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第四話 変化

 それから数十分後、グラウンド沿いの遊歩道にて。

 明は屋台で買ったジャンクフードを両手いっぱいに抱えながら、どこか落ち着いて食事のできる場所を探していた。


「だから俺はほどほどにしろと言ったんだ」


 安っぽいソースと糖分が織り成す濃厚な匂いに顔をしかめつつ、後ろを歩く甘味の山を叱責する。

 すると、山頂に鎮座するクレープの包みがぷるぷると震え、スクナヒコナの申し訳なさそうな声がした。


「すみません……。初めて目にする食べ物ばかりだったので、つい……」


「言っておくが、どれも珍しいものじゃないからな。縁日に行けば嫌というほど見ることになる」


「そうなんですか? 良かった、まだいくつか買いそびれたものがあったんです」


「……まあいい。どうせその時は俺以外の誰かが金を払うだろうしな」


 腕にかかる重みとは裏腹に財布は軽い。明はついさっきまで彼女が文無しであることを失念していたのだ。


「とにかく、当面の目標はこいつらを綺麗さっぱり平らげることだ。見学の続きはその後だな」


「はい。全力を尽くさせていただきます」


「尽くさねばならんほど買うな。小学生かお前は」


 大方「色々な味を満遍なく楽しみたい」とかいう女性特有の思考が働いたのだろう。その気持ちは分からなくもないが、巻き添えを食う方はたまったものではない。


(御柱の調査で何時間も歩き回った後とはいえ、なにぶん量が量だ。ペース配分を間違えれば確実に死ぬな……)


 明は自身の腹具合を見定めると共に、冷静に彼我の戦力差を計算し始める。

 たこ焼きお好み焼きそばの粉もの三点セットに、クレープ、綿あめ、ベビーカステラといったお馴染みの顔ぶれ。

 中には餃子なんて変わり種もあるが、基本路線はそこらの夏祭りと変わらない。要は塩と砂糖とカロリーの波状攻撃である。見ているだけで胸焼けしそうだ。


「出店というのはどうしてこう……どこに行っても似たり寄ったりなものしか置いていないんだろうな? サラダとか果物とか、もう少し箸休めになるようなあっさり系があってもいいと思うんだが」


