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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第八章 落ちよ雷、今こそ時は来たれりて
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第七話 去っては石のごとく

 付近はちょっとした混乱状態に陥っていた。

 爆発音を聞きつけた野次馬たちが病院を取り囲み、けたたましいサイレン音と共に何台もの緊急車両が駆け込んでくる。

 慌ただしくなり始めた街の様子を、明たちは遠巻きに眺めていた。


「間一髪か。あと一分遅れていたら病院から抜け出すこともできなかっただろうな」


 明は街路樹に背中を預け、歩道を埋め尽くす人々を観察する。

 不安、興奮、好奇心……反応はそれぞれだが、彼らは皆一様に上を見上げていた。視線の先には未だ黒煙をくゆらせる病院の屋上がある。

 あれだけの砲撃を受けたにも関わらず、屋上を構成する骨組みに致命的な損傷は無かった。当分は立ち入り禁止だろうが、適切な修繕を施せばいずれは元通りの姿を取り戻すことができるだろう。

 しかし、それはあくまで偶然の導きによるものでしかない。一歩間違えれば病院は跡形もなく崩壊し、多くの人が命を落としていた。


「その……申し訳ありません。タケミカヅチを見逃しただけでなく、沙夜さんを人質に取るような手段まで取ってしまいました」


 こちらを上目遣いにうかがいながら謝罪するスクナヒコナ。その姿はまるで叱られることを恐れる子供のようだ。

 実に変わった女だ。先のように老獪(ろうかい)な振る舞いを見せたかと思えば、次の瞬間には気弱な少女に戻っている。

 明はどちらが彼女の本質なのだろうかと考え、しかしやめた。

 人は矛盾の塊。言ってしまえば、この世を生きる誰しもが相反する二面性を内包しているのだ。


「気にするな。どのみちあのまま戦いを続けていれば全員が死んでいた」


「途中までは結構いい線行ってたんですけどね。あの砲撃さえなければ……なーんて、今さら考えても意味の無いことはやめにしましょう」


 斗貴子は気持ちを切り替えるように頬を叩くと、


「とにかく、今は人死にが出なかったことを喜びましょう。お手柄ですよスクナちゃん」


 にっこりと笑い、スクナヒコナに後ろから抱き付いた。


「わっ、ちょっと何何何何ですかいきなりっ!?」


「あれ、知らないんですか? この国ではたくさん頑張った子にいい子いい子してあげる決まりになっているんですよ」


「いえあの、もう子供という歳ではないというか皆さんより二桁ほど多いというか……」


「そんなの全くノンプロブレム。四十代(アラフォー)だって女子会を開くご時世なんですから、スクナちゃんも胸を張って数千歳(アラサウ)女子を名乗っていいんですよ」


「無っ茶苦茶な理論をぶち上げるんじゃない。スクナヒコナが真に受けるだろうが」


 ぐりぐりと頭を撫で繰り回す斗貴子を引っぺがし、スクナヒコナを背中の後ろに隠す。

 斗貴子は名残惜しそうな顔で指をくわえていたが、今度は明に矛先を定めたようだ。弓なりに曲がった目は嗜虐的な輝きに彩られている。


「あらあら、随分とお優しいことですねえ。ひょっとして……今ので庇護欲そそられちゃいましたか? スクナちゃんのいじられ体質が明さんのお兄ちゃんセンサーにビンビンきましたか?」


