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第十三話 戦い終わって

夜渚(よなぎ)くん、お疲れさま。お見事、って言うべきなのかな」


「よせやい、照れるぜ……と返しておこう」


 明は泰然自若(たいぜんじじゃく)を装いながら、望美に向けてサムズアップ。

 白状すると、一か八かの賭けだった。

 弾力のある腐葉土の上に誘い込み、明の異能で足場を揺るがす作戦。成功したから良かったものの、まかり間違えば殺されていた。

 黒鉄の卓越した技量に、石刀のすさまじい切れ味。

 二者の結合が生み出す一撃は、大樹をチーズのように斬り裂いて見せた。まともに受ければ、明の胴は下半身とおさらばしていたことだろう。


「夜渚くんも持ってたんだね。そういう力」


 思い返している間に、望美が斜面を登ってきた。

 彼女の若干ドライな態度に、明は平に頭を下げる。


「すまん。隠すつもりは無かったんだが、あれやこれやと忙しなくしているうちに言いそびれてな」


「別に、怒ってないよ。超能力仲間ができたことは、素直に嬉しいと思ってるから」


「それは良かった。……しかし、なんだな。その"超能力"という表現は、少々野暮ったい気もするな」


「じゃあ、サイキック?」


「セブンスセンスなんてどうだ?」


「それ、木津池(きずち)くんがよく言ってるやつ。やっぱり似た者同士なんだ……」


「今のは撤回する。忘れてくれ」


 苦々しげに言って、顔を背けた。

 頬に手を当て、火照りを鎮める。

 (いくさ)の熱が引いていくにしたがって、思考が泡のようにあふれてきた。

 考えるのは、この力のこと。

 恐ろしいものだと再認識する。黒鉄(くろがね)だけでなく、明自身の力も。


(前以上に加減して、これか。そうそう人に向けていい力ではないな……)


