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第四話 電波埋めてる?

今回と次回は過去語りメインです。

 明たちは怪物の胃袋のようなトンネルの底を歩いていた。

 ごつごつとした天井はとても高く、道幅はゆうに二十メートルを超える。地層の亀裂を押し広げたような道は螺旋状のカーブを経て、ひたすら下へと潜っていく。

 探索を開始してからかれこれ半日が経過した。しかし目的の場所は未だ見えず、また暗闇にも果ては無い。

 使い古しの懐中電灯、そして倶久理(くくり)()び出す霊の燐光だけが彼らの道しるべだった。


「なあ木津池(きずち)、いい加減教えてくれてもいいんじゃないか? お前はなぜ俺たちが忌部山(いんべやま)にいると分かった?」


 その場に満ちる退屈と閉塞感を紛らわせるように、明が口を開いた。

 ゆっくりと立ち止まり、後方をぶらぶらと歩く木津池に鋭い眼差しをぶつける。薄闇に浮かび上がるにやけ面がいつにも増して不愉快だった。


「俺自身、忌部山が目的地だと気付いたのは到着してからのことだ。スマホの位置情報を辿ったにしても追いつくのが早過ぎる。いったいどんな魔法を使った?」


「順序が逆だよ夜渚くん。俺は君たちを尾行していたんじゃない。むしろ俺の方が先に忌部山に来ていたんだ。君たちが来たのはその後さ」


「来ていただと? 何のために?」


「君たちと一緒だよ。スクナヒコナちゃんが言うところの鍵……イザナミの隠し場所を探っていたのさ」


「ちょっと待って木津池くん。あなたは最初からここが怪しいって知ってたの?」


 先ほどまでは話半分に聞いていた望美も、その言葉を聞いて目の色を変える。

 木津池は目を閉じ、皆の視線を吸い上げるかのように深呼吸。

 腹いっぱいに自己顕示欲を満たした後、左右の手でそれぞれに人差し指を立てた。


「オカルト古代史を研究するにあたって三輪山(みわやま)と忌部山は切り離すことのできないものなんだ。だから、三輪山に遺跡があると判明した時点で忌部山にフォーカスが当たるのは当然と言えるだろうね」


「お前基準で言われても困る。もう少し一般人に寄せた説明をしてくれ」


「そこまで難しい話じゃない。前回の応用問題だよ」


 指先をくるりと回し、


「まずはおさらいしておこうか。この飛鳥地方には二つの二等辺三角形があるって話、覚えてるよね?」


「ああ。畝傍山(うねびやま)を頂点とするものと、三輪山を頂点とするものだったな」


「何を隠そう、その話には続きがあってね。今言った二つの頂点……三輪山と畝傍山を直線で結ぶと、その延長線上にちょうど忌部山が位置しているんだ」


 右手の指を横に滑らせ、左手にぶつけた。そしてそのまま、両手を左にスライドさせていく。


「このラインは太陽の通り道ともリンクしている。夏至の日には三輪山の山頂から太陽が昇り、逆に冬至の日は忌部山に向かって太陽が沈んでいく。三輪山を活力ある生誕の象徴とするなら、忌部山は死の象徴だ」


 意地の悪い笑みを浮かべ、上半身を横にひねる。そこにはやや緊張した面持ちのスクナヒコナがいた。


「三輪山の地下には現神(うつつがみ)の後を継ぐ者たち……荒神を作り出すための機構があった。それじゃあ、対照的な意味を持つ忌部山に隠されているのは何だと思う?」


「……あってはならないもの。知られたくないもの。そういうことですの?」


 おおよその察しがついているのか、倶久理は十字を切りながら祈りの聖句を口ずさんでいた。


黄泉平坂(よもつひらさか)とは冥界を意味する言葉。そこに収められているのは禁忌に属するもの以外にありませんわ」


「入り口が厳重に閉ざされていたのはそういうわけか。人の業はいつの世も変わらぬな」


 武内が揶揄(やゆ)するように鼻を鳴らす。

 スクナヒコナは悲しげな横顔を闇の中に沈めていたが、やがて意を決したように顔を上げ、


「おっしゃる通りです。黄泉平坂にあるのは高天原(たかまがはら)の暗部そのもの。危険すぎる研究成果や(おおやけ)にできないようなものを捨てておく場所なんです」


「その一つがイザナミ、か? 少々意外な展開だが……」


 イザナミとイザナギの生み出す大電力こそが現神の創成には不可欠……木津池は以前そう口にしていた。その二つが大掛かりな電磁ユニットだとも。

 その仮説に基づいて考えると、イザナミは現神の親に等しい存在ということになり、ともすれば現神以上に神聖な扱いをされていてもおかしくない。少なくともぞんざいに捨てていいものではないはずだ。

