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第二話 弱き者の懺悔

 離れにはお馴染みの顔ぶれが何人か集まっていた。

 座敷の手前にいるのは望美と倶久理(くくり)だ。

 こちらに気付いた望美は「あ」と驚きなのか挨拶なのかよく分からない声をあげ、倶久理は正座したままにこやかに会釈を返す。


「よくぞお戻りになられました。また生きてお二人とお会いできたことを嬉しく思います」


「私もずっと心配してた。幽霊になっちゃうと白峰さん経由でしか会話できなくなるし」


「俺が化けて出る前提で話をするな」


「夜渚くんが死んだ程度で諦めるとは思えないから。馬鹿は死んでも治らないっていうでしょう?」


「褒めているのかけなしているのか分からんな……」


「呆れてるだけ。これに懲りたらちょっとは反省して」


 どうやら此度(こたび)の特攻に関して相当ご立腹のようだ。望美はわずかに眉を立て、(とが)めるような視線をこちらに送ってくる。

 が、しばらくするとその瞳が憂いを帯びたものに変わる。


「……夜渚くんは勝手過ぎる。自分の気持ちばっかり優先して、置いていかれる人のことを全然考えてない」


 常日頃からドライな彼女らしからぬ、湿っぽい声。こちらの身を案じているがゆえの言葉はある意味厳しい叱責よりも心を抉るものだ。

 明はう、と言葉に詰まり、それから気まずそうに目を逸らした。


「あー……あの時は、だな、自分の命を賭ける以外に方法が無かったというか、肉を切らせてというか、まあそういう状況に陥ったのはおおむね俺自身の責任でもあるんだが、それはそれとして」


「往生際が悪いですよ先輩」


 追い打ちとばかりにクロエが背中を小突く。進退窮まった明は諦めたように息を吐くと、


「俺が悪かった。今後はもう少し状況を見た上で行動する」


「ぜひともそうして。私はクラスメートの死体なんて見たくないし、璃月(りづき)さんの悲しむ姿も見たくない」


「なぜそこで斗貴子が出てくる」


「え? 付き合ってるんじゃないの?」


「は? いや知らんぞ」


 降って沸いたような疑惑に目を丸くする明。

 望美はあごに手をやり、


「あの時の璃月さん、今までにないくらいうろたえてた。それこそこの世の終わりみたいな顔で。だからてっきりそういう関係になってたのかなって思ったんだけど……違うの?」


「んな馬鹿な話があるか。何が楽しくてあんなマウント取り大好き女と乳繰り合わねばならんのだ」


「夜渚くんは口喧嘩してる時が一番輝いてるから、大人しい子よりそっちの方がタイプかなって思ってたんだけど……それも違うの?」


 その時、クロエが後ろからひょっこり顔を出した。


「浅いですね金谷城(かなやぎ)先輩。夜渚先輩は妹フェチです」


「あっ、余計なことを言うな馬鹿! いよいよもって収拾がつかなくなるだろうが!」


「もう十分ゴチャついてるわよっ! いいからとっとと座りなさーい!」


 横合いからの絶叫。

 声のした方に視線を巡らせると、座敷の反対側に両手を振り上げる門倉の姿があった。隣には武内もいる。

 門倉は長らく無視されていたことにおかんむりだったが、一方で武内はこちらの騒ぎなど眼中になかった。彼の意識は座敷の奥に注がれている。

 目線の先には明たちが寝かされていたような和式布団が一式と、そこから身を起こしたばかりの少女がいた。

 透き通るような藍色の髪。幼いながらにどこか浮世離れしたものを感じさせる顔立ち。

 姿形は人間だが、見れば見るほど微妙な違和感を覚えてしまう。

 その違和感をあえて言葉にするなら、魔性という単語が最も似つかわしい。

 既知の中に隠れ潜む異質な未知。美醜うんぬんではなく、それが醸し出す雰囲気に人ならぬ何かを見てしまうのは明の異能ゆえなのだろうか?


