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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第八章 落ちよ雷、今こそ時は来たれりて
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第十八話 その一刀は天を断つ

 明は加速する時間の中に身を置いていた。

 思考も、動きも、全てが段違いに速い。スローモーションで移り行く景色を後目(しりめ)に、まとわりつく空気さえも置き去りにして。


「これがツクヨミの見ている世界です。不思議の世界に迷い込んだみたいで楽しいでしょう?」


「爽快、いや痛快だ」


 自慢げな様子の斗貴子(ときこ)に口元だけで笑みを見せ、明は素直な感想を述べる。

 が、それは一瞬だけだ。圧倒的な全能感に飲まれぬよう己を律し、敵の姿を視界に収める。体感時間の差というアドバンテージを差し引いてもなお、タケミカヅチの動きは素早かった。


「無謀と判断する。ナキサワメの能力では自分の装甲を傷つけることなど不可能」


「そうか。ならば試してみるとしよう」


「その必要はない。お前たちの処理にこれ以上の時間をかけることは、非効率的」


 タケミカヅチが跳躍する。

 だが、その軌道は重力に従った放物線ではない。

 直線的な上昇と急激な方向転換、そして爆発的な推進。明らかに何らかの力が作用している。

 これまではその力の正体が何なのか分からなかった。しかし、奴の全身を覆うものが無くなった今なら分かる。


「そこだ!」


 頭上より飛来するタケミカヅチ。音速超過の唐竹割り。

 明はそれを、先読みすることで回避した。


「──!?」


 タケミカヅチの視覚素子が動揺にも似た点滅を見せる。

 とはいえそれが隙に繋がるようなことはない。狙いを外したタケミカヅチは、わずかな逡巡すらなく二の太刀を振り抜いていた。

 ノーモーションかつ高速の追撃。しかしこれも読み通りだ。


「はっ!」


 斜めに踏み込み、空気を断ち切る斬撃を衝撃波ごとやり過ごす。ここで初めて、タケミカヅチの動きにノイズのような震えが混じった。


「ただの荒神が、自分の行動を予測している──!?」


「信じられないか? だがこれが現実だ。お前の攻撃は今後一切俺たちに届くことはない」


「……否定する! 自分の戦術回路はお前たちに解析されるほど単純なものではない!」


「そこまで言うなら証明してみせなさい、木偶(でく)人形」


 艶然と目を細め、悪意たっぷりに微笑む斗貴子。

 単純な挑発だが、タケミカヅチには効果てきめんだったようだ。前傾姿勢で左手を伸ばし、槍のように鋭い雷撃を立て続けに照射してくる。

 明はそれらを的確に避けながら、自身の仮説が正しかったことを実感していた。


(ようやく分かってきたぞ。こいつはあらゆる活動を自らの異能……電気に依存しているんだ)


 要は電撃を予測した時と同じだ。

 タケミカヅチは機械化された現神(うつつがみ)。その体は電気を動力にしている。

 あの巨体を維持するだけでも大量の電力が必要となるだろうし、力を込めようとすればその部分に流れる電気の量は一時的に増大する。

 その時に生まれる微量の電磁波は、タケミカヅチが攻撃に移る瞬間を教えてくれるのだ。

 それはコンマ数秒にも満たない猶予時間。しかし高速の世界において、コンマ数秒は勝敗を決するに余りある長さを持つ。

 例の飛行能力と超スピードについても同じことが言える。あれは手足の傍に強力な磁場を持つプラズマ球を展開し、電磁誘導の原理によって機体を制御しているのだ。

 電磁力を活用した空中浮遊や高速移動はリニアモーターカーにも採用されている最先端技術だが、高天原(たかまがはら)の神々は二千年も前にその理論を実用化していたようだ。

 改めてとんでもない相手と戦っているなと、明は心中で苦笑。

 しかし、だからこそ勝ち目はある。

 電気と電磁波は分かつことのできない双子のようなもの。電気あるところに電磁波があり、電磁波あるところに電気がある。

 波を感じられる明にとって、電気を操るタケミカヅチは最高に相性のいい相手なのだ。


「あとは奴を倒すための決定打があればいいんだがな……」


「やっぱり振動波だけでは倒せませんか? なんだか自信ありげに見えたので、ほんの少しだけ期待していたんですけど」


「分からん。機械相手に試したことがないからな」


 有機細胞と金属分子では結びつきの強さに雲泥の差がある。

 しかも相手は現神。あの体には高天原の超技術がふんだんに盛り込まれていると考えるべきだ。多少の攻撃ではびくともしないだろう。


(……だが、全部が全部機械では無いだろう)


