表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第八章 落ちよ雷、今こそ時は来たれりて
158/231

第五話 解さぬ者

 ざわめく人の波を抜け、明たちは階段を駆け上がっていた。

 轟音は既に収まっていたが、微震は今もなお続いている。多くの者はそれを地震と勘違いしているようで、足元を気にする者はいても屋上に注意を向ける者はごくわずかだった。


「不幸中の幸いだな。野次馬が屋上に詰めかけていたら大惨事になるところだった」


「だからといって安心はできません。タケミカヅチが屋内に侵入してくる可能性も十分にあるんですから」


 息を乱しながらも精一杯ついてくるスクナヒコナ。明は踊り場で何度か足踏みしつつ、


「いや、タケミカヅチにそんな余裕は無い」


「やけに自信満々ですが……論拠をご提示願えますか?」


「どうやら奴は俺と戦うためではなく、不意を突かれてこの場所に追い立てられてきたようだ。結界を張る時間すら与えられることなく、な」


「追い立てられたって……誰にですか?」


「行けば分かる。大体予想はついているが」


 明は確信を持って頭上を見上げた。

 通常、現神がフトタマの結界を展開せずに戦いを仕掛けることはない。社会の陰に隠れ潜み、隠密に計画を進めることが彼らのやり方なのだ。

 それができないということはつまり、現神が予想外の事態に陥っているということ。

 その証拠に、屋上にはタケミカヅチの他にもう一つ、人間らしき反応が存在している。それは先ほどタケミカヅチを追って"降り立った"ものだ。

 常人を遥かに凌ぐ機動力、そしてタケミカヅチと渡り合えるほどの戦闘力。

 その二つを兼ね備えた荒神を、明は二人だけ知っている。どちらも捉えどころの無い女だが、少なくとも片方はスタンドプレーを好むタイプではなかったはずだ。

 何より、神出鬼没の現神を闇討ちしようなどと考える変わり者など滅多にいない。

 普通なら思いつきもしないし、成功するとも思えない。どこにいるのかも、いつ来るのかも分からない敵を待ち構えるのは尋常ではない根気と労力を必要とするのだから。

 万一やってのける者がいるとすれば……それは、とてつもない執念を持った怪物に他ならない。

 ならば候補は一つだ。明は扉を叩き開け、その少女の名前を呼んだ。


斗貴子(ときこ)っ!」


 視界に飛び込んできたのは、二つの白。

 一つは風にたなびく白い髪。斗貴子の姿だ。

 そして、もう一つは少女と対峙する白ずくめの大男。ミイラじみた麻布で全身をくまなく覆い、和装束の袖口(そでぐち)からは鋭利な長刀の先端が突き出ている。

 記紀神話に名高き戦いの神。高天原(たかまがはら)最強の現神。奴を形容する言葉は多くあれど、明にとってはどれも大した意味を持たない。

 明が奴を評する言葉はただ一つ。

 七年前の事件を引き起こし、妹を惨殺せしめた真犯人。それだけだ。


「……っ」


 と、その時。斗貴子の意識がこちらに向いた。

 瞳に映る感情は、驚きと……それ以外は分からない。明はこれに該当する感情を経験した覚えがない。


(なんだ……?)


