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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第六章 三者の重なる場所に
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第十九話 神の恵み

 明らかに常軌を逸した、眉をひそめられるような発言。

 それがさも当たり前のように放たれたことで、猛は最初その言葉の意図が掴めなかった。


「……お前、自分が言っていることを理解してるのか?」


 どうにかそれだけ言葉にすると、ハニヤスビコの頭部に怪訝(けげん)な目を向ける。手抜きじみた顔と生々しい発言内容のギャップが逆にホラーだった。


「冗談は好かぬ。時間も与えぬ。()く答えるがいい(にえ)ども」


 ハニヤスビコは怒りも笑いもしない。どこまでも事務的に、大真面目に、取引とも言えない取引を突き付けてくる。

 ただの駆け引きやハッタリで演じられるはずのない、絶望的な価値観のズレ。だからこそ分かる。

 ハニヤスビコは、本気だ。


「ふむ、いささか難解であったか。ならばもう一度噛み砕いて言ってやろう」


 言葉を失う猛たちを見渡して、ハニヤスビコは一人納得し、


「大人しく死ね。さもなくば我の砂がこの街を滅ぼすであろう」


「──ふざけるな!」


 武内が吠える。それはまさに鬼の形相であり、隣にいた蓮が肩を震わせるほどの恐ろしさだった。


「何を言い出すのかと思えば一方的に貴様らの願望を押し付けておるだけではないか! そんなものは対等な取引とは言えぬ!」


「これは異なことを言う。人より神が尊いのはいつの世も不変の摂理であろう。我は選択の自由を与えてやったに過ぎぬ」


「それが無辜の民を殺す理由になるか!」


「殺さぬ理由にもなるまい。ちょうど良いから使うのだ。それとも何か、貴様は草履(ぞうり)があるのに裸足で歩くのか?」


「貴様、人の命をなんだと……!」


 今にも憤死しそうな勢いで赤くなる武内。

 常人ならほんの数秒で失神するような気迫をぶつけられても、ハニヤスビコは動じない。

 無感情な一瞥(いちべつ)をくれた後、砂の両手を斜めに振り上げ、


「相分かった。では殺すとしよう」


 両手が徐々にチリと化し、空気の中に混じって溶ける。

 そうして生まれるのはひときわ濃度の高い砂塵。それはガス状の塊となり、四方にゆっくりと広がっていく。


「いかん……!」


 血相を変えた武内がハニヤスビコに攻撃を仕掛ける。が、それを阻むように雷が落ち、進路を閉ざされた武内は渋々後退した。

 次に門倉が転移を使い、ハニヤスビコの体を削り取る。しかし、それもまた数秒で塞がれてしまう。


「ああもう、こんなのどうしろっていうのよ!」


 皆の思いを代弁するように門倉が叫ぶ。歯がゆい思いで見つめる先には砂のガスがいくつも浮かんでいた。

 今はまだ見える範囲を漂っているが、それも今だけだ。ガスはいずれ運動公園を離れ、道路を越えて市街地に到達する。

 後は想像するまでもない。人々は異能に対して全くの無力であり、ほとんどの者は己が身に降りかかった災いの正体も知らぬまま人生を終えるだろう。


「この卑怯者っ! 勝てないからって無関係の人を襲うなんて恥ずかしくないのかっ!?」


 こちらに狙いを変えさせようと必死に声を張り上げる蓮。言葉を返すハニヤスビコは淡々と、


「無関係ではない。奴らを殺せば貴様らは罪の意識を抱くではないか」


「なっ、なんだよそれ……! 僕たちに嫌がらせしたいだけなのかお前!?」


「士気が落ちれば動きも鈍る。これはれっきとした戦略的措置である」


「そんな理由で人の命を奪うのかよ! 神様の癖に短絡的過ぎるだろうがっ!」


「力とは奪い取る資格のこと。奪うてこそ神。奪うてこそ強者。何をためらうことがあろうか。我は弱者の(かばね)を喰らい、さらなる高みに上り詰めるのである」


 尊大に響く声は自らの行動に何ら疑問を持っていない。

 猛は理解する。ハニヤスビコにとって奪うことは食事や呼吸と同じ、ごく自然な行いなのだ。

