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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第六章 三者の重なる場所に
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第二十話 誤算

 望美は砂嵐の中を走っていた。

 かろうじて視認できる道路の中央線を目印に、進路を東に定める。それは明が走り去った方角でもあった。


「やっぱりこうなった……!」


 荒げた吐息は怒りを含んでいた。

 未だ見えぬ明の背中。先ほど木津池(きずち)から伝えられた事実によると、明は敵の罠に掛かって孤立無援の状態にあるのだという。

 もしやという予感はあった。前兆も。

 事ある毎に先走る性分。不意に見せるトラウマじみた情念。

 それが彼の首を絞めることになるのではと懸念していた矢先にこれだ。かえすがえすも認識が甘かった。

 望美は焦りを飲み下し、蹴り出す足に力を込める。

 砂嵐の濃度が少しずつ薄らいできた頃、黒鉄(くろがね)が追いついてきた。


「おう、とりあえずオッサンは避難させといたぜ。今は幽霊女が護衛に付いてる。で、そっちはどうだ?」


「木津池くんから連絡があった。要点をかいつまんで話すと、私たちはみんな雷雲にロックオンされてる」


「は? クソゲーかよ」


 落雷によってスクラップにされた車を思い出したのか、黒鉄が吐きそうな表情を作る。


「夜渚くんはずっと先にいて、雷を誘導する現神を倒そうとしてる。実際は引くに引けなくなったから前に進んでるだけかもしれないけど」


「ぜってーそれだわ。あの野郎にそこまで深い考えがあるとは思えねえ」


「黒鉄くん……人の振り見て我が振り直せって言葉、知ってる?」


「おいおい、現国の補習で見事満点を取った俺様に対する挑戦かぁ?」


「知識が本当の意味で身についてないことは分かった」


「ああん!? てめえ今なんて──」


 黒鉄が口を大きく広げるが、喉元に吸い込まれていく砂を見ると慌てて口を閉じる。

 不味そうに口をうごめかし、溜まった砂を吐き捨ててから、


「……そういや、一人足りなくねえか? あの白髪女はどこ行ったよ?」


璃月(りづき)さんならいつの間にかいなくなってた。でも居場所は分かる」


 言葉と共に右手を前に。

 砂の向こうにうっすらと見えるのは二つの影。聞こえてくるのは絶え間なき落雷の音だ。

 望美は右手を大きくかいて、念動力を発動する。

 途端、周囲の砂が風に巻かれたカーテンのようにめくれ上がった。

 もはや視線の先に砂は無い。砂嵐を脱した彼女たちの目の前には、激しい戦いの爪痕が広がっていた。

 倒れた電柱。穴だらけの車道。三輪の看板ともいえる大鳥居は跡形もなく崩れ落ち、山のような瓦礫が行く手を塞いでいる。

 そして、瓦礫の手前で対峙する少女と怪人。


「あれが、タケミカヅチ……」


 白布で覆われた武骨なシルエットを見て、望美はつぶやく。彼女は次に斗貴子の方を見て、


「……!?」


 固まってしまった。

 一瞬、そこにいるのが誰なのか分からなかった。

 外見だけは間違いなく斗貴子だが、雰囲気は全くの別物。端正な横顔には肌を突き刺すような冷酷さと激しい怒りが表れている。


(現神を前にしてるから? でも、あれは……)


