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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第八章 落ちよ雷、今こそ時は来たれりて
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第二話 神子の真意

 荒神ニニギの正体は稲船隆二である──スクナヒコナの証言からその事実を知った明たちは、あの後すぐさま高臣(たかとみ)学園へと急行した。

 しかし時既に遅く、稲船はいずこかへと行方をくらました後。学園関係者の誰一人として彼の所在を知る者はいなかった。

 とはいえ彼は事件の重要参考人だ。そのまま捨て置いていいはずがない。

 明は毘比野(ひびの)に連絡を取り、稲船の捜索を依頼することにした。

 毘比野から連絡が来たのはそれから二週間ほど経過した後だった。




 その日の放課後、明はスクナヒコナを伴って近鉄八木駅(きんてつやぎえき)に足を運んでいた。

 人の流れは留まることを知らず、ガード下の商店街は活気にあふれている。

 この場所でシナツヒコと激闘を繰り広げたのもずいぶん前のことだ。あの時破壊された建物は綺麗さっぱり修復され、駅前広場は平常通りの活気を取り戻していた。


「毘比野の奴、捜査を進めるためにはスクナヒコナの力が不可欠だと言っていたが……さて」


 明は毘比野の姿を探す傍ら、街を熱心に観察する同行者を盗み見る。彼女は歩道の端に立ち、右に左に忙しなく首を動かしていた。


「……本当にたくさんの人。いつ見ても圧倒されてしまいます」


 スクナヒコナはまるで縁起物でも目にしたかのような興奮ぶりだった。

 息を弾ませ背伸びをしつつ、人の波間に視線をさ迷わせる。はしゃぐ姿だけは外見相応だった。


「頼むからおのぼりさんムーブはやめてくれ。俺まで恥ずかしくなってくるだろうが」


「あ、ごめんなさい。山と畑ばかりだったこの土地が今はこんなに栄えているって思うと、何だか無性に嬉しくなってしまって」


「立派に育った祖国(わがこ)を見て感激する気持ちは分かるが、本来の目的を忘れるな……と、噂をすればご到着だ」


 ロータリーの反対側からトレンチコートを着た男が歩いてくる。彼はこめかみをぽりぽりとかきながら、何か言いたげな視線をこちらに向けていた。


「来たか、毘比野刑事。首尾はどうだ?」


 毘比野は無言のままスクナヒコナの方を見る。

 彼女の白い素足と(すそ)の短い貫頭衣(かんとうい)を順繰りに見上げ、限界まで眉を歪めると、開口一番こう言った。


「前から言おう言おうと思ってたんだが……お前さん、その格好はどうにかならんのか」


 スクナヒコナはきょとんと首を傾げ、


「似合いませんか? オオクニヌシは絶賛していたんですけど……」


「似合う似合わねえの問題じゃねえ。単純に目立つんだよ」


「毘比野刑事はいい加減その古い価値観をアップデートした方がいいぞ。今は右に(なら)えの精神ではなく個性が尊ばれる時代だ。コスプレ程度で固いことを言うな」


「お前らガキはそれでもいいだろうがな。いい年したオジサンがコスプレ娘と話してたら良からぬ噂を立てられるんだよ」


「なら花売りを補導していたとでも言い訳すればいい」


「……おい、なんでさっきからお前さんの方がムキになってるんだ」


「決まっているだろう。脚が見えないと俺のモチベーションに関わるからだ」


「分かった。この話はやめにしよう。馬鹿と話してるとあっという間に日が暮れちまう」


 皮肉ったらしく言ってから毘比野は(きびす)を返した。


「時間が無いんで歩きながら話すぞ。こちとら職場をこっそり抜け出してきたんでな」


 その足は駅前広場を離れ、ビルの谷間に分け入っていく。明とスクナヒコナも後に続く。

 表通りの喧騒がほとんど聞こえなくなったところで、ようやく毘比野は口を開いた。


「まずは稲船の行方だが……今のところお手上げだ。自宅や実家に立ち寄った形跡はないし、スマホのGPSも反応が無い」


「捜索の手を広げることはできないか? 何らかの事件性をでっち上げれば公権力の手を借りることも……」


「あいにくだが学園には海外に手術を受けに行くってことで通してるらしい。つまり、公的には行方不明でも何でもないってことだ」


 毘比野は苦々しげに喉を鳴らし、天を仰ぐ。


「スクナヒコナが捕まった時点でドロンすることは決めてたんだろうな。やっこさん、数日前から休職の準備やら仕事の引継ぎやらで忙しくしてたらしい。ご丁寧に向こう二か月分の詳細な指示書まで残してな」