 強ければ何をやってもいい。偉いから何人殺してもいい。

 絶大な力と異形の体は、本来持っていた人としての心まで変質させてしまったのだろうか。

 どうあれ、一つだけ言えることがある。

 この現神は、


「くだらないな」


「……なんだと?」


「くだらないって言ったんだ。雑魚のくせに強者ぶった奴ほど滑稽なものはない」


 猛は「はっ」と失笑を飛ばすと、ハニヤスビコにあざけるような視線を向ける。


「奪うことが強者の証? それこそ弱者の欺瞞、己を高められない半端者の言い訳だよ」


 実に馬鹿馬鹿しいと思った。こんな奴相手に手間取っていた自分が心の底から情けなかった。

 こいつは強者ではない。ましてや神でもない。

 いわば掃き溜めの王。肥え太った盗人が他人の財をひけらかしているだけの、薄っぺらい存在。

 心を占める感情は落胆。

 これでは駄目だ。論外だ。

 こんなものでは──自分の敵にはなり得ない。


「真に力ある者は、誰からも奪わず、他者に分け与えるんだ。そして神はその最たるもの。清らかなりて天に座し、願いに応えて恵みをもたらす!」


 広げた両手を高らかに掲げ、未だ見えぬ天空を仰ぐ。それは古くから変わらず、人が神に祈る姿勢だ。

 雑念を排し、波打つ心を穏やかに保つ。

 もはや偽りの神(ハニヤスビコ)など眼中になかった。猛は自らの持つ力を残らず捧げ、ただ一心に()い願う。


「無意味なことを。今世において神は天に無く、この(うつつ)にこそおわすのである!」


 当てこすりのような祈りにプライドを傷つけられたのだろう。それを見たハニヤスビコは急に声を荒げ──


 その頭上に、一滴の雫が落ちた。


「…………これ、は?」


 言葉を失い、愕然とした表情で空を見上げるハニヤスビコ。ざらついた額の上に黒ずんだ跡が残る。

 そしてまた一滴。また一滴。

 加速度的に増えていく雫は、幾千幾万の軍勢となって地上に舞い降りる。


「雨……!」


 土砂降りの雨に全身を打たれ、ハニヤスビコがおののくように身を震わせる。


「僕としたことがすっかり忘れてたよ。雲が運んでくるのは破壊の雷だけじゃない。草木を芽吹かせ命を育む"水"こそが雲の本質なんだ」


 天然のシャワーを浴びながら、気持ちよさそうに目を細める猛。

 しかし、彼ののんきな解説もハニヤスビコの耳には届いていないようだ。


「あ……ああ……!」


 無数の雨粒は瞬く間に大気のチリを洗い流していく。それは当然、砂の粒子も例外ではない。

 人々を害さんとしていた尖兵たちはあえなく叩き落され、あれほど猛威を振るっていた砂嵐は見る影もない。

 それだけではない。天に地にあまねく満ちあふれた水が、酸のようにハニヤスビコを侵食しているのだ。


「砂が……我の砂が、失われていく……!」


「ほーら、天はお前の狼藉を許さないってさ。罰が当たる前にさっさと退散した方がいいんじゃない?」


 右手を振り上げ、ハニヤスビコに一歩近付く猛。

 奴の優位と安全を保証するものはもう何もない。そして、そうした苦境の中でこそ真の強さが問われるのだ。


(まあ、強さの意味も分からない奴には望むべくもないことだけどね)


 猛は苦笑し、右手を鋭く払った。

 雨が局所的に激しさを増し、ハニヤスビコをさらに追い詰める。ハニヤスビコは意外なほど激しくうろたえていた。


「やめろ、触れるな、我を暴くな! 寄るな寄るな寄るなあああ!」


 熱湯をかけられたドライアイスのように小さくなっていくハニヤスビコ。

 崩れ落ちる体は激しくのたうった後、こちらに背を向け一目散に逃げだしていく。


「あああああああああっ!!!」


 最後っ屁とばかりに体が破裂し、立ち上る砂煙が視界を塞ぐ。

 だが、それもほんのわずかな間だけ。

 数秒後には煙も収まり、後には水でふやけた砂山だけが残る。

 耳朶(じだ)を打ち鳴らす雨音の遥か遠くで、半狂乱で走り去る何者かの慟哭(どうこく)がこだましていた。


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