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第一話 実りを前に

「ようやく……この時が来た」


 稲船は感慨深げに目を細め、霧の中に立つ天之御柱(アメノミハシラ)を見上げていた。

 白く滑らかな外壁はぼんやりとした光に包まれており、それは少しずつ明るさを増していく。御柱の動力を担う一対の磁鉄結晶──イザナミとイザナギが稼働率を急上昇させているのだ。

 あと半日もすれば出力は最大レベルに到達するだろう。そして、それは同時に全ての準備が整ったことを意味している。

 御柱の電力、そして大和三山に蓄えられた二千年分の電力。

 この星を揺るがすほどの莫大なエネルギーを糧に、そしておびただしい犠牲の果てに、稲船の悲願──新たな神代は訪れるのだ。


「破壊と創生か。だとすれば、それを為す私は最後の審判を下す神ということになるな」


 一人つぶやき、自嘲するように笑う。

 皮肉なものだ。昔はあれほど嫌っていた存在に自分はなろうとしている。しかも自らの意志で。

 あの(・・)父が知ったらどう思うだろうか。あるいは母が。

 少しだけ想像して、吐き気がしたのでやめた。

 どのみち彼らと顔を合わせることはもう無いのだ。

 本格的に神代が始まれば──皆死んでしまうのだから。


「──くすくす、見るからに感無量って感じの顔だねえ。まあ、無理もないかな」


 気配を感じて振り返ると、霧の向こうにぶよぶよとしたシルエットが見えた。

 稲船はすぐに表情を消すと、それに向かって冷たく言葉を投げかける。


「ヒルコか。そちらの方はどうなっている?」


「それはもう、万事において抜かりなく。大船に乗ったつもりでいていいよ」


 不定形のシルエットが左右に激しく揺れる。喜びを体中で表現する子供のように。


「ぼくの理論に穴は無い。明朝に行われる電磁放射は、荒神因子を有する全ての者を真なる神へと昇華させるだろう。もっとも、それ以外の奴がどうなるのかは知らないけどね」


「……そうか」


「もしかして一丁前に心を痛めちゃったりしてるわけ? そういうの偽善的でよくないと思うなー」


 ヒルコはおちょくるように体を曲げ伸ばしすると、


「っていうかさ、これまでだって何百人も殺してきたでしょ? それが今さら何十億になったところで何がどう違うの? 結局は罪の意識から逃げたいだけじゃないの?」


「貴様は私の精神分析をするためにやって来たのか?」


「もちろん違うさ。だけどこれからのことを考えると、あんまり余計なことを考えないでほしいかなーって」


「……これからのこと?」


「忘れたなんて言わないよね? "あれ"のことだよ」


 稲船は表情を変えぬまま、密かに奥歯を噛んだ。

 今の今まで先送りにしてきたが、とうとう来るべき時が来てしまったのだ。


「きみの願い通り、ぼくは全速力で解析作業を終わらせてあげた。だから、今度はきみが約束を守る番だ」


「言われずとも分かっている。アマテラスのことだろう」


「それと夜渚明もね。きみだって、あいつがもう放置していい存在じゃないことくらい分かってるでしょ?」


 夜渚明という荒神は、今や武内暁人や璃月斗貴子を超える要注意人物として稲船に認識されている。

 彼に対する評価を一変させたのはタケミカヅチの死だ。

 最強と名高きかの雷神をただの荒神が討ち果たすなど、尋常のことではない。

 いったいどのような奇策を弄したのか。それともただただ運が良かったのか。

 何にせよ確実に言えることは「夜渚明は何をしでかすか分からない」ということだ。

 神代の実現を間近に控えたこの時期に、予測不能なダークホースを自由にさせておくことは稲船とて本意ではない。自分に失敗は許されないのだ。

 ならば、やるしかない。

 心を殺し、機械のように、ただ目的のために最適の行動を。

 全ては彼女を救うために。


「分かっている、と言っただろう」


 打ち切るように言うと、稲船は右手を前に掲げた。

 指先に宿るは青の光。結界を形作る電磁波がより集まっているのだ。

 腕を軽く上げると、光は瞬く間に全身を包む。

 そして発光。

 次に目を開けた時、稲船は結界の外に降り立っていた。

 場所は耳成山(みみなしやま)のふもと近く。太陽はとうに沈んでいたが、あたりは暖かな光と賑やかな声であふれている。

 通りを照らす提灯に、老若男女様々な人の群れ。人々は皆一様に高臣(たかとみ)学園を目指していた。


「……ああ、そうか。もうそんな時期だったのか」


 稲船はどこか泣きそうな顔で学園を見つめていたが、程なく気を取り直し、人ごみの中へと紛れていく。

 今日は十二月最初の日。それは、年に一度の学園祭が行われる日だった。


九章は最終章の繋ぎみたいなものなのでそれほど長くはならないのではないかと思います。

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