」


 膝をつき、肩で息をする。

 一度でも止まってしまえば、続ける気力は湧いてこない。いつもそうだった。

 黒鉄は刀を投げ捨て、そのまま寝転がった。


「はー……やめだ、やめ。こりゃどうにもなんねえわ」


 大の字に伸びた四肢は、石でもくくりつけられたかのように重い。

 さんざん動いて、山じゅう歩き回って得たものは、「霧の外には出られない」という絶望的な確信だけ。

 軋む右手をどうにかポケットまで誘導し、スマートフォンを引っ張り出した。


「圏外かよ……」


 予想はしていたが、存外にショックを受けるものだな、と他人事のように思った。

 こうなっては外に助けを求めることもできない。体がより一層重くなったような気がした。


「まあ、なるようになるだろ。つか、俺関係ねえし」


 放送を聞く限り、この状況を作り出した連中の目的は、金谷城望美ただ一人だ。自分はたまたま巻き込まれた被害者に過ぎない。

 この霧だって、まさか永遠に続きはしないだろう。いずれは消えて、何事も無い日常が戻ってくる。

 だから、自分は、何もしなくていい。

 君子危うきに近寄らず。面倒事はヒーロー気取りの馬鹿に任せて、自分の幸せのため、好きに生きるのだ。


「それがデキる男のライフスタイル、ってな」


 機嫌良く鳴らした鼻歌は、無音の中にひとときの波紋を生み出した後、吸い込まれるように消えていった。

 寝入るように目を閉じて、自身の未来を夢想する。

 自分は力を手に入れた。選ばれし者だけが持つことのできる、特別な力を。

 この力で何をしよう?

 気に入らない奴を叩きのめす? それもいいかもしれない。

 戦いの他にも、もっと別の、便利な使い道があるかもしれない。アイデア次第で夢は無限大だ。


「はははっ、最高じゃん」


 きっと楽しいに違いない。

 未来は幸福に満ちあふれている。


「ははは……」


 自分は、この力を得たことで、新しく生まれ変わった。

 昔のような、何もできない、蔑まれるだけの負け犬とは違う。


「はは……」


 誰にも負けない。何物にも縛られない。

 それは、真に自由、な……


「……………………」


 なのに。

 どうして、

 どうして自分は、こんなにも息苦しさを感じているのだろうか。


「……ははっ」


 また、笑う。

 昼間の屋上、(たける)の案じるような視線を思い出した。

 あの時自分は、どうして彼の目を見ようとしなかったのだろう。


「はははっ」


 いけすかない転校生の、不愉快な面を思い出した。

 自分はどうして、あの男の言葉に激怒したのだろう。

 様々な記憶のハイライトが、無意識のうちに再生されていく。

 どの場面においても、黒鉄は黒鉄のままだった。依然変わらず、これまでと地続きの、黒鉄良太郎でしかなかった。

 固く閉じていた(まぶた)を、数秒かけて開く。


「俺、滅茶苦茶カッコわりい……」


 変わらぬ景色は、涙でかすんでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