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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第八章 落ちよ雷、今こそ時は来たれりて
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第十一話 鉄火繚乱

十一話と十二話は黒鉄視点。タケミカヅチ関連は十三話からです。

 四肢にまとわりつくような霧の中を黒鉄(くろがね)は進んでいく。

 携えるのは自動販売機から削り出した白銀の刀。片手で担ぐように構え、小幅な足取りで草原を踏みしめる。


「相変わらず辛気臭え霧だな。見てるだけで気が滅入りそうだぜ」


 悪態をつきながらも、その表情は高揚の気配を含んでいる。

 こうして霧の中で戦うのはいつ以来だろうか。たった一人で敵に挑むのも、ずいぶんと久しぶりな気がする。

 視界はどこまでも白一色だが、それでも敵の気配だけはひしひしと伝わってくる。

 見えずとも分かる。とてつもなく強大な何かがこの先に潜んでいるのだ。

 ちりちりと焦げつくような緊張感に黒鉄は肩を震わせ、そして笑った。


「ま、いいさ。その分楽しませてくれりゃあ、俺様としても文句はねえよ」


 やはり自分は根っからの喧嘩好きだ。人類の未来という大義名分とは関係のないところで戦うことに意味を見出している。

 しかし、同時にそれでいいとも思っている。

 原始的で動物的な感情のぶつけ合い、それこそが喧嘩の華なのだ。小難しいお題目など武内あたりに任せておけばいい。


「今日は思う存分暴れてえ気分なんだ。頼むから他の奴らみたいにつまんねえ小細工はしてくれるなよ? カナヤマビコとやら」


 声を投げかけた先には大山のようにそびえる影があった。

 影はこちらに気付くと、軋むような音を立ててゆっくりと振り返る。


「……ほう、これはこれは」


 鉄兜に覆われた頭部が斜めに傾き、口元からぎらついた銀歯が垣間見える。

 そこにいたのは様々な鉄器をごちゃ混ぜにくっ付けた異形だった。

 黒光りする胴体は鉄骨、刀剣、銃砲、その他用途の分からない配管や金属塊をでたらめに絡み合わせたような構造をしており、各パーツの隙間からは鉄製の不揃いな手足が何十本と突き出ている。

