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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第八章 落ちよ雷、今こそ時は来たれりて
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第十二話 刀は鞘に

 白い霧の向こう、わずかな空気の流れに乗って子供の泣き声が聞こえてくる。激しい足音と車のクラクションも。

 音の源は未だ遠く、この藤原宮跡(ふじわらきゅうせき)には近付いていない。

 だが、遠からず人々は気付くだろう。この霧の奥に潜む災いの正体に。そしてその時こそ、彼らにとって真の地獄が始まるのだ。


「舐めやがって……いいようにさせるかよ!」


 そうなる前にと黒鉄(くろがね)は動く。汗ばむ指で刀を掴み、狂笑するカナヤマビコに鋭い気迫をぶつける。

 正義や人類愛なんてものにはまるきり縁のない黒鉄だが、目の前で行われようとしている殺戮をのんきに眺めていられるほど腑抜けではない。


「よそ見してんじゃねえっての! てめえの相手はこの俺様だろうが!」


 飛び掛かるような跳躍。踏みきり直後にその身をよじり、渦巻くような回転を剣筋に乗せた。

 まさに裂空のごとし。

 風を巻き込む一刀は迎え撃つ鉄腕を根こそぎ刈り取り、カナヤマビコの体を深く抉る。

 しかし、それすらもカナヤマビコの動きを止めるには至らない。狂笑は衰える気配を見せず、腹部の主砲が重機のような異音と共に巨大化していく。


「しかと見るがいい! これが神の力だッ!」


 主砲の先が天を向き、続けて炎を噴き上げる。

 遠くで爆発音が聞こえ、何かが崩れるような振動が伝わってきた。人の叫び声も。

 黒鉄は歯ぎしりしながら地面に着地。なおも胴体に攻撃を畳みかけようとするが、それを妨げるかのように新たな武器が生えてくる。

 黒光りする長筒が、ざっと見ただけでも一ダース以上。

 筒の根元には数珠繋ぎになった弾薬が接続されており、先端の穴は例外なく黒鉄を見据えている。

 それは歴史上最も多くの人間を殺してきた兵器の一つであり、その中でもひときわ連射性に秀でたもの──機関銃(マシンガン)だ。


「ちっ、次から次へと……!」


 絶えず連なる発砲音がにわか雨のように迫ってくる。

 日頃からこの世に斬れぬもの無しと豪語する黒鉄も、音速に匹敵する速度の弾丸を斬り裂くことまではできない。

 切り返すように後退し、ジグザグ走行で狙いを散らす。やむなく射線上を横切ることになった際は、刀を斜めに構えて弾丸を受け流した。

 が、その間にもカナヤマビコは砲撃を続けていた。


「ひゃははははははは! 何をしているノロマな豚め! もたもたしてるとお仲間の丸焼きがどんどん増えていくぞ!」


 耳障りな声が響いた矢先、さらに二発の砲弾が発射された。

 黒鉄は声にならない怒りを喉元から吐き出し、口の端をぴくぴくと痙攣(けいれん)させる。


「てめえこそ何がしてえんだよ……っ」


 気に入らない。気に入らない。気に入らない気に入らない気に入らない。

 このふざけた展開も、カナヤマビコの笑い声も、何もかもが気に入らない。そして意味不明だ。

 荒神ですらない一般人をいたずらに殺したところでこいつに何の利益があるというのか。なぜそんなことをしたがるのか。

 分からないから気味が悪い。頭の中は嫌悪感で沸騰し、今にも憤死しそうだった。


「偉そうなこと抜かすもんだから何をするのかと思ったら、結局は弱いものいじめかよ。てめえの言う神ってやつは戦えもしねえ奴を(なぶ)って楽しむ雑魚専野郎のことか?」


「教導と言ってもらおうか。俺は無知蒙昧(むちもうまい)なる豚どもに神の威光を知らしめているんだよ」


 「聞くがいい」と声をあげ、空を抱くように鉄腕を広げる。

 破壊の音、炎の息吹、聞こえてくるざわめきは負の感情に染まっていた。


「豚とは不遜で不敬なものだ。奴らに神の尊さは分からない。神の正しさは分からない。神を利用し、不平を垂れ流し、醜く大地をのさばるだけだ」


 静かに拳を作り、視線を巡らすカナヤマビコ。


「二千年前もそうだった。高天原(たかまがはら)は豚の作った下劣な価値観でこの俺を縛り、危険視し、あまつさえ狂神と(おとし)めた! 俺はただ不愉快な豚を駆除しただけなのに!」


 またどこかで建物が崩壊し、混乱の声がいっそう大きくなる。

 カナヤマビコはそれらの音を浴びるように体を反らし、じゅるりとつばを飲み込んだ。


「だから俺は気付いたのだ! 奴らを(しつ)けるためには力をもってあたるしかないと! 力によって思い知らせるしかないと!