 手前勝手な願望を述べつつため息をつく明。

 その時、遊歩道の奥から小馬鹿にしたような声が返ってきた。


「食品衛生法の基準が厳しいからですよ。まあ、どのみちサラダなんて誰も買わないと思いますけど」


「あ、でも果物はアリかも。フルーツいっぱいのパフェとか凄い人気出そうじゃない?」


「それもアウトですよ、新田(にった)先輩」


「え~」


 学生食堂の外に設置されたオープンテラス、その一角で二人の少女が休憩を取っていた。

 クラスメートの新田(ひかる)と、生徒会のクロエだ。

 二人はパラソル付きの丸テーブルに対面で座りながら、小パックのたこ焼きをちまちまとつつき合っている。

 が、他に何かを食べている様子は無い。明にとってはそれが重要だった。それだけが重要だった。


「……珍しい組み合わせだなお前ら腹減ってないか?」


「言いたいことは分かりましたから落ち着いてください。文章がおかしなことになってますよ」


「そうだな。すまない。……お前ら腹減ってないか?」


「そっちの質問が優先でいいんだ……」


 明は返事を待たず、二人の前にジャンクフードを積み上げていく。スクナヒコナもしめたとばかりに加勢して、テーブルの上はあっという間に占拠された。


「今日は俺の奢りだ。好きなだけ食べていいぞ」


「"お願いですから食べるの手伝ってください"の間違いじゃないですか? 日本語は正しく使わないと駄目ですよ」


 ゴミを見るような目で明を一瞥(いちべつ)した後、クロエはやれやれといった風に、


「仕方ないですね。少しだけですよ」


「助かる。持つべきものは素直な後輩とクラスメートだな。……ん、どうした晄?」


「いや、当たり前のように私が同意した扱いになってるのがいかにも夜渚くんだなぁ……って」


「晄なら絶対に引き受けてくれると信じていたからな」


「こんなにありがたくない信頼は初めてだよっ!」


 怒鳴りながらもその手は焼きそばのパックを開いている。明は心の中でもう一度感謝して、自らも食事を開始した。一拍遅れてスクナヒコナがそれに続く。


「その、本当にありがとうございます。皆さんがいなかったら今頃どうなっていたことか」


 座るなりがばっと頭を下げるスクナヒコナ。その初々しい姿に晄が顔をほころばせる。


「いーよいーよ。お祭りってすっごくワクワクするものだし、勢い余ってあれもこれもって買い過ぎちゃうのはしょうがないよ」


「……おい晄、俺の時と反応が違くないか?」


「誠意の差だよ! っていうか、こんなに小さな子が礼儀正しくしてるのにどうしてお兄ちゃんは同じようにできないかなぁ……」


 「ねー?」と呼びかけながらスクナヒコナの頭を撫でる晄。どうやら彼女を明の従妹か何かだと勘違いしているようだ。

 一瞬、「こいつはお前より年上だぞ」とバラしてしまおうかと思ったが、それこそ大人げない発言なのでやめた。

 こう見えても明は謙虚で誠実な人間を志しているのだ。本質が伴っているかは別にして、だが。


「それはそうと、お前たちは何をしていたんだ? 正直、二人に接点があるとは夢にも思わなかったが」


「生徒会絡みでちょっとね」


 晄は箸で空をかくと、


「毎年、出し物の中で園芸委員会(うち)の花を使いたいってクラスがいくつかあるの。あと、大きな行事の時はプランターの配置も変えないとだし。その辺を取り仕切ってくれてるのが生徒会のクロエちゃんなの」


「なるほど。それで、各クラスの出し物がひと段落したから打ち上げをしていたのか」


「そういうことです。お互い気苦労の絶えない立場ですから、自然と気が合って」


「気苦労の方向性は真逆だけどね……」


 酔いどれ中年男性のごとく息を吐き散らかす晄。

 生真面目過ぎる生徒会の面々とは違って、園芸委員はやる気のない者が多いのだろう。あるいは相方の木津池一人で気苦労の大半を担っているのかもしれないが。


「……でも、私からするとクロエちゃんと夜渚くんが知り合いだったことの方が意外かな。クロエちゃん、あんまり男友達が多そうには見えないし」


「交通事故みたいなものです。こうして知り合ってしまった以上、運が悪かったと諦めるしかありません」


「まるで俺が疫病神みたいな言い方はやめろ」


「少なくとも福は招いてくれませんから」


「そういう態度を改めれば俺だってジュースくらい奢ってやるさ」


 クロエはフラットな視線でこちらを見ると、鼻で笑った。

 一時期は多少しおらしい姿も見せていたのだが、今では平常運転、いつもの神崎クロエだ。むしろ切れ味が増している節すらある。

 晄はそんな彼女を呆気にとられた様子で見つめていた。

 歯に布着せぬクロエの態度に引いているのかと思ったが、どうやら違うようだ。彼女はくすくすと笑うと、


「そっかぁ。最近クロエちゃんが明るくなったと思ってたけど、夜渚くんのおかげだったんだね」


「……何をどう解釈すればそういう結論に至るんだ? いや、前提条件も色々とおかしいが……」


 突然出てきた意味不明な発言に首を傾げる明。しかし晄は何やら自己完結したように頷くだけだ。


「分かんないなら分かんないでいいよ。自分でも知らないうちに影響を与えてるなんて夜渚くんにはよくあることだし」


「いや、何だって晄が訳知り顔なんだ。俺のオカンかお前は」


「そりゃあ訳知り顔になりますとも。だって私も──」


 だが、その言葉の続きは明の耳に届かなかった。


「なっ──!?」


 とてつもなく濃厚な、白い霧。

 それは足元から間欠泉のごとく噴出し、明の体に巻き付いてくる。

 一秒と経たぬ間に視界が閉ざされ、明は怖気立つような浮遊感と共に落ちていく。

 何が起きているのかは分からない。しかしどこに向かっているのかは分かる。

 白い霧が導く先は、いつだって同じ場所なのだから。


「フトタマの結界……!」

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