 たとえるなら瓦礫(がれき)のお化け。あるいは子供が作った悪趣味な工作。滴り落ちる廃液からはすえた匂いがした。


「卑しい豚めが、どうやってこの場所を嗅ぎ付けた? いや豚とは元々鼻の利く生き物だったか?」


 カナヤマビコの嘲笑に合わせて金属パーツがこすれ合い、歯列を震わせるような音を発した。


「誰が豚だよ鉄毬(てつまり)野郎。つーか、てめえの方から俺を引っ張り込んだんじゃねえか」


 これ見よがしにつばを吐き捨て、カナヤマビコに強烈ながんを飛ばす。

 それを受けたカナヤマビコはなぜかいぶかしげに沈黙していたが、程なく邪悪な笑みを戻すと、


「ふん、ただの偶然か。どのみち、この俺の前に出てきた時点で貴様の末路は決まったようなものだがな」


 こちらを見下し、威圧するように体を前傾させるカナヤマビコ。体の奥からは低い駆動音が聞こえてくる。


「んじゃその末路ってやつをぜひ聞かせてくれよ。ぜってー後で恥かくことになるけどな」


 不吉な重低音を耳にしながら、黒鉄は足に力を溜めていく。

 膝を浅く曲げ、姿勢は前に。背負う刀を握り直したその時、


「──知れたこと。豚畜生は畜生らしく、汚物にまみれて焼け死ぬ様がお似合いよおおおおっ!」


 カナヤマビコの胴が大きく縦に割れる。

 現れ出ずるは鉄の筒。口径五十センチ超、戦艦砲もかくやの武骨な砲身だ。

 艶のない砲口はさながら獣の瞳のよう。その虚ろな視線が黒鉄に狙いを定め、発火炎(マズルフラッシュ)の輝きに赤く染まる。

 だが、その直前に黒鉄は回避行動を取っていた。


「はっ、見え見えだっての!」


 降り落ちる砲弾をかいくぐるようにダイブ。そして疾走。

 背中を煽る爆風さえも推進力の一助にして、カナヤマビコに肉迫する。


「おらぁっ!」


 咆哮に力を込め、速度を乗せて斬りかかる。しかし、その切っ先がカナヤマビコに届くことはなかった。

 斬撃を弾いたのは無数に突き出た鉄腕の一つ。その手には胴体に埋まっていた長刀が握られている。


(ひづめ)を立てるな、汚らわしいぞッ!」


 力任せに叩き付けられる長刀。

 黒鉄は己の刀に左手を添え、返しの刃を受け止める。


「にゃろう……!」


 予想以上の怪力に背中がのけ反る。

 どうにか半歩で踏みとどまるが、その隙を見逃すカナヤマビコではなかった。いくつもの腕が思い思いの武器を引き抜き、こちらに向けて振り下ろしてくる。

 斧槍、鉄槌、斬馬刀……打突斬全てを網羅した一斉攻撃を刀一つで防ぐことはできない。

 そう判断した黒鉄は、あっさりと刀を放り出した。身軽になった体は草原を転がることで鉄の雨を避け、カナヤマビコの下に潜り込む。

 しかし、そこは鉄足がイソギンチャクのように生え揃った危険地帯だ。既に何本かの足が黒鉄の頭を踏みつけようと構えている。


「むざむざ潰されに来たか! 殊勝な心掛けだな!」


「早とちりすんなって。ここには得物を調達しに来ただけだ」


 直後、全身から赤い火の粉が沸き上がった。

 それはフツヌシの力。鋳造(ちゅうぞう)の力。

 触れた機物を武器へと変えるその異能は、彼の頭をかち割ろうとした鉄足を一瞬にして溶かしてしまう。

 粘つくそれを剥がし取り、手中で軽くこね回す。完成した鉄刀に力を込めると、円を描くように薙ぎ払った。


「疾ッ──」


 鈴のような響きがあたりを駆け抜け、十数本の足がまとめて地面に転がる。

 支えを一気に失い、残った足でたたらを踏むカナヤマビコ。さらに追撃を、と考えた黒鉄は再び刀を振りかぶり──


「あっ、やべ」


 腹の下から生えてきたそれを見て、血相を変えた。

 それは太く長い鉄管であり、管の先は黒鉄の方を真っ直ぐに向いている。漂う異臭は油のそれだ。


「火炎放射機かよっ!」


 そして炎が弾けた。

 バーナーの激しい噴射音に追い立てられ、黒鉄はやむなく距離を取る。

 振り向くと草原の一部が焼き尽くされ、剥き出しの地肌にコールタールのような焦げ跡がべったりと付いていた。


「兵器の無限生成……これまたロクでもねえ異能を授かったもんだな、鉄毬野郎」


「素晴らしいだろう。貴様ら豚の異能もどきとは似て非なる力、神に相応しき破壊の力だ」


「確かにすげーな。河原でバーベキューをやる時は便利そうだ」


 バックステップでさらに距離を開け、カナヤマビコの全身を視界に収める。奴の足元を見れば、先ほど切り落としたはずの鉄足がゼンマイじみた音と共に再生していた。

 鉄と火薬と油。古今東西、おおよそ全ての武器の源となるもの。カナヤマビコはそれを自在に生み出すことができるのだという。

 既存の物を加工することしかできない自分の異能とは根本的に違う、(ぜろ)を一にも百にも変えてしまう力。それは異能という次元を超え、奇跡の領域にさえ踏み込みつつある。


「だが、それでもてめえは物足りねえらしいな。新たな神代だか真なる神だか知らねえが、今のゴミ捨て場みてえな体がそんなに不満かよ?」


 く、とあからさまに息を殺し、煽る。相手の余裕を削ぐために。

 しかし、カナヤマビコの反応は予想と真逆のものだった。


「……くくっ」


 奴は、笑ったのだ。


「新たな神代? 真なる神? なんだそれは? この俺が、そんなもののために?」


「……何を言ってやがる? てめえら現神は、新たな神代を……」


 どこかのネジが外れたような、調子の狂った音程。不穏な態度に眉をひそめる黒鉄。

 カナヤマビコはその様子を露悪的な、そして狂気的な冷笑で眺めると、


「実に馬鹿げた発想だ。このカナヤマビコは既に神として完成されている。ゆえに新たな神代は目的ではなく、手段なのだ!」


「手段だと……?」


「分からんか? なら教えてやるよ! 神とは破壊者、力持ちて世界を蹂躙する者だ!!」


 再び腹部の主砲が露出し、しかし今度は明後日の方向に向けて発射された。

 コンマ五秒の間を待って、霧の彼方に爆炎が上がる。

 直後、多数の騒ぎ声が聞こえてきた。


「なっ──」


 世界から隔離されているはずの、結界の中に。人の声が。空耳ではなく、はっきりと。

 なぜ、と思い、そして黒鉄は気付く。

 最初、カナヤマビコは黒鉄の存在に驚いていた。彼の来訪はただの偶然だとも。

 もしそれが真実だとしたら。自分が結界に閉じ込められたのはたまたまであり、カナヤマビコの狙いが別の何かにあったとすれば。


「おい、おいおいおいおいおいっ!?」


 聞こえてくる声は一人や二人のものではない。東西南北四方八方、藤原宮跡の外縁に広がる住宅地一帯に騒ぎが広がっている。

 そう、騒ぎの音が聞こえるのだ。

 つまり……彼らは皆、結界の中にいる。


「てめえっ! この辺りの人間を皆殺しにするつもりだったのかよ!?」


「そうだとも! 結界の外で暴れるなと釘を刺されたんで、こうして結界の中に落としてしまったわけだ! くはははははははははは!!」


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