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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第八章 落ちよ雷、今こそ時は来たれりて
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第十七話 動き始めた時間

 明はぐったりとした斗貴子を支え、乱れた呼吸に耳を傾ける。

 見たところ、彼女は一時的なスタミナ切れに陥っているようだ。命に関わるほどではないものの、極度の疲労にあえぐ様はヤサカニの反動に苦しんでいた時と酷似している。

 おそらく原因も前回と同じで、異能を酷使し過ぎたのだろう。


「ふん、また性懲りもなくカミカゼアタックを仕掛けたのか。それで失敗していれば世話は無いな」


 馬鹿めと思い、馬鹿めといった表情を浮かべ、馬鹿めと口にする。

 そして、彼女を少しだけ強く抱き寄せた。有り得たかもしれない最悪の結末を頭から振り払うかのように。


「……どうして」


 その時、呆けていた斗貴子の目が焦点を結んだ。

 彼女は明を見上げ、信じられないといった風に口を開ける。


「どうして、明さんがここにいるんですか」


「決まっているだろう。タケミカヅチを倒すためだ」


「カナヤマビコを倒しに行くって話だったじゃないですか……」


「気が変わったんだ。お前と同じようにな」


「ふざけないでください! いったい何のつもりで──」


 言葉の終わりを待たずして、明は地面に身を伏せた。

 直後に満ちゆく光。タケミカヅチの電撃。

 体の下に斗貴子の温もりを感じる一方、背中は総毛立つようなエネルギーの余波に晒されていた。


「ちっ、空気の読めん奴だ……!」


 地面を抉るような軌道で追撃が来る。

 明は斜面を転がり落ちるように回避し、立ち上がりざまに斗貴子を抱え上げた。

 勢い殺さず、明の足は木々の間を駆け抜ける。上方からは幾筋もの雷が機関銃のように撃ち下ろされていた。


「馬鹿みたいに乱射してくれる……! こういう大技は一発限りがお約束だろうに!」


 歯噛みしつつも不規則な急制動によって照準をかく乱する。

 見てから避けることは物理的に不可能だが、だからといって全く対抗策が無いわけではない。

 技の原理は単純明快、増幅した電気を左腕部の機構によって放射しているだけだ。発射準備に伴う電磁波の乱れを探知できれば、回避のタイミングを計ることはたやすい。

 鋭角的に軌道を変えて、蹴り込むようなステップで大樹の(うろ)に身を隠す。

 その直後、斗貴子に思いきり耳を引っ張られた。


「馬鹿っ! どうして私に任せてくれなかったんですか!? 明さんの力であいつに手を出すことがどれだけ無謀なことなのか分からないんですか!?」


「ええい、危うく殺されるところだった負け犬ガールがケチを付けるな! 俺がいなければどうなっていたと思っている!」


「一回助けたくらいで偉そうに言わないでください!」


 斗貴子の平手がしたたかに頬を打つ。

 双眸(そうぼう)に涙を滲ませ、剥き出しの感情をぶつけるように。


三輪山(みわやま)の時も! それに昨日だって! 明さんはタケミカヅチに手も足も出なかったじゃないですか! もう実力の違いは分かったでしょう! なのにどうして死に急ぐような真似をするんですか!?」


「それは俺の台詞だ! お前こそ、なぜ一人で決着を付けようとする!?」


「そんなの……明さんを失いたくないからに決まってるじゃないですか! あなたまで死なせてしまったら、私はどんな顔をしてあの子に会えばいいんですか!?」


 取り澄ました微笑の仮面を捨て去り、彼女は涙を流す。

 その涙は決して自分自身のためではなく、もうどこにもいない誰かに向けられたものだった。


「……あの子、だと?」


 その言葉を聞いた瞬間、明の中で一本の線が繋がった。

 斗貴子が明を気遣う理由。鳴衣(めい)の供養をしていた理由。タケミカヅチを憎んでいた理由。

 答えは初めから目の前にあった。



鳴衣(めい)、逃げろっ!』

『お兄ちゃんも早く逃げてっ!』



 明はずっとあの言葉の意味を取り違えていた。

 鳴衣は「そう言うお兄ちゃんの方こそ早く逃げて」と言っていたのではない。

 「もう一人の子は無事に逃げられたから、次はお兄ちゃんが逃げて」という意味だったのだ。

 鳴衣に気を取られるあまり、明は気付かなかった。タケミカヅチでさえも。

 あの時、耳成山(みみなしやま)にはもう一人の荒神がいたのだ。


「斗貴子、お前は……」


「……………………」


 斗貴子は目を伏せ、苦しそうに口をつぐんでいたが、やがて観念したように話し始めた。


「あの子は……鳴衣は、初めての友達だったんです」


 腕の中で身を縮める斗貴子は、まるで内気な童女のように言葉を紡ぐ。


「当時の水野家は離婚協議の真っ最中でした。猛は部屋にこもりきりで、両親はよそよそしくて、私も家に居づらくて……それで私は、誰もいない山の中で、一人で泣いていたんです。……鳴衣に会ったのはそんな時でした」


