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第五話 望まれた子、望まれぬ子

 スクナヒコナが語るのは、荒神がこの世に生まれたきっかけとなる出来事だった。

 強烈な電磁波を浴びながらも奇跡的に生き伸びた女性。そして、彼女の中で息づく三つの命。


「仲間たちが次々と倒れる中、彼女は必死の思いでイザナミの移送を続けたといいます。ボロボロの体に鞭を打ち、時には溶け落ちた者の残滓をすすってまで生を繋いだんです」


「……壮絶な生き様だな。いったい何が彼女を支えていたんだ?」


「お腹の子供、でしょうね。オオクニヌシが言っていました。親が子を想う気持ちは時として人に限界を超えさせると」


「母は強し、か」


 高臣(たかとみ)学園への転校を決めた時、普段は穏やかな母が別人のように激怒したことを思い出す。

 半ば押し切る形でこの町に来てしまったが、今思えばもう少しちゃんと話をしておくべきだったかもしれない。そんなことを考えながら、明はスクナヒコナに意識を戻した。


「地上に戻った彼女はほどなく息を引き取り、生まれたばかりの赤ん坊だけが残されました。人間でありながら超常の力を持つ、三人の赤ん坊が」


「なるほど。それが荒神の……ん?」


 そういうことかと納得しそうなところで、はたと言葉を止める。

 そして気付く。辻褄が合わない、と。


「ちょっと待てスクナヒコナ。その説明には矛盾がある」


 明は手振りで話をストップさせると、


「荒神とは現神のDNAを移植された人間のことだろう。しかし、今の話では生まれつきの能力者のように聞こえるぞ」


「どちらも間違いではありません。彼らの肉体には初めから荒神因子が含まれていましたから」


「……あ、もしかして」


 何か思い当たることがあったのか、望美が控えめに手を挙げた。


「たぶん、その子たちは生まれる前に荒神因子を吸収してたんじゃないかな」


「それこそどうやって、だ。生まれる前なら飯も食えないだろう」


「夜渚くんは頭が固い。屁理屈だけはいくらでも思いつくのに」


 望美は小さく嘆息し、


「スクナヒコナがさっき言ってたでしょう、その女の人は仲間の遺体を食べて空腹を満たしたって。それに、イザナミの移送には現神も関わってた。……現神が死ぬと何が残るのか、覚えてるよね?」


「そうか、ヤサカニ……!」


 胎児は母体から栄養を与えられて成長する。母親がヤサカニを食べていれば、当然その子供たちもヤサカニを摂取することになる。

 しかも、腹の中にいる子供たちは長期間に渡ってイザナミの電磁波に(さら)されていた。

 ヤサカニに蓄えられた荒神因子と強い電磁波。荒神の創成に不可欠な二つの要素が偶然にも揃っていたのだ。


「多種多様な荒神因子を取り込んだ子供たちは、既存の現神には無い特別な異能に覚醒していました。この星の大部分を占める"水"を司る異能。あらゆる物質に流れる"時間"を司る異能。そして、最も強い電磁波……"光"を司る異能。

 新たな現神を生み出せなくなった高天原(たかまがはら)にとって、三貴士(さんきし)の誕生は閉塞感を打ち破る一筋の光明でした」


「そして三貴士のデータを基に量産されたのが君たちの祖先ってわけ。まあ、実際に成功したのは現神の模造品(イミテーション)だけで、三貴士のように固有の異能を獲得するには至らなかったみたいだけど」


 スクナヒコナは目を丸くして木津池(きずち)を見ると、


「先ほどから気になっていたんですが……あなたはどうしてそんなに詳しいんですか? この話は高天原の中でも限られた者だけが知っていることなのに」


「偉大なる先人たちのおかげさ」


 木津池の顔を覆っていた薄笑いが消える。


「記紀神話。大和三山。そして雷。神秘を追い求める数々の研究者によって、事件を紐解く鍵はあらかじめ用意されていた。俺は彼らが残してくれたピースを歴史の空白にはめ込んだ過ぎない」