「何度か念話を飛ばしたことはありますが、まともな状態で話をするのはこれが初めてですね」


 少女は明に目を向けると、折り目正しく頭を下げる。


「スクナヒコナと申します。現神(うつつがみ)の一柱として、高天原(たかまがはら)の末席に名を連ねております」


 言ってから、自嘲するように笑い、


「といっても、取り立てて素晴らしい功績があるというわけではありませんけどね。他の皆さんと違って、私は下っ端の雑用係でしたから」


 頬をかく仕草は年頃の少女そのものだ。が、それを見ても武内は緊張を解かなかった。むしろ強めてすらいる。


「つまらぬ三文芝居でごまかせると思うな。貴様の異能の恐ろしさは我ら全員が身をもって知っている」


 低い声で告げる武内。そこにはひとかけらの油断もなく、呼吸は早くも息吹永世(いぶきながよ)を唱えている。


「夜渚明よ、こやつが"蟲"を放とうとした時はすぐに報告するのだ。馬鹿げた企みを悔いる間もなく滅ぼしてくれよう」


「今のところその気配は無い。だから少し落ち着け、武内」


「言われるまでもなく落ち着いている。むしろ貴様が緩み過ぎているのだ。そこにいるのは紛れもなく現神、神代を求める狂信者なのだぞ」


「まだそうと決まったわけではない。だから俺はこいつを助けたんだ」


 スクナヒコナは二度に渡って明を助けてくれた。それも、現神の利益に真っ向から反する形で。

 クロエは内部抗争に利用されたのではないかと疑っていたが、その可能性は薄いと明は思っている。

 ヒルコの口ぶりからして、高天原におけるスクナヒコナの影響力は無いに等しい。依代(よりしろ)にされても抗議する者がいないあたり、交友関係も限定されたものだったのだろう。

 そんな奴が下剋上を図ったところで失敗するのは目に見えているし、政敵を排するならもっと確実な方法がいくらでもある。

 何より、明には確信があった。

 あの声の主に人を騙すことはできない。

 そんな高等な真似ができるなら、あそこまでテンパり気味で言葉足らずな助言になるはずがないのだから。


(気弱そうな見た目からして、ぶっつけ本番やアクシデントに弱いタイプなのだろうな。門倉とは気が合いそうだ)


 一人勝手に納得し、理解者面で頷きを重ねる。

 それを見たスクナヒコナはきょとんとしていたが、頷きの意味を知ると言い辛そうに目を伏せた。


「……いいえ、その方の言う通りです。私のしてきたことは決して許されるものではありません」


 しかしすぐに首を振ると、


「いえ、それも違いますね。"してきたこと"ではなく……何もしなかったことが私の罪なんです」


「何もしなかった、って?」


 望美が問うと、スクナヒコナは浅い呼吸を挟んでから口を開けた。

 声はか細く、風に吹かれたロウソクのように揺れる。それはまるで己の不甲斐なさを恥じ入っているようだった。


「二千年前のあの日、現神は荒神狩りを始めました。彼らの命を(もてあそ)び、そこからさらなる進化へと至る道筋を得るため。

 それは人の道にもとる行為であり、私を含む現神のいくらかが反対の声をあげました。しかしそれは多数派の勢いにかき消され、結局実を結ぶことはありませんでした」


「そして反乱が起きた、か。そこまでは俺たちも知っている」


「では、反対した現神がどうなったのかもご存知ですか?」


「……粛清されたのか。だが、それならお前は……」


「反対はできても、反抗する力はなかったんです。だから私だけが生き残ってしまった」


 感情を抑えた声でそう言うと、スクナヒコナはまた話を続ける。


「封印から解き放たれた後、現神は荒神狩りを再開しました。新たな神代という目的がより多くの人々を犠牲にすることになると知りながら。

 私はまた言葉だけの反対を表明し、それは三輪山(みわやま)への幽閉という結果として帰ってきました。旧友(オオクニヌシ)の温情がなければそれすらも無かったのでしょうが」


「つまり、仲間たちを止められなかったことが自分の罪だと? しかしそれは……」


「仕方なかったと思いますか? 私はそうは思いません。戦うことができなくても、他にできることはたくさんあったはずです。あるいは命を落とす覚悟で立ち向かうことだって。

 ……でも、私はそうしなかった。そんなことしても無駄だって、自己満足だって言い訳して。そうして時はどんどん過ぎて、気付けば屍が山と積み上がっていました」


 無力感が足をすくませ、心を縛り付ける。動かねば取り返しのつかないことになると知りながら。

 意地ばかり張って生きてきた今の(・・)明には馴染みの薄いものだが、だからといって彼女の弱さを馬鹿にできるほど厚顔無恥ではない。

 力なく、頼る者なく寄る辺なく。越えようのない壁にぶつかった時、多くの者は絶望と共に立ちすくむしかないのだ。


「それで俺を助けていたのか。何もできない自分の、せめてもの贖罪(しょくざい)として」


「ただの自己満足ですよ。あなたが現神(なかまたち)と戦っている時、私は何もしませんでした。自分の手を汚すことを恐れていたんです」


 言われてみれば、スクナヒコナが出てきたのは猛の時と倶久理の時だけだ。現神に直接関わる戦いではなかった。


「だから私は罪人なんです。どのような扱いをされても文句は言えませんし、皆さんにはその権利があります。……ただ」


 スクナヒコナの瞳に少しだけ光が戻る。それは進むべき道を定めた者の、意志の輝き。


「今は時間がありません。私の推測が正しければ、彼らは今頃三輪山の代わりとなる遺跡を起動させようとしているはずです」


 武内が「まさか」とつぶやく。スクナヒコナは真剣な面持ちで首肯を返すと、


「私たち現神が生まれ、そして封じられていた塔……天之御柱(アメノミハシラ)。あれを起動させるための鍵が、この地には眠っているんです」


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