 倒れた黒鉄は、汗ばんだ顔で嗚咽(おえつ)を鳴らしていた。意識は有るようだが、もはや戦いどころではない。

 一応、内臓にダメージを与えないよう注意はしていた。とはいえ、その気になればもっと出力を上げることは、可能だ。

 それこそ、食らった相手が体中から体液を吹き出して、死んでしまうような。

 己が手に目を落として、(つば)を飲み込んだ。

 もしもあの時、望美に制止されていなければ。激情に任せて力を振るっていたら。

 考えただけで、心が鉛のように重くなった。


「黒鉄くん、大丈夫なの? 救急車とか呼んだ方がいいのかな」


「そこまで重篤な状態ではないはずだ。三半規管が衝撃を受けて、乗り物酔いのような症状を引き起こしているんだろう」


 中腰で覗き込む二人。

 黒鉄はこちらの視線に気付くと、けだるげに体を転がし、仰向けに姿勢を変えた。

 震える腕を懸命に動かし、肘から先を垂直に立てる。

 力の限りに天突く中指。それは、尽きぬ闘志と反骨心を表していた。


「お前……本当に懲りない奴だな」


 ここまで馬鹿だとかえって清々しい。明は苦笑しつつ、


「まあいい、それだけ元気ならこちらも遠慮はせん。お前には色々と聞きたいことがあるから、な」


「夜渚くん、拷問するの?」


「真顔で怖いことを言うな。ただの尋問だ」


 危険は去ったが、黒鉄の疑惑は晴れていない。

 黒鉄の持つ力……無機物から刀を鋳造(ちゅうぞう)する異能、とでも言えばいいのか。

 その力を、どこでどのように会得したのか。事件との関わりは。

 特に気になるのは、七年前のことだ。

 なぜ、殺人鬼と同じ刀を持っているのか。

 黒鉄の素行も含めて勘案(かんあん)すれば、明が"もしや"と勘ぐってしまうのも無理からぬことだった。


「洗いざらい吐いてもらうぞ。場合によっては物理的な意味で」


「やっぱり拷問?」


「……こ、言葉の綾だ。気にするな」


 望美から目を逸らし、視点のフォーカスを黒鉄に移した。


「くそ、近寄るんじゃねえ……殺すぞてめえっ……!」


 "拷問"という単語が聞こえていたのか、黒鉄の顔がにわかに強張る。

 威嚇するように歯を見せるが、丸く縮こまった体が本音を語っていた。


「往生際の悪い奴だ。お前は自分から喧嘩を売って、そのうえで敗北した。ならば、大人しく勝者に従うのが筋というものだ」


「ふざけんじゃねえぞ、このイカサマ野郎っ。さっきのは無効試合だ、レギュレーション違反だっ」


「イカサマだと? なんのことだ」


 黒鉄は怒りも露わに、口から泡を飛ばしながら、


「しらばっくれんなっ。最後の最後でインチキくせえチョーノーリョクなんざ、使いやがってっ。あんなもん、八百長じゃねえか……!」


「黒鉄……お前、自分が何を使って戦っていたと思ってるんだ」


「あ、あれは素手の延長みたいなもんだし! つーか、まだ練習中で慣れてねえし。むしろこっちがハンデ付けてやってたっつーの?」


「……夜渚くん、少しくらいなら拷問してもいいよ。見なかったことにするから」


「なっ……金谷城(かなやぎ)ィ!?」


「英断だな望美。人生、何事も柔軟に対応しなければ──と、いや待て」


 "練習中"。

 黒鉄の口走ったその一言が、思考の糸に引っかかった。


「まさかお前、つい最近力に目覚めたばかりなのか?」


 明が問うと、黒鉄は不承不承といった感じで、


「今年の夏に入ってから、いきなり使えるようになったんだよ。どいつもビビって逃げちまうから、使いどころは無かったけどな」


「つまり、まともに使用したのは先ほどの戦いが初めてだったと?」


「そりゃそうだろうがよ。でなきゃ、お前みたいな奴に負けてねえ」


 言い訳がましく愚痴る姿に、ごまかしの匂いは感じられなかった。


「……そうか」


 肩を落として、沈黙。

 安心したような拍子抜けしたような、複雑な心境だった。


(考えてみれば、この馬鹿に人殺しができるような大胆さが備わっているはずもない、か)


 実際に戦ってみて分かった。黒鉄は、自分が振るっている力の危険性をまるで理解していない。

 刃物で斬れば人は死ぬ。

 それを知識として知ってはいても、実感が伴っていないのだ。


(一度でも殺しを経験していれば、良くも悪くもそれなりに覚悟は決まるものだ。そうなっていないということは……)


 ──黒鉄良太郎は、潔白である。

 そう結論付けるほか無かった。

 何より、七年前といえば黒鉄自身も十歳そこらの子供だ。

 覚えている限り、犯人の背丈は軽く見積もっても二メートル以上はあった。

 小学生男子の平均身長は六年生でも百四十センチ前後。記憶の誤差で片付けられる範囲ではない。


「はぁ……さんざん気張って体を張って、結末がこれか」


「夜渚くん……急にどうしたの?」


「尋問するだけ時間の無駄ということだ。あれを見ろ」


 横穴から数メートル離れた地点をあごで指す。

 土気色の落ち葉の上、散乱しているのはジュースの空き缶、それにスナック菓子の空き袋。


「あれって……」


「サボり場所、以外の何物にも見えんな」


 怪人たちがいくら人手不足に喘いでいても、黒鉄のような者まで仲間に引き入れたくは無いだろう。ズボラ過ぎてリスク要因にしかならない。

 というわけで、共犯の線も消えた。


「疑問が全て解消したわけではないが、とりあえず……」


 言いつつ、空き缶の墓場へと歩いていく。そのうち一つを手に取って、


「いでっ、てめえ何しやがるっ!?」


「ゴミくらい片付けておけ。最低限のマナーだ」


 投げた空き缶がクリティカルヒットして、軽い音を立てた。

 転がりながら放送禁止用語を連発する黒鉄。明は彼に目もくれず、(ほこら)の入り口へ。

 石造りの横穴は、戦いの前と変わらず、厳粛な態度で来訪者を待ち受けていた。


「深いな……」


 ゆるやかな下り坂が、かなり遠くまで続いている。丁寧に磨き上げられた床は、まるで鏡のようだ。


「何か見える?」


「奥の方で何か光っているような気もするが……ううむ」


 一足遅れでやってきた望美に否定を返す。


「懐中電灯でも持って来れば良かったな。暗過ぎて見えん」


「この先に、あの白い人たちがいると思う?」


「それなら話は早いんだが……すぐ外で黒鉄(ぶがいしゃ)がくつろいでいたことを考えると、期待薄だな」


 疑惑の筆頭だった黒鉄でさえ無関係だったのだから、今日はもう全部空振りでもおかしくない。

 悲観的な予想と真っ暗闇がコンビプレーで明のやる気に水を差す。

 どうしたものかと顔を見合わせた時、学園の方からチャイムの音が聞こえてきた。


「ん……もう下校時間か。早いものだな」


「違うよ、夜渚くん。これは時報じゃなくて放送用のチャイム。ほら、いつものよりテンポが速いでしょ」


「……たしかに」

 言う間に、恒例の四音が駆け足で鳴り終えた。

 ぶつ切りの雑音をまたいで、マイクモードに切り替わる。


(……しかし、こんな山奥までチャイムが聞こえてくるとは、驚いたな)


 明がいるのは耳成山の南西部。高臣学園のほぼ反対側だ。

 上手い具合に風向きが変わったのか、はたまた大音量で流す必要があるほど緊急の要件なのか。

 不思議に思っていると、放送が始まった。

 響く声は音割れが酷く、アナウンサーの性別すら判別できない。

 しかし、内容は聞き間違いようのないものだった。


『二年四組、金谷城望美。……"荒神(あらがみ)"の女よ。今すぐ高臣(たかとみ)学園に戻って来るんだ。

 ──さもないと、きみの大事なお友達がみーんな死んでしまうよ?』


 放送が途絶する。

 そして。

 白い霧が、あたりを埋め尽くした。


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