 怜悧な瞳に映るのは、深い知性と先駆者への敬意。

 それを見た明は思い知る。この男もまた本気で事件に関わっていたのだと。

 だからこそ彼はここにいる。無力な一般人としてではなく、誰よりも真実に近い探究者として。

 そうして話にひと段落がついたところで、武内が悩ましげに喉を震わせた。


「しかし、原初の荒神か。ヒルコが三貴士を欲しているのも奴らの持つ特異性が関係しているのか?」


「王の器、だっけ。それって結局何なのかな。そもそもヒルコの正体もよく分からないし……」


「おや、金谷城(かなやぎ)さんにしては予習が足りてないねえ。ヒルコに関してはわざわざ説明する必要すら無いと思ってたんだけど」


「……そうなの、夜渚くん?」


「俺に聞くな。餅は餅屋だ」


 明は望美の視線を横に流し、ちょうどそこにいた倶久理(くくり)にパスを送る。

 倶久理は万事承知とでも言うようにウインクすると、澄んだ声で朗読を始めた。


「古事記の初め、国土創生の章に登場する悲運の御子。それがヒルコなのです」


「御子? 偉い人の子供なの?」


「それはもう。なんといっても、彼はイザナミとイザナギが産んだ最初の子供なのですから」


「イザナミとイザナギの神産み……ということは、奴も現神か。にしては言動に違和感があったが……」


 明のつぶやきに対し、倶久理は静かに首を振った。


「残念ですが、ヒルコは神になれませんでしたの」


「……? なぜだ?」


「それは……彼が不具の子だったから。その身は脆弱にして奇形。自力で立つことすらできないヒルコは失敗作と疎んじられ、両親から捨てられてしまったのです」


「……!?」


 思いもよらぬ話を聞かされ、明は続く言葉を見つけられなかった。

 荒神を、そして現神をもゴミと断じてきたヒルコ。自分以外の全てを見下す傲慢の化身。

 しかし……この伝承が史実に即していたとすれば、奴は。


「最初の神産みは、失敗していたのか……」


 言い表せない感情を飲み下していると、倶久理に代わってスクナヒコナが話を継いだ。


「その昔、高天原には一人の王子がいました。彼は類稀なる頭脳を存分に発揮し、人を神に変えるための技術を確立させます。それが神産みの起こり。……最初の被検体は当然、王子自身でした」


「何という欲深さよ。いの一番に神となって民の信望を集めたかったのであろうが、早まったことをしたな」


「武内様は少々(はす)に構え過ぎですの。成功率が未知数だったからこそ、御身を犠牲にして実験を続けたのかもしれませんわ」


 二人は無言でにらみ合い、裁決を求めるようにスクナヒコナを見た。しかし彼女の答えはあいまいなものだった。


「真実は誰にも分かりません。私が知っているのは彼を待ち受けていた運命だけ」


「追放……いや、幽閉か。王子があんな体になったと知れ渡れば、王族のメンツに関わるからな」


「ええ。ヒルコの忌み名を付けられた王子は黄泉平坂(よもつひらさか)に捨てられ……それから二千年もの間、誰もが彼の存在を忘れていました」


「で、ようやっと脱獄を果たして今に至る、っていうのが俺の立てた仮説。ただ、結界に閉ざされた入り口をどうやって突破したのかはさすがに分からない。どんな手を使ったんだろうね?」


 お手上げといった風に苦い顔を見せる木津池。

 スクナヒコナは大いに悩んでいたが、沈黙の後にぽつりと、こう言った。


「ヒルコは電気技術に深く通じていましたから、長い時間をかけて結界の存在や仕組みを解き明かすことに成功したのでしょう。それを可能にしたのは……執念としか言いようがありません」


 思う一念。あるいは恨み骨髄。

 ただならぬ闇を匂わせる言動の数々を思い出し、明は背筋を震わせた。


「地上に出たヒルコは多くの遺跡を巡り、自らが失脚した後の歴史を知ったようです。そしてとうとう、私たちが封じられていた天之御柱(アメノミハシラ)を見つけ出した。新たな神代という釣り餌と、ニニギという旗頭を伴って」


「新たな神代までヒルコの発案だったのか? まるで影のフィクサーだな」


「夜渚くん、たとえがうちのお父さんみたい」


「おっさん臭くて悪かったな」


「所帯じみてるって意味なのに」


「それも褒め言葉とは言い難いぞ」


 くすくすと笑う望美を威嚇するように口をとがらせる。

 ともあれ、経歴に(きず)のあるヒルコに代わってニニギを立てるという大胆な試みは成功を収めた。タヂカラオの反応を見る限り、現神の大半がニニギに忠誠を誓っていたことは想像に難くない。

 そしてこれまでのヒントを総合してみると、おぼろげだったヒルコの目的が少しずつ明確な形を見せてくる。


「ヒルコは神産みのやり直しを求めています。現神以上の可能性に満ちた三貴士の肉体を奪い、新たな神代を経て究極の神へと昇り詰める……そのために現神を利用しているんです」


「それで"(じぶん)(もの)"か。他人の体の所有権を主張するとはわがまま野郎にも程がある」


「……耳が痛いですね。己が身かわいさに犠牲を見過ごしてきた私に、ヒルコを非難する資格など無いのかもしれません」


「ちょ、唐突に自己嫌悪モードに入るんじゃない! 俺がやらかしたみたいな空気になるだろうが!」


「は、はいすみませんっ!」


「……貴様ら、漫才はそこまでにしておけ。ようやく見えてきたぞ」


 気が付けば、トンネルは十メートルほど先で終点を迎えていた。

 その先に見えるのはとてつもなく大きな闇の塊。果ての見えない大空洞だ。

 スクナヒコナが小走りに駆け出し、皆の前で呼吸を整える。その焦点は闇の中に浮かぶかすかな光に結ばれていた。


「着きました。ここがイザナミの眠る場所、黄泉平坂です」


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