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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第八章 落ちよ雷、今こそ時は来たれりて
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第十五話 転校生と少女と霧

次回更新は明日です。

「今の音は……!」


 明は跳ねるような勢いで振り返ると、山道の先に鋭い視線を向けた。

 常人ならば聞き落としてしまうような小さな音。草木のざわめきに混じる刹那のノイズ。

 しかし、明の異能はしっかりとその音を捉えていた。

 この耳成山のどこかで、誰かと誰かが戦いを繰り広げている。そしてその二人は、明が想像している通りの組み合わせに違いない。

 彼の予測を裏付けるかのように、再度雷鳴が響いてくる。今度は他の者にも聞こえるほど大きな音だ。


「……にわか雨かな。おっかしいなあ、さっきまであんなにいい天気だったのに」


 青葉に隠れた空を見上げ、渋い顔を作る(ひかる)。おそらく傘を持参していないことを気にしているのだろう。

 実際彼女の不安は杞憂そのものなのだが、明はあえてその勘違いを訂正しなかった。


「晄は相変わらずおっちょこちょいだな。今日は夕方から天気が崩れるとニュースで言っていただろうに」


「あれ、そうだっけ? なんか今日は一日中晴れるみたいなこと言ってた記憶があるんだけど……」


新田(にった)さん、それは昨日の予報。今日は、えっと……『ゲリラ豪雨に注意しましょう』だって」


 スマートフォンを見つめる望美が話を合わせてきた。

 彼女も今の雷鳴が意味するところを察したのだろう。ウェザーニュースを視聴しているように見せかけているが、画面に表示されているのは例の追跡アプリだ。


「私たちはすぐ近くに家があるから大丈夫だけど、新田さんは早めに帰った方がいいと思う。じゃないと濡れネズミ」


「ええっ、ネズミは嫌だなぁ。ハムスターは好きなんだけど」


 晄はとぼけた台詞をつぶやきながらもてきぱきと帰り支度を進め、急ぎ足で山道に戻ってきた。


「何しに来てるのか知らないけど、二人も早めに帰らなきゃ駄目だよ。この時期の雨はほんとに冷たいんだから」


「心配無用だ。用事を済ませたらすぐに帰るさ」


 緊張をおくびにも出さず、普段通りの受け答えをする明。

 事情を知らない晄はこめかみにびしっと指を当てると、


「ならよしっ。それじゃあまた明日ね。バイバイ!」


 山道を軽やかに駆け下りていった。

 その姿が見えなくなった直後、明は音のする方に向かって走り出した。


「行くとするか。七年前の答え合わせをするために」


璃月(りづき)さんはそれを望んでないかもしれないけど」


「知ったことか。俺は俺の望むままに生きる。それが夜渚明だからな」


「はっきり言ってはた迷惑なアイデンティティーだと思う。……でも、今回だけは夜渚くんに賛成」


 斗貴子(ときこ)には聞きたいことがいくつもある。

 なぜタケミカヅチにこだわるのか。

 なぜ鳴衣(めい)のことを知っているのか。

 なぜ明にそれを黙っていたのか。

 そしてなぜ、自分一人で全てを終わらせようとしているのか。

 知りたいと思い、同時に知らねばならないと思う。

 なぜならそれは、明自身のルーツにも関わってくることなのだから。

 緩やかな上り段差を一息に消化し、小石の飛び出た遊歩道を風のように突っ走る。

 山頂の手前、やや道幅の広くなった分岐点まで来て、ようやく明は足を止めた。


「このあたりのはずだが……」


「誰もいない、ね」


「んなアホな。じゃあこの音はいったい何なんだ」


「……………………」


 雷鳴は数秒おきに大気を震わせ、戦いの激しさを伝えてくる。

 だが、分かることといえばそれだけだ。

 戦いはかなり近くで行われているはずなのに、肝心の二人はどこにもいない。それどころか、彼らの波動すら感じられない。

 理解不能な事態を前に、明は混乱を深めるばかりだった。


「声はすれども姿は見えず、か。まるで心霊現象だな」


 軽く頭を抱えつつ、あちらこちらを見回す明。

 右を向き、左を向き、斜面を見下ろし、山頂を見上げ、そうして最後に後ろを確認して……そこにいた望美と目が合った。

 焦れる明とは対照的に、望美は落ち着き払った様子でその場に(たたず)んでいた。まるで何かの訪れを待ち受けるように。


「夜渚くん、惜しい。これは心霊現象じゃなくて、結界の影響」


「結界だと?」


「そう。璃月さんは今、近くて遠い場所……フトタマの結界の中にいる」


 不審そうな顔を向ける明に、望美は自信ありげな微笑を返した。


「フトタマの結界は対象を隔絶された異空間に閉じ込める。スマホの電波が途切れたのはきっとそのせい」


「だが、そうなると音が聞こえるのはおかしいだろう」


「音が漏れてるのは異空間に(ほころ)びが出始めてるから。フトタマの結界が何によって作られてるのか、夜渚くんは知ってるよね?」


「電子の霧……電気か」


「そう。そしてタケミカヅチの能力は雷。だから──」


 望美がそこまで言った時、つんざくような音が聞こえてきた。これまでで最も大きな雷鳴だ。

 それと同時、目の前の景色が布を引き裂くような音を立てて剥がれ落ちていき……そこに小さな穴が開いた。

 異界に通じる穴。

 そこで明は理解する。タケミカヅチの強過ぎる電撃が、奴の作り出した結界にまでダメージを蓄積させていたのだ。


「……夜渚くん、あれ!」


 切羽詰まった様子で穴に駆け寄る望美。

 穴の向こうに広がっていたのは、白い霧に包まれた耳成山。

 そして、膝をついた斗貴子に迫るタケミカヅチの姿だった。


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