 どうにも納得のいかない様子の明。そこに倶久理が声をかけた。


「ですが明様。古事記の記述にはイザナミが命を落とし、黄泉平坂へと堕ちるくだりが記されています。やむなくそうしなければならないような事情があったのでは?」


「イザナミの死とイザナギの黄泉巡りか。畝傍山でお前が話してくれたやつだな」


「まあ、覚えていてくださったのですね。嬉しいですわ」


「あの時は命がかかっていたからな。そうそう忘れることはないだろう」


「……つれない方ですのね、明様は。もう少し淑女を喜ばせても罰は当たりませんのに」


「今朝も似たようなことを言われたな。どうやら俺は女心というものが分からんらしい」


 などと言いつつ、あの後興味を持った明はイザナミの伝承について詳しく調べていた。そのくだりはこうだ。


 夫のイザナギと共に多くの土地と神々を産み落としたイザナミ。彼女はある日、炎神ヒノカグヅチを産んだ際に焼死してしまう。

 イザナギは悲しみに暮れた後、彼女を取り戻すために単身黄泉平坂へと向かった。

 黄泉平坂の奥地でイザナミと再会したイザナギだが、時既に遅し。イザナミの体は醜く腐り落ち、恐ろしい雷神にまとわりつかれていた。

 変わり果てた妻の姿にイザナギは恐怖し、地上に逃げ帰ってしまう。

 彼は黄泉平坂に通じる道を固く閉ざした後、黄泉の穢れを丹念に洗い落とした。その際に産まれたのが三貴士(さんきし)と呼ばれる上級神……アマテラス、スサノオ、ツクヨミなのだ。


 と、そこまで思い出したところで明は気付く。


「……そうか、死したイザナミは雷神に憑かれていた」


 雷。またまた出てきた例のキーワードに明の直感が鳴り響く。

 スクナヒコナは頷きを返すと、


「複雑な制御装置を組み込まれた巨大な磁鉄結晶、それがイザナミとイザナギです。異なる磁極を有する結晶は強力な電磁場を形成し、そこから生み出される電力が天之御柱(アメノミハシラ)の機能を維持してきました」


「だけど、ある時事故が起きた。しかも現神を生み出したその直後に。そうだよね?」


 木津池の問いはほぼ確認といってもいいような自信に満ちていた。自分の予想が外れることなど夢にも思っていないようだ。

 そして厄介なことに、こいつの予想はいつも正しい。だから天狗の鼻はいつまでも伸び続けるのだ。


「事故の原因は明白。強力な現神を求めるあまり、御柱の出力を上げ過ぎたんです。過負荷を受けたイザナミは暴走し、それ自体が電磁波をまき散らす毒岩となりました」


 電磁波はDNAを変異させる。

 管理された電磁波は正しく神々を生み出すが、制御を失ったそれは生ある者を食い散らかす暴威でしかない。多くの者が人の形を失い、八十神(やそがみ)のように崩れていったのだろう。

 イザナミが害あるものに変わったとなれば、それに連なる現神の権威にも影響が出てしまう。

 国政を揺るがす醜聞を押し隠すため。また電磁波による被害を最小限に抑えるため。イザナミが黄泉平坂に運ばれたのはそういった理由によるものだった。


「高天原はやっとの思いでイザナミの廃棄に成功しましたが、そのために支払った代償は決して少なくありませんでした。移送に携わったほぼ全員が命を落とし、その中には現神も含まれていました」


「ほぼ? その状況から生還できた者がいたのか? 俺にはそっちの方が驚きだが」


 素直な感想を明が述べると、スクナヒコナは何か思うように一同を見回した。

 いや、正しくは荒神だけを。

 彼女は望美の顔を見て、倶久理を見て、最後に明を見ると、


「若い女性が、たった一人だけ。彼女はイザナミの暴走によって夫を亡くしましたが、お腹の中には形を得て間もない三つ子が宿っていました。その三つ子こそが荒神の雛形(ひながた)とも言える存在、三貴士なんです」


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