 ヤサカニ由来の異能を行使できる以上、どこかに生身の部分が残っているはず。そこさえ潰せばこちらの勝ちだ。


(もっとも、そのためにはあの外部装甲をどうにかしなければならんのだがな……)


 意識を戻せば、電撃は中断されていた。茂みから飛び出してきた望美がタケミカヅチを強襲したのだ。


「遅いぞ望美。どこで油を売っていた」


「弾を補給してた。適当な石ころじゃかすり傷もつけられそうにないから」


 疲れたように息をつく望美。周囲には数十キロはありそうな岩塊が四つほど漂っており、五つめは既に発射されていた。

 タケミカヅチは反転しながら左手を振るい、


「迎撃」


 大出力の雷が岩を消滅させた。

 だが、望美はそれすらも織り込み済みだったようだ。彼女は一足早くその場を離れており、円軌道で回り込みつつ岩塊を射出し続ける。

 一つはタケミカヅチの頭部をかすめ、もう一つは腹部に命中。三つめは回避されたが、最後の一つは胸部の錆びた部分に向かっていき──


「迎撃」


 タケミカヅチの左手に打ち砕かれた。

 白く輝く装甲に大きな損傷は見られない。クリーンヒットしたはずの腹部には、かろうじて判別できる程度の凹みができていた。

 だが、最後に見せた行動……胸部をかばうような動きが明の直感を刺激した。


「斗貴子、あの錆は……」


「お察しの通り、私の仕業です。加速の異能をぶつけて細胞を経年劣化させようとしたんですが……」


「金属なので錆びただけだった、と」


「たいへんお恥ずかしい限りです」


「白々しい謙遜はやめろ。鳥肌が立つ」


 大げさに嘆いてみせる斗貴子をよそに、明は思案する。

 確かに斗貴子の目論見は成功しなかった。しかし失敗したと判断するのはいささか早計のように思える。

 錆があるということは少なからず効果があったということだ。であれば、内部まで腐食が及んでいる可能性もある。

 明の異能を深くまで浸透させようとするなら、狙うべき場所はあそこ以外にない。

 となると、残された課題は一点に絞られる。


(俺の振動波は、奴にどこまでダメージを与えられる? 奴を殺しきることは可能なのか?)


 こればかりはやってみなければ分からない。

 だが、仕損じれば次は無いことも事実。その時は自分だけでなく、斗貴子や望美も道連れになる。

 どうする? と自問し、悩み、迷い、覚悟を固めそうになったところで明は思い出す。


「……俺としたことが、危うくまた同じミスをするところだった」


 自分は一人ではない。

 行き詰った時は、仲間を頼ればいいのだ。

 再び放たれた雷撃から逃れると同時、明は望美に叫びを送った。


「望美! お前に奴を倒す手段はあるか!?」


 交差するような動きで斬り込みを避ける望美。続く横薙ぎをステップで回避しながら、


「ある」


 とても頼もしい返事が返ってきた。

 望美はこういう時につまらない見栄を張る女ではないし、明のようにハッタリが得意なわけでもない。

 そんな彼女が可能だと言ったのだから、これはもう勝ったも同然だ。そう信じられるだけの実績を彼女は残してきた。


「数秒でいいからタケミカヅチの動きを止めて。あとは私が何とかする」


「心得た」


 お互いに具体的なことは何も聞かなかった。そこにはただ信頼があった。

 明は足を切り返し、雷のさなかへ身を躍らせる。タケミカヅチに近付くために。


「理解不能。この期に及んで、まだ自らの性能を過信しているとは」


 タケミカヅチは望美への追撃を断念し、射撃体勢に移行。こちらに火力を集中させる。


「過信ではない! 確かにお前は強敵だが、俺たちの方が勝っているものもある!」


 明も対抗するように加速。声を張り上げ、


「それは、意志の力だ! 苦境を跳ね除け、萎えた心を奮い立たせるもの! 極限の中で最後に勝敗を分かつもの! お前にはそれが無い!」


「精神的な興奮が生物の限界を引き上げることはない。脳内麻薬が現実を誤認させているだけだ」


「ただの勘違いでここまで来られるものか!」


「非合理的。観測不能な幻想に固執する未開人の発想。やはり人間は未成熟な生物だと判断する」


「そう思うのはあなたができそこない(・・・・・・)だからですよ」


「……なん、だ、と?」


 その時の明には、タケミカヅチの顔が……表情筋など存在しないはずの顔面装甲が、なぜか引きつったように見えた。

 斗貴子にも同じように見えたのだろう。彼女は笑みを深めると、歌うように言葉を続ける。


「だってそうじゃないですか。目で見たものしか分からない、他人の心が分からない、数字以外は信じない。……これって要するに、想像力が足りてないってことですよね? 生物としては致命的な欠陥じゃないですか」