 斗貴子と共に戦うのは今回が初めてではない。彼女が現神を憎んでいることも、それが彼女の戦う理由であることも知っている。

 だが、これほどの激情は一度だって見たことがない。

 相手の全てを否定せんとする姿勢。あるいは純然たる悪意。それは見ているだけで望美を不安にさせるものだ。


「あはっ」


 斗貴子の口元に粘度の高い笑みが浮かぶ。それを目にした望美は、思わず背筋を震わせていた。

 人の顔はここまで(くら)い喜びを表現することができるのか──望美がそう思った瞬間、斗貴子の姿が消えた。

 異能を使った高速移動。

 ほぼ同時にタケミカヅチも動く。

 虚空に向けて縦裂きの一刀。

 衝撃波が空気を割り、そのすぐ傍に斗貴子の残像が瞬いて見えた。実体はタケミカヅチの足元に迫っている。


「はっ──!」


 おそらく回し蹴りを放ったのだと思うが、望美には速過ぎてよく見えなかった。

 対するタケミカヅチも凄まじい速さで距離を空け、流れるような動きで刺突の構えに移り──そして撃つ。

 撃つ、と表現したのはその動作が生み出す衝撃波の苛烈さゆえだ。

 切っ先に押し出された空気はそれ自体が弾丸となる。たとえ斗貴子が刀の時を止めたとしても、爆ぜ出た空気までは防げない。

 斗貴子はのけぞりつつも斜めに跳んで、そこで一旦足を止める。が、その瞬間を待ち受けていたかのように雷鳴が聞こえてきた。


「おっと」


 イタチのように跳ね回る斗貴子。その足跡を追いかけて、幾筋もの光が地面に落ちる。


「マニュアル通りの空虚な行動。あの時と何一つ変わっていませんね、タケミカヅチ」


「否定する。自分がお前と接触した記録は無い」


「それはそうでしょうね。だから私はここにいるんです」


「否定する。お前の発言は支離滅裂だ」


「理解する必要はありませんよ。私があなたに期待することはいつだって一つだけ」


 笑みを深め、


「──死ね」


 斗貴子は再び攻勢に転じていた。

 タケミカヅチに挑む彼女はこちらのことなど一切眼中になかった。ひょっとすると気付いてすらいないのかもしれない。

 どちらにしてもこれは良くない兆候だ。たかだか一人の力で勝てるほどタケミカヅチは弱くないのだから。


「黒鉄くん、急いで加勢に!」


「んなこた言わずもがなってやつだ。邪魔されるのは気に入らねえが、他人の邪魔をするのは何より気持ちいいからな!」


 アスファルトの路面から刀を作り、黒鉄は走り出していた。

 望美は電柱の残骸に駆け寄ると、いくつかのコンクリート片……それもとりわけ大きなものを選別する。

 視線の先では斗貴子とタケミカヅチが息もつかせぬ激闘を繰り広げていた。

 互いの立ち位置を目まぐるしく変え、回避とカウンターを交換し合う。それは皮肉にも息の合った舞踏のように見えた。

 だが、そんなことに感動するほど望美はセンチメンタルな精神構造をしていない。攻撃の判断は一瞬だった。


射出(いけ)っ」


 密やかな号令の下、角ばったコンクリート片がミサイルのように撃ち出される。

 それはタケミカヅチの背中を狙い、


「迎撃」


 しかし、タケミカヅチは振り向くことすらしなかった。

 代わりに天が瞬き、いくつもの落雷がコンクリート片を噛み砕く。後には何も残らない。


「これが"蟲"の力……話には聞いてたけど、凄い命中精度」


 心持ち悔しそうに言うと、望美はすぐにその場から逃げ出した。

 直後、今いた場所を落雷が襲う。逃げた先にも落雷が。終わりのない攻撃は望美に反撃の機会を与えない。


「鬱陶しい……」


 望美は気味悪そうに服の(そで)をはたく。

 雷が自分を追っているということは、蟲が望美の周囲にまとわりついているということでもある。逆に言えば、蟲をどうにかしない限り追撃が止むことはない。

 つまり、現状ではどうしようもないということだ。

 どうせ根本的な対策など無いのだ。ならば自分はせいぜい囮役を務めるとしよう。

 そう思い、望美は先行する黒鉄に目配せを送る。彼は街路樹を避雷針代わりにしながらタケミカヅチの背後まで忍び寄っていた。

 間合いのギリギリ外で、黒鉄が静かに刀を振りかぶる。そうしてまさにこれから斬りかかろうとした時、タケミカヅチが黒鉄に気付いた。


「迎撃」


「ちっ……バレたかよ!」


 動きの起こりは黒鉄の方が早い。が、純粋なスピードではタケミカヅチが勝る。

 結果、両者の刀は十字の形にぶつかり合い──


「受けては駄目です!」


「……っ!」


 斗貴子の警句が黒鉄の命を救った。

 刀から手を放し、転がるように退避する黒鉄。顔を上げた彼が見たのは、


「俺の刀が……斬られただとぉ!?」


「……嘘」


 こればかりは望美も驚きを禁じ得なかった。

 フツヌシの異能で作られる刀は圧倒的な強度を誇る。望美は彼の刀が折れる場面はおろか、刃こぼれした場面すら見たことがない。

 しかし、タケミカヅチの持つ刀はそれを何の抵抗もなく切断してみせた。


「滅茶苦茶じゃねえか……。どういう理屈だよこりゃあ!」


 声をわななかせる黒鉄。タケミカヅチはさも当然といった風に、


「子が親に勝てぬのは道理。これはフツヌシが打ち鍛えし最後の一振り。あらゆる分子を断ち切る超合金"ヒヒイロカネ"の刀」


 胸元で構え、見せつけるように。


「名を──フツノミタマノツルギ」


 突進。

 黒鉄の首筋めがけて伸びる刃先。

 だが、それを止めたのはタケミカヅチ自身だった。


「……………………」


 ぴたりと。

 打って変わって一ミリも動かなくなるタケミカヅチ。

 わずかな間を置いて動き出した彼は、出し抜けに背を向ける。

 そしてこちらを見向きもせずに、倒れた鳥居の向こうへと飛び去って行った。三人は無言でそれを見送るしかない。


「……いやおい、何だったんだ?」


「分からない。でも、もしかしたら……これのおかげかも」


 望美は言いつつ、空に手をかざす。

 手のひらに落ちるのは雨粒。

 それは黒鉄が命拾いした理由。そしてタケミカヅチが逃げた理由でもある。

 タケミカヅチは雨の到来によって自らの劣勢を悟った。雨は落雷攻撃の根幹を成すもの……雷を導く"蟲"を洗い流してくれるのだ。


(ただ……問題は、逃げた方向)


 鳥居の奥には大神神社(おおみわじんじゃ)があり、そこでは明と他の現神が戦っている。そこに万一タケミカヅチが参戦すれば、最悪の事態は避けられない。

 ……いや、もしくはそちらで異常事態が起きたからこそ、タケミカヅチが撤退を決心したという可能性もある。


「明さん……!」


 斗貴子の顔がにわかに青ざめていく。そして声をかける間もなく、瓦礫を飛び越えタケミカヅチを追って行った。


「また勝手に行っちまいやがった……。ったく、マジで協調性ゼロだなあいつ。猛とは似ても似つかねえ」


「今は一刻を争うからしょうがないと思う。でも……」


「でも、なんだよ?」


「……なんでもない」


 積み上がった瓦礫に足を掛けながら、望美は思う。

 もしかすると自分は気に掛けるべき相手を間違っていたのかもしれない。

 本当に危ういのは明ではなく……


(……璃月さん、かも)


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