第二十二話 最後の遺跡
「……どうなっているのだ」
薄暗い空間の底で、武内は立ち尽くしていた。
そこは三輪山の地下深くに作られた古代遺跡。
あの後、現神の撤退を確認した生徒会は三輪山の奥地へと立ち入り、未明のうちに遺跡内部の探索に取り掛かっていた。
深夜にも関わらず、ここまでスムーズに事が進んだのは倶久理の活躍によるところが大きい。
彼女は霊の力を借りて、わずか十分足らずで遺跡の入り口を探り当ててしまったのだ。
そうして探索を開始した一行を出迎えたのは、これまでとは少し趣の違う空間だった。
地下施設は巨大なドーム状をしており、床や天井のいたるところに幾何学的な青い線が走っている。それはまさしく、この場所に貯め込まれた電気のほとばしりに他ならない。
奥の方に目を向ければ、そこには大量の配線に繋がれた構造物……おそらくは制御装置らしきものが並んでいる。
いや、並んでいたと言うべきか。
それらは鋭利な刃物によって切り刻まれ、今はひび割れた水晶板から力なく煙を吐き出すだけだ。生きた端末は一つも残っていない。
武内の知る限り、こんな芸当ができる者は一人しかいなかった。
「切り口からしてタケミカヅチの仕業であろう……が、どうにも解せぬ」
滑らかな切断面に指を這わせながら、武内は首をひねる。
三輪山は新たな神代計画の生命線だ。この遺跡なくして大和三山の電力は動かせず、計画を発動することもできない。現神にとっては何より重要な施設のはずだ。
(だというのに、奴らは……)
あろうことか、タケミカヅチは自らの手で遺跡を使用不能に追い込んでしまった。余りにも不可解な敵の行動に、武内は何か空恐ろしいものを感じていた。
「己たちは三輪山さえ押さえれば全てが片付くものと思い込んでいたが……そうではなかったのか? 己たちが見落としているものが、まだどこかに隠されていると?」
頭に手をやり、ぐりぐりと揉みしだく。
何にせよ調査は当分お預けだ。夜が明ければ町は大騒ぎになるだろうし、仲間たちにも休息が必要だ。
この戦いで自分たちが受けた被害は少なくない。
猛は異能を使い過ぎたせいで酷く消耗しており、明は意識不明。木津池から聞いた話では、後方にいたクロエも深刻なダメージを受けているのだという。
「ここに至ってまた足踏みをすることになろうとはな。……なれど、今は致し方なしか」
思いきって動くことができないのは痛手だが、傷ついた仲間を蔑ろにするよりはいい。
そう言い聞かせ、武内は思索を一旦停止する。遺跡の入り口から足音が聞こえてきたからだ。
石床を高く打ち鳴らす靴音は倶久理のものだった。
「白峰倶久理か。何の用だ」
「門倉様から連絡がありましたわ。重傷の方々をお屋敷に運び込んだとのことです。ですが皆様、まだ意識が戻らないようで……」
「油断はするなと伝えておけ。夜渚明と神崎クロエはともかく、あの現神はタヌキ寝入りやもしれぬからな」
「スクナヒコナ様……ですか」
「"様"など要らぬ」
釘を刺すように武内がうなった。
この戦いにおける数少ない収穫、それは現神スクナヒコナを生け捕りにできたことだ。
情報とは力だ。敵の内情に少しでも通じる者がいれば、これからの戦いを有利に運ぶことができるだろう。
(もっとも、そのためには奴の口を割らせる必要がある)
最悪の場合、自らが汚れ役を引き受けることも覚悟しておかなければ。
そういった感情が表に出ていたのか、武内を見つめる倶久理は複雑そうな表情をしていた。
「悪意ある存在と決めつけるのは早計ですわ。わたくしたちは彼女とお話ししたことすらありませんのに」
「こうして戦場に出てきたことが何よりの答えであろう。何を考えていたのか知らぬが、夜渚明もぬるいことをする」
「ですが、彼女は操られていたと──」
「それ自体が我らを謀るための狂言かもしれぬのだぞ!」
思わず語気を強める武内。
しかしすぐさま我に返ると、ばつが悪そうに口元を覆った。
「いや、別に、貴様を非難しているわけではない。しかし、ただ、己は、生徒会を率いる者として」
「皆様を危険な目に遭わせたくないのですね。だからこそ楽観的な予測を軽々しく口にすることはできない」
「う、うむ」
倶久理は穏やかな微笑を見せ、
「武内様。どうしてわたくしがこの遺跡を見つけることができたのか、ご存じでしょうか?」
「無論知っている。亡者どもを使ったのであろう」
「お話を伺っただけですわ。実は、この山をさ迷っていたご老人が遺跡の場所を知っておりましたの」
「死してなお探求心は潰えぬか。奇特な輩もいたものだ」
「ただ一つの心残りだったのでしょうね。あの方にとっては」
「……なに?」
意味深な一言に固まる武内。
倶久理はしめやかに目を閉じ、
「その方のお名前は"武内源助"とおっしゃるそうです」
「──!!」
意図せずして息が止まる。
三秒の間を経て、開きっぱなしの口から塊のような空気を吐き出した。
「……そ、その御方は、今もここに?」
滑稽なまでに震えた唇。
倶久理はそれを見ても笑わず、ゆっくりと首を振った。
「もう逝ってしまわれました。跡を継ぐ者が立派に育っているからと、満ち足りたご様子で」
「そう、か」
「武内様は素敵なご家族に恵まれていたのですね」
「……ああ。厳しくも優しい、自慢の祖父だ」
そう言って武内は黙り込んだ。
倶久理は静かに一礼すると、遺跡の入り口へと引き返していく。
「ふん、妙な気を回しおって……」
一人残された武内は、しばらく過去の記憶に思いを馳せていた。
だがそれも終わると、彼の頭を占めるのは現在のことばかりになる。
自分は"武内"を任された。なら、今必要なのは感傷に耽ることではない。
目元を拭い、思考を働かせていく。その視線は壁面を這い回る青の雷光を捉えていた。
「三輪山の制御装置は徹底的に破壊された。こうなっては修復もできぬ。……だが、三輪山は未だ活動を続けている。ここに連なる大和三山も同様であろう」
破壊されたのは端末だけで、遺跡そのものの機能に影響は無い。
つまり、遺跡を起動する手段さえあれば計画の続行が可能になるのだ。
となると、思いつく可能性は自然と絞られてくる。
もう一つの制御装置。三輪山よりさらに上位の権限を有する、五つ目の遺跡。
武内の知識の中で、それに該当するような遺跡は──
「……あれ、か?」
それは始まりの地。
超古代文明・高天原の本拠地であり、彼らの生み出した科学技術の全てが収められているとされる場所。
「天之御柱……あの遺跡が、この時代に残っているというのか……!?」
六章終了。例によってまとめを挟んでから七章に移ります。