「よくもまあそこまでスラスラと煽り文句が出てくるものだ。少しは弟の品行方正さを見習ったらどうだ?」


「気安いジョークは親愛の証。繊細な乙女心をあけっぴろげにしないのがデキる大和撫子スタイルなのです」


「大和撫子ブランドも地に堕ちたものだな」


 半目で皮肉を返しつつ、明は斗貴子の態度にまたも違和感を覚えていた。

 何とは言えないが、何かが引っかかる。

 明が違和感の正体を探ろうとしたその時、スクナヒコナが明の手を控えめに引いた。


「夜渚さん、そろそろここを離れた方がいいかと思われます。その、何というか……悪目立ちしているようなので」


 "誰が"とは言わなかったが、理由は明白だ。群衆の何人かは病院から目を離し、彼女の衣装と露わになった太ももを物珍しそうに見つめている。


「うふふ、おみ足だけで信仰を集めてしまうなんてさすが女神様」


 ばつの悪そうなスクナヒコナにすかさず斗貴子が茶々を入れる。どうやらこの女、からかえるのであれば誰でもいいらしい。


「うう……こんなことなら毘比野(ひびの)さんの言う通り着替えておくべきでした……」


「待て、早まるな。足が見えないと俺が悲しくなる」


「その時は私の太ももを好きなだけチラ見すればいいじゃないですか。ほらほら、明さんの大好きなニーソですよー」


「ガワは良くても中身がな……」


 スカートの裾をひらひらさせる斗貴子を哀れそうに見下すと、明は悲しげにため息をついた。

 ともあれ、そのような漫才を繰り広げていればなおさら人目を引くのは当然なわけで。三人は奇異の視線に全身を刺されながらその場を立ち去ることになった。

 橋を乗り越え通りを三ブロックほど抜けると、出発地点の大和八木駅(やまとやぎえき)に戻ってくる。

 ここまで来れば事件の影響はほとんど見られないが、それでも全くのゼロではない。改札機の手前で幾人かが足を止め、驚愕と共に病院の方を指し示していた。

 黒煙の名残は、この場所からもはっきりと見える。

 そして、今この瞬間も多くの人が同じ景色を目にしているはずだ。


「……大事になってきたな」


 戦いの痕跡が人目に触れることは以前にも度々あったが、今回はそういった次元を遥かに超えている。

 都市部のど真ん中、しかもまだ日の高いうちに何十発もの砲弾がばらまかれたのだ。

 一人二人の見間違いでは済まされない。怪我人がいないからといって見過ごせるはずがない。中には炎上の瞬間をこの目で見た者だっているだろう。

 そうして彼らの顔に浮かぶのは形の無い不安。

 足元の大地がぐにゃりと歪んでいくような、乗り物酔いにも似た気持ち悪さ。

 それは確たる"日常"が揺らいでしまうことへの恐れであり、明が七年前に感じたものだ。


「人々が現神の存在に気付くのも時間の問題なのかもしれません。いいえ、一部の者は既に気付いているのでしょう。この街で何かが起きているということに」


 スクナヒコナの言葉に明は頷く。

 が、逆に斗貴子は首を振った。


「何かが起きていることまでは分かっても、具体的に何が起きているのか分からなければ意味はないんです。そうしないと、人は知ることそのものを諦めてしまいますから」


「……? どういうことだ?」


 斗貴子は答えず、別の質問を返した。


「この前の戦いでは桜井市に大きな被害が出ましたけど、あれからどんな報道がされたのか明さんは覚えていますか?」


「いや、あまりよく知らんが……」


 戦いの後は数日間に渡って眠っていたうえ、起きてからは黄泉平坂(よもつひらさか)や稲船の捜索でずっと忙しくしていた。そのためメディアを確認している暇がほとんどなかったのだ。

 あの戦いでは桜井市のシンボルモニュメントである大鳥居が倒壊し、近隣住民の多くがタケミカヅチの犠牲となった。

 そう考えれば世界的な大事件として報じられてもおかしくないはずだが……


「言われてみれば、それほど大きな騒ぎにはなっていない……ような気がするぞ。報道規制でもしているのか?」


「していないと思いますよ。話題に上がらなくなったのはもっと単純な理由。事件に進展が見られないからです」


「昏倒事件の時と同じか。どれほどの大事件が起きても、捜査の停滞と時の流れが世間の興味を薄れさせる」


「世間だけじゃありません。犠牲者に近しい人たちでさえ、何も分からないまま怒りと悲しみを保ち続けることは難しいんです」


 斗貴子は視線を落とし、痛みをこらえるかのように体を抱いた。


「現神の犠牲者はみんなそう。事故なのか事件なのか、それこそ生死すら分からず、ただ"失った"という事実だけを押し付けられるんです。まるで性質の悪いお芝居の幕切れみたいに」


 世界を呪うように低く吐き捨て、視線を上げる。


「ですから、私たちが代わりに戦わないといけないんです。怒りを向けるべき相手を知っていること、それは他の誰より幸運なことですから」


 その瞳はどこか薄氷のような、危うい美しさを(たた)えていた。

 その時、明はやっと違和感の正体に思い至った。

 斗貴子はどこまでも現神を憎んでいる。それが彼女の戦う理由であり、生きる意味といってもいいほどに。

 なのに彼女は、スクナヒコナに対してその闇を向けていない。いくら彼女が穏健派の現神とはいえ、もう少し割り切れない反応を見せてもいいはずなのに、だ。

 かと思えば、タケミカヅチに対しては未だかつてないレベルの殺意を向けている。この差はいったい何なのだろう?

 スクナヒコナが特別なのだろうか?

 ……それとも。


(もう、手当たり次第に憎む必要がなくなったのか? だとすると、お前の探し求めていた本当の敵は、つまり……)


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