「……否定する。自分は不完全なゆらぎを排除した優等種であり、その思考力および判断力は既存の生物を凌駕している」


「そのゆらぎこそが可能性の源なんですよ。意志無き愚物は人形と同じ。点睛(てんせい)を欠く画竜(がりょう)、目抜きのダルマのようなもの」


 "人形"という部分をことさら強調する斗貴子。

 雷の威力がさらに強くなったが、代わりに命中精度は下がっていた。

 その事実を確認した斗貴子は、覗き込むような目でタケミカヅチを見つめると、その言葉を告げる。

 地上最強の雷神をがんじがらめに絡め取る、呪いの言葉を。


「つまり……あなたがいるのは進化のどん詰まり。できそこないの掃き溜めなんです。そんなことも知らずに"生物とは"なんて偉そうに語っちゃって……ほんと、かわいそうな人」


「──!!!!!!!」


 聞こえたのは言語化不可能な異音。

 岩盤を踏み砕くほどの勢いでタケミカヅチが来る。


「殺すっ! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやるっっっっっ!!」


 これまでの冷静さは雲と消え失せ、乱高下する怒声が不協和音を奏でる。

 駄々をこねる子供のように、無茶苦茶に刀を振り回すタケミカヅチ。無慈悲な機械人形が初めて見せた最大の隙。

 その懐に入り込むことは、とても簡単だった。


「明さん、今です!」


「おお──!」


 斗貴子の腕が首に回ると同時、明は彼女を抱えていた右手を放した。

 狙うはタケミカヅチの胸部装甲。体当たり同然に殴り付け、異能を発動。

 次の瞬間、タケミカヅチに異変が起きた。


「──!? っ、が、がががっ!?」


 後ろに吹き飛び、仰向けに倒れ、そのままバタバタと四肢を振り乱す。視覚素子は点滅を繰り返し、首の付け根はガクガクと上下していた。


「な、な、何、何が……」


 壊れた電化製品のように同音を繰り返すタケミカヅチ。明は斗貴子を地面に降ろし、


「結局本体がどこにあるのか分からなかったからな。振動波はやめて、内部を流れる電流を乱してやった」


「電、流……」


「お前は電気で動いているんだろう? なら、その周波数を乱してやれば機械の体は指示通りに動いてくれなくなる。少なくとも全身を破壊するよりは楽な仕事だったぞ」


 タケミカヅチが息を飲むように言葉を止める。しかしすぐに口を開け、


「無駄、だ。このようなことをしても、異状はすぐに修復される。そして……言ったはずだ。お前たちに自分の装甲を傷つけることはできない、と」


 絶対の自信をもって断言した。

 その直後、彼の言葉に同調する声があがった。


「うん、知ってる」


 その声は望美だった。

 彼女は感情の見えない目でタケミカヅチを見下ろすと、その胸元に向かってついと指先を(ひるがえ)した。


「だから、私たち以外の人にやってもらう」


 震えていた右手が、その先に接続された刀が静止する。

 そして、内側にゆっくりと振り下ろされていく。

 自らの首に刀を近付けるように。


「……ま、さか」


 ある意味でタケミカヅチの言ったことは正しかった。明たちにあの装甲を破壊する力は無い。

 タケミカヅチを殺すのは、タケミカヅチ自身なのだ。


「あなた、前に言ってたよね。これはフツヌシが鍛えた刀だって。この刀はあらゆる分子を断ち切るって」


 フツノミタマノツルギ。超合金ヒヒイロカネによって鋳造(ちゅうぞう)された、最強の刀。

 その切っ先が、主に牙を剥いていた。


「……停止しろ」


 タケミカヅチは必死で手足の制御を取り戻そうとするが、体は思うように動いてくれない。


「止まれ……止まれ、止まれ……!」


 刀の動きが少し遅くなったが、それでも止まらない。


「やめろ……!」


 彼の願いが通じたのか、はたまた強靭な精神力がなせる業か。刀は首の二十センチほど上で止まった。

 だが、もう遅い。

 刀の柄に、明と斗貴子が手を添えていた。

 二人は無言で頷き合い、柄を強く握る。

 そして、一気に体重をかけた。


「これで、終わりだ──!」



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