「それは……なんとも几帳面な奴だな」


「はっ、そういうのは融通が利かないっていうんだよ。どのみちてめえの計画が実現したら学園もなんもかんも滅茶苦茶になっちまうってのに何を考えてるんだか」


「分からん。奴に関しては分からんことだらけだ」


 明自身稲船とそこまで親しくしていたわけではないが、学園での彼はそれなりにまっとうな神経をした人間だったように思う。少なくとも世界の破滅などという大それたことを望むようには見えなかった。

 しかし現実として、彼はヒルコと共に危険な現神(うつつがみ)を解き放っている。その矛盾がどうにも気にかかった。

 自分が抱いていた稲船のイメージは全て作られたものだったのだろうか? それとも、あまねく人の心には本人すらもあずかり知らぬ闇が巣くっているものなのだろうか?


「なあスクナヒコナ、お前から見て稲船はどんな人間だった? 神になりたいとか世界が憎いとか、そういう類の願望を秘めているように見えたか?」


 考えあぐねた明は、稲船のもう一つの側面──ニニギとしての顔を知る彼女に聞いてみることにした。

 間髪入れずに返ってきたのは否定の言葉だった。


「いいえ。むしろそういった野心が全く見えなかったからこそ、現神はニニギを信用することにしたんです」


「?」


 明が疑問符を浮かべていると、前を歩く毘比野が遠慮がちに振り向いた。


「あー、その辺が良く分からねえんだがな。現神ってのは荒神を見下してるんだろ? じゃあなんで稲船は殺されなかったんだ?」


「一言で言うと、現神も王権を軽んじるほど落ちぶれてはいなかったということです」


「王権、ってえと……?」


 匂わせるような言い回しに今度は毘比野が硬直し、入れ替わるように明がぽんと手を打った。


「古事記におけるニニギノミコトは正統なる地上の支配者として描かれていた。それを踏まえたうえで考えると、現神ニニギこそが高天原(たかまがはら)の王であり、その眷属は全て王の係累が占めていた……ということか」


「夜渚さん、正解です。ニニギの異能は尊き血の証。かつて荒神狩りが行われた時も、ニニギの眷属だけはある程度の保護を受けていたと聞きます」


「なるほどな。つうことは、現神にすれば今代(いまよ)の王様が過去を水に流して自分たちを救ってくれたことになるわけだ。そりゃあ心酔する奴も出てくるわな」 


「しかし、その王がなぜ今神代を望む? 野心が無いとすれば、奴の狙いはどこにある?」


 自問のようなつぶやきを空に吐き出し、頭を悩ませる。

 これについてはスクナヒコナも答えを持たないようで、並び歩く二人は揃ってすっきりしない表情を浮かべていた。

 そんな彼らにヒントを与えたのは、意外にも毘比野だった。


「そのことなんだが……実は、有力な証人というか手がかりのようなものを見つけたかもしれん」


「……それは本当か?」


 食い気味に聞き返すと、毘比野は情けない自嘲を見せた。


「正直微妙なところだ。が、先入観を排してあらゆる可能性を当たってみるのが刑事ってもんだ」


 そう言って毘比野は足を止めた。

 既に一行は路地を抜けており、行く手には白く大きな建物がそびえ立っている。明が何度となく足を運んだ、あの病院だ。

 何やら運命じみた予感を胸に、明は話の続きを待つ。

 毘比野が口にしたのはこれまた聞き慣れた女性の名前だった。


「この病院にはな、長倉沙夜(ながくらさや)という稲船の恋人が入院しているらしい」


「……!」


「長倉は原因不明の病気で療養中って話だが、病気が発覚したのは連続失踪事件の始まる少し前だ。裏を返せば、彼女の発病を機に稲船が動き始めたって考え方も……できるよな?」



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