 奴らの腐った命が踏み散らされる時! 新たな神代が世界を壊す時! 奴らは思い知るだろう! 神の偉大さを! 自らの矮小さを! それは恐怖と共に記憶され、死と共に永遠となる! その時こそ俺は失われた誇りを取り戻すことができるのだ!」


 高らかな叫びが鉄の体と共振し、汽笛(きてき)のような音を生み出す。

 はちきれんばかりに肥大したエゴ。この狂人は暴力によって道理をねじ伏せ、全人類の死をもって自身の歪んだ神性を認めさせようとしているのだ。

 恍惚の形相で猛り狂うカナヤマビコを前に、黒鉄は、


「く」


 と息を吐き、そこで一度溜め、


「──っだらねえええええええええええええええええええ!」


 激情を動きに乗せ、走る。

 直後、カナヤマビコの眼球がぎょろりとこちらを向いた。


「意見するかよ、豚が!」


 一斉掃射。

 多数の銃口が黒鉄を追いかけ、狙いを外れた弾丸がグラスホッパーのように跳ね回る。

 黒鉄は弾幕の波間を縫うように切り抜け、前へ。

 当たれば負けだが、気持ちの中では既に勝利したつもりでいた。

 というか、こんな奴に負けるはずがない。自分はこいつの遥か先を進んでいるのだから。


「粋がってんじゃねえぞクソ雑魚野郎! 無駄にデカい力を持ってるくせに考える事がショボいんだよ!」


「視野の狭い家畜が、知ったことを!」


「そういうことは鏡を見てから言いやがれ!」


 こちらを捕らえようとする鉄腕を刀の腹で殴り、硬直した腕先を足掛かりに跳躍。

 腹回りの配管に指を掛け、突き出た機関銃を足場代わりにテンポよく高さを稼いでいく。目指すは胴体の中心に位置する主砲の上だ。


「なーにが神の威光だ! 力で相手を踏みにじっていい気になってる馬鹿なんぞ三下以外の何者でもねえ!」


「それこそ弱者の負け惜しみよ! 強き者が力を振るって何が悪い!」


「そういう思い上がりがくだらねえっつってんだよ!」


 刀を振り抜き、機関銃をまとめて斬り落とす。

 そこからさらに登りつめようと手を伸ばした瞬間、横殴りの衝撃が黒鉄を襲った。カナヤマビコが体を激しく振り回したのだ。


「く……!」


 強烈な遠心力にバランスを崩され、黒鉄の体が宙を舞う。

 指先から滑り落ちる刀。自由の利かぬ体。視線を下せば、カナヤマビコが勝ち誇った顔でこちらに主砲を向けていた。

 さんざん手間取らせてくれたお返しに最強の一撃で散らせてやろうというのだろう。

 とても単純で分かりやすい。力をひけらかしがちな愚か者ならではの思考回路だ。おかげでこちらにも勝機が見えてきた。


「今度はこっちが教えてやるぜ。──刀は(さや)に収めるもの。常に抜き身で振りかざすのは、ビビリ野郎の証だってな!」


 懐から取り出したるは小さな円筒。先ほど望美がぶつけてくれた空き缶だ。

 異能を込めて軽く握れば、赤熱したそれは一瞬にして鋭利な小刀となる。


「は……っ!」


 空中で器用に体をひねり、全身の筋肉を利用して投擲。

 砲撃の直前、ダーツのように直進する小刀が砲身の中に飲み込まれ──


「──!!!!」


 暴発した。


「があああああああああああああっ!?」


 地獄の蓋を開けたような叫喚が轟いた。

 霧を押しのけ、橙色(だいだいいろ)の花が見事に咲き誇る。

 銅鑼(どら)を叩くような爆発音と共に、強い衝撃波が黒鉄を襲った。


「ぐお……ッッッ!?」


 ハエのように叩き落とされ、嗚咽(おえつ)に任せてゲロを吐く。

 そのまま地面に手をつき、ぜいぜいと息を吐いていく。そうして気分を落ち着けた黒鉄は、顔を上げた。

 そして、何とも言えない表情で沈黙した。


「……逃げやがったか。いけると思ったんだけどな」


 カナヤマビコの体は目の前で爆発四散し、バラバラになった破片があちこちで焼け落ちていた。が、奴の頭部を構成していた部分だけはどこにも残されていない。

 おそらく爆発の瞬間に本体だけを退避させたのだろう。もちろん全くの無傷ではないだろうが、傷が癒えればまた現れる。


「……めんどくせ」


 心からの本音をこぼし、黒鉄は空を見上げた。

 できればあの現神とは二度とやり合いたくない。

 強い強くないの話ではない。不愉快なのだ。見ているだけでイライラしてくる。

 それもそのはず。力に酔いしれ、恨みつらみを外に向け、自らの劣等感を虚栄心で誤魔化す姿は……かつての自分そっくりなのだから。


「他の現神(やつら)もそうなのかねえ。……だとしたら、マジで笑えねえぞ?」

 

 黒鉄の心に去来しているのは、むしろ哀れみに近い感情だった。


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