出不精(でぶしょう)のあいつが頻繁に外出するのはどうにもおかしいと思っていたが……お前が遊び相手になってくれていたのか」


「逆ですよ。救われていたのは私の方。あの子は……とても優しい子でしたから」


 斗貴子は静かに鼻をすすった後、少し笑った。しかしすぐに表情を殺し、


「彼女と遊ぶようになったのはそれからです。私たちは特別な共通点を持っていたことで、すぐに仲良くなれました」


「荒神の力、か」


「運命が私たちを結び付けてくれたんだって、二人して舞い上がっていました。お互いに仲間を見つけたことが嬉しくて、二人ともお揃いだね、愛と正義の魔法少女コンビだねって、子供じみた誓いまで交わして。……なのに、私は」


 沈黙。

 この先に来る台詞は想像がつく。よって明は速やかに話を打ち切ることにした。


「それ以上は言わなくてもいいぞ。俺にとってはどうでもいいことだ」


「いいえ、言わせてください! 私は、私はあの時──!」


 それでもなお、その言葉を口にしようとする斗貴子。自身の罪を神に懺悔(ざんげ)する信徒のように。

 しかし、明は彼女の神になるつもりもなければ罪だ罰だとめんどくさいことを言う気もない。

 だから明は何も言わず、斗貴子を黙らせるために最も手っ取り早い手段を取った。

 彼女の額に、頭突きを食らわしたのだ。


「──あいたぁっ! ちょ、ちょっと何するんですかいきなり!?」


「ぎゃあぎゃあとうるさかったからな。うるさい奴は力づくで黙らせるに限る」


 明は言い捨て、「はっ」と馬鹿にしたように息を吐いた。


「もう一度言うぞ。俺はあの日お前が何をしていたのかなんてどうでもいい。お前が鳴衣を放っぽって逃げようが、ビビってどこぞに隠れていようが、そんなことには鼻くそほどの興味も無い」


 にわかに表情を強張らせる斗貴子。しかしそれこそどうでもいいことだ。

 明にとって七年前の事件は"もう終わったこと"だ。正確に言うと、ついさっき斗貴子を救うことができた時点で終わったのだ。

 自分は過去に打ち勝った。だからこの話は終わり。いつまでも未練がましく引きずるなど、軟弱者のすることだ。

 重要なのは、今。

 過去に囚われ心を痛める少女に対し、明がすべきことは。


「この件について俺が言えることは二つだけだ。鳴衣は最期の最期まで恨み言を吐かなかった。そして……お前は俺の仲間だ」


 目を閉じ、普段の明からは想像もできないほど穏やかな声で。

 それは常に意地を張り続けてきた彼が家族以外の者に見せる、初めての素顔だった。


「過去に何があろうとお前はここにいる。俺たちと肩を並べて、己の信じるもののために戦っている。それだけで十分だ」


「あ……」


 どこかほっとしたような声色。

 斗貴子は泣いているのか笑っているのか、とにかくなんとも判別しがたい表情で明を見ると、


「……明、さん」


「何だ?」


「ありがとう、ございます」


 かすれたような、しかし熱のある声。

 斗貴子の指が、平手打ちによって腫れ上がった明の頬を撫でる。ヒリヒリと痛むが、悪い気はしなかった。


「さあ、休憩時間はここらで終わりだ。隠れるのもそろそろ限界だしな……っと!」


 明は緩みそうになった口元をへの字に結ぶと、木の洞から身を乗り出した。

 それから一秒と経たぬ間に、大樹が消し飛んだ。

 霧のまにまに浮かび上がるはタケミカヅチ。帯電する左手をこちらに突き付け、


「捕捉完了。対象を排除す──」


射出(いけ)っ」


「──!」


 ジェット噴射のような勢いで空中を滑るタケミカヅチ。その動きを追うようにして灰色の何かが飛んでくる。

 人の顔よりも大きな、(とが)った岩石。

 タケミカヅチの容赦ない攻撃は、耳成山の表面から多くの石片を飛び散らせていた。それは彼女の武器としてこのうえない素材となる。


「二人とも、まだ生きてる? 生きてたら返事して。死んでたらアーメン」


「悪いがうちは浄土真宗だ。キリスト様にはお帰りいただこう」


 どこまで本気なのか分からない望美の声に、明は軽口を返す。それから斗貴子と目を合わせ、


「斗貴子、もう力は回復したか?」


「体はまだ重いですが、異能を使う分には問題ありませんよ」


「よし。なら俺に加速の力をかけてくれ。そうすればお前を抱えたままでも戦うことができる」


 斗貴子は一瞬の間を置いてから、


「ははあ……さては斗貴子ちゃんの柔肌が癖になっちゃいましたね? 戦いのどさくさ紛れにあーんなところやこーんなところを」


「投げ捨てるぞ貴様」


 けらけらと笑う斗貴子を見ながら、明は早くも先ほどの選択を後悔し始めていた。

 だが、心は軽い。

 それはタケミカヅチに対してもそうだ。

 奴は依然として倒すべき敵だが、これまでのような憎しみは沸いてこなかった。



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