 明が目だけで疑問の意思を返すが、それ以上の反応は無い。

 斗貴子はただ逃げるように目を逸らし、タケミカヅチに向かっていく。

 石床を踏みしめる足がしなやかな曲線を描き、彼女の体を撃ち出した。

 加速された体は百歩分の距離を一歩で駆け抜け、敵の目前で踏み切り、そして跳躍。浅く畳まれた右腕はタケミカヅチの頭部めがけて炸裂する。


「回避」


 皮一枚の距離まで肉迫されたタケミカヅチは、体をコマのように回して攻撃を避けた。

 斗貴子を後ろに受け流し、その背中に横薙ぎの斬撃を見舞う。が、さらに加速した斗貴子はすんでのところで切っ先から逃げおおせた。

 勢い余った彼女は屋上端の鉄柵に蹴りを入れ、その反発力を得て跳ね返るように反転。今度は体を低くし、鎌のように鋭利な足払いを放った。


「回避」


 麻布の上からでも分かる豪脚が跳躍の動きを見せた。

 石床が槌で殴られたような音と共に陥没し、タケミカヅチの巨体を空に打ち上げる。

 二十メートルばかりの垂直上昇を経た後、その体は不可思議な力によって停止。虚空を固く踏みしめたタケミカヅチは、刀持たぬ左手を真下に向けた。

 指先から()ぜ出る光と断続的なスパーク音は、幾度となく目にしたアレの発現を意味していた。


「避け──」


 避けろ、と叫ぶ声は爆発音にかき消された。

 まずは閃光の白が、続いて火花の赤と粉塵の灰色があたりを包む。

 それがようやく消え去ると、雷撃によって大きく抉られた屋上が露わになってきた。

 放射状のひび割れに侵された床。砕かれた石片が方々(ほうぼう)に散乱し、まるでミステリーサークルのような模様を描き出している。

 斗貴子の姿はその中心から少し離れた位置にあった。

 意外そうな表情をしているあたり、狙って避けたわけではないようだ。

 というか、あの時明が見たものに間違いがなければ、雷の方が斗貴子を避けたのだ。正確には雷がそうなるように誘導されたと言うべきか。


「微小生物の滞留を確認。該当種有り。……スクナヒコナか」


 タケミカヅチが不思議そうに顔を向け、つられて斗貴子も明の方を見た。その後ろにはたった今屋上に到着したばかりのスクナヒコナがいる。


「間一髪でしたね。ツクヨミの異能は強力ですが、過信は禁物ですよ」


 スクナヒコナは諭すように言った後、上空に(たたず)むタケミカヅチをにらみつける。

 そこに宿っているのはなけなしの勇気とわずかばかりの戦意。


「雷神タケミカヅチ。最も強く、最も無慈悲で、最も多くの民を殺した現神。あなたを止められなかったことは私の背負った罪の一つでもあります」


 胸に手を当て、告解するように。


「だからこそ、もう二度とあなたの思い通りにはさせません。それが卑しくも神号を(いただ)いた私の矜持(きょうじ)です」


 広げた五指を横に張る。生み出された蟲たちが帯状に拡散し、雷を逸らすための覆いを形成していく。

 タケミカヅチはそんな彼女を無感情に見つめていた。


「……やっぱり来てしまったんですね、明さん。鼻が利くというか何というか、ほんとにもうって感じですよまったく」


「ほんとにもうは俺の台詞だ馬鹿。なんでそうお前は厄介な相手に一人で喧嘩を売ろうとするんだ」


「そこはそれ、ほんの出来心ってやつですよ。できれば明さんのお手を(わずら)わせることなく始末したかったんですけどねー」


 むふーと口を膨らませる斗貴子。しかし、その仕草はいつにも増してわざとらしい。

 普段通り軽口を叩いてはいるが、総身からはぴりぴりするような殺気が沸き立っている。そのくせなぜか、その殺気をひた隠しにしようとしている。

 今日の斗貴子は何かがおかしい。頭がおかしいのはいつものことだが、それでもこれまでは言葉と態度がある程度一致していたはずだ。

 何から何までちぐはぐな態度に不審感は募るばかりだが、それを追及している暇は無い。

 重要なのはタケミカヅチが目の前にいるという事実であり、今考えるべきは奴をどう倒すかという点だけだ。

 さすがに三度目の邂逅(かいこう)ともなれば明も冷静さを保てるようになってきたが、それでもタケミカヅチに対する怒りが消えたわけではない。

 頭を冷やせと心に念じ、それから念入りにタケミカヅチの波動を探り始めた。


「……タケミカヅチの奴、以前に比べると少しだけ弱っているように感じるな。本調子ではないのか?」


「じゃないととっくに殺されてますよ」


 斗貴子が苦笑と共に頷きを返す。


「このところかなり精力的に荒神狩りを続けていたようですから、そろそろバテてきたのかもしれません。なんにせよあと一息です」


「今なら倒せる、か」


 万物を切り裂く名刀に、全てを焼き尽くす雷。敵は依然として強大だが、もはや手の内は全て明かされている。

 加えてスクナヒコナの助力があれば、雷は無効化したも同然だ。それでも足りない部分は覚悟で補えばいい。


「これが三度目の正直だ。……今度こそ、お前の不愉快な面を叩き潰してやる。原型を留めないほどにな」


 明はふつふつとたぎる怒りを胸にタケミカヅチを見る。斗貴子も冷えたナイフのような視線でそこに加わる。

 種類に差はあれど、強い意志のこもった三人分の眼差し。

 それを受け止めたタケミカヅチは、あざ笑うでもなく怯えるでもなく、まるで目の前の状況が信じられないかのようにこう言った。


「非合理的。お前たちの行動は矛盾している」


「……なに?」


「生物は自己保存を第一義としている。だというのにお前たちは、怨恨や矜持などという非生産的な概念に惑わされた結果、こうして生命を放棄しようとしている。それは効率的な行動ではない」


「……お前は、鳴衣(めい)の仇を討つことが、無駄な事だと言うのか?」


「肯定する。自分を排除しても夜渚鳴衣は復活しない。お前の行動には何の意味もなく、むしろ自らの死期を早めただけだ。これに該当する概念は"愚か"以外に存在しない」


 明は二の句が継げなかった。

 淡々と告げる口調に侮蔑の意思は感じられない。それどころか何の感情も感じられない。

 あまりにも空っぽで寒々しい言葉。究極的な相互不理解。

 もしも意図してこういう態度を取っているのだとしたら、この男は世界最高のサイコパスだ。

 タケミカヅチという現神は、事ここに至っても、明がなぜ戦っているのかを理解していない。知ってはいても本当の意味で分かってはいないのだ。


(なんなんだ、こいつは……? こちらを激昂させるための挑発、というわけでもないよな……?)


 これまでの現神とは一転して人間離れした思考回路に、明は不気味なものを感じていた。

 つばを飲み込み、眉をひそめる。絶妙なタイミングで冷や水をかけられたせいで、怒りはとうに萎えていた。

 明がそれ(・・)に気付いたのは、皮肉にもその冷静さのおかげだった。


「……ん? あれは……!?」


 それは空からやってきた。

 薄雲混じりの青天を切り裂くように飛んでくる黒い何か。

 遠方より現れた黒点はジャイロ回転しつつ高度を下げ……それがはっきりと視認できるようになった時、明はとっさに警告を発していた。


「伏せろ! 砲撃が来るぞ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