表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第六章 三者の重なる場所に
138/231

第十八話 砂塵の死闘

今回と次回は猛視点。次回更新は明日。

二十話が望美視点でスクナヒコナとの決着は二十一話。予定通りに執筆が進めば今月末に六章が終わります。

 水野猛という人間は、これまで一度も不幸だと思ったことがない。

 自分は類稀なる才能に恵まれ、それを磨くための環境も、発揮するべき場所も用意されている。栄光へと至る道筋、見晴らしの良い凱旋路が生まれながらにして開かれているのだ。

 それは多くの人が渇望し、しかし得られなかったもの。

 だからこそ妥協は許されない。敗北などもってのほかだ。

 天に愛されし自分が屈する時、その理由は己の怠惰と不出来以外に有り得ないのだから。


「また来たわ! 水野くん、お願い!」


「ご心配なく。とっくに見つけてますよ、門倉先輩」


 当然のように答えながら、猛は歪に(うごめ)く砂の塊を目で追っていた。

 音も無く、こちらにそっと忍び寄る大きな手。濃密な砂嵐の中、それは保護色を(まと)ったカメレオンのように視認し辛いものだ。

 と、こちらの視線に気付いたのか、砂の巨腕が急速に形を変えていく。

 広げた五指が拡散し、津波となって襲い来る。その大きさ、そして砂の量は生徒会全員を飲み込んで余りある。


「単調だ。そのうえまるで発展性がない」


 猛は退屈そうに言い切ると、


「食らいつけ、ヤマタノオロチ」


 命じる声は厳格に。

 応じて来るのは水の龍。背後の溝から飛び出すと、その長大な胴をもって体当たりを仕掛けた。

 砂の津波はみるみるうちに飲み込まれ、水龍の中で一塊に凝縮されていく。


「……よし、転移っ!」


 意気込む門倉が手をかざし、転移の光球が砂を消し去った。

 ひとまず息をつく門倉。その横合いから武内が声をかける。


眞子(まこ)、今度はどこに転移させた?」


「さあ、どうかしらね。そんなの私が知りたいぐらい」


「なんだと?」


「周りの様子が分からないのに細かい調整なんてできるわけないでしょ。適当よ」


 肩で息をしながら様変わりした世界に目を向ける。

 そこは三輪山付近にある運動公園の一角だった。

 彼らが進んでいるのは園内を横切る連絡路であり、細い道の両脇にはテニスコートやグラウンドが広がっている。

 だが、今や全ては砂の下だ。

 運転手の安全を考慮し、運動公園の近くで徒歩に移行したのが二十分ほど前。砂嵐に足止めされ、木津池(きずち)からの電話でおおまかな状況を把握したのがついさっきのこと。

 それからわずか数分で砂は全てを覆い尽くしてしまった。


「できるだけ遠くに飛ばしたつもりだけど、あんまり意味はないかも。っていうか、ほんの少し砂が減ったところで焼け石に水よね……」


「塵も積もればですよ、門倉先輩。ノーリスクで敵の持ち駒を削れるんですからむしろ感謝しておきましょう」


「敵の優しさに?」


「間抜けぶりに」


 そう言うと、猛は道路の奥に水龍を叩き込んだ。

 しかし、それは二十メートルも進まないうちに霧のごとくかき消えてしまう。おびただしい量の砂が水龍にまとわりつき、体を構成する水分を吸収してしまったのだ。

 たっぷりと水を含んだ砂が、鈍い音を立てて地面に落ちる。すかさず門倉が異能を発動し、その砂をいずこかへと放逐した。


「何回同じことを繰り返しても結果は変わらない。変化なくしてより良い結果を望むのは、ひとえに狂気の成せる業だよ」


 しばらくして風のうなり声が返ってきた。それは徐々にはっきりとしていき、ついには明確な言葉を紡ぐようになる。


「狂気結構。正気と狂気は多数決の天秤によって分けられるもの。かくして我らの狂気は我らの神性を保証するのである」


「やっぱり狂ってるよ、お前たちは」


 砂嵐を裂いて現れたのは奇妙な砂の構造物(オブジェ)だった。

 小山ほどに大きな体。釣鐘形の胴体部から二本の腕を生やし、頂上部には両目と口を模した三つの穴が並んでいる。その形状はどことなく埴輪(はにわ)を彷彿とさせた。


「聞いておこうか、現神(うつつがみ)


「尊き神が一柱、ハニヤスビコである。感涙せよ贄ども。我に拝謁(はいえつ)叶うは至上の誉れであるぞ」


 低く虚ろな、それでいて強い自尊心を含んだ声。それに反応して、武内が怒気を孕んだ眼差しを向ける。


「たわけ! 人の道を踏み外した輩が何を言うか!」


 瞬時に飛び出し、砂の海を突き進む。

 只人とは思えぬ速さはハニヤスビコに一切の動きを許さず、砂の体に強烈な掌打を打ち込む。


「おお──!」


 くぐもった破裂音が聞こえ、ハニヤスビコの下腹部が盛大に弾け飛ぶ。

 だが。


「ぬうっ……!」


 口惜しげに身を退く武内。彼の視線の先で、霧散したはずの砂が再びハニヤスビコに戻っていくのが見えた。


「手ごたえ無しか。その体は見せかけのもの……本体は砂の鎧の奥深くに隠れていると見た」


「答えに意味は無い。貴様らに待つのは死という絶対真理のみ」


「ほざけ! たった一打で見切ったつもり──」


 武内の言葉が止まり、直後に豪快な咳払いをする。吐き出したつばには大量の砂が混じっていた。


「くっ、呼吸が……」


「"息吹永世(いぶきながよ)"とは、武内(たけうち)宿禰(すくね)も思い上がったもの。砂粒一つで崩れる永遠などまがいものに過ぎんのである」


 ハニヤスビコの右手が崩れ、生まれた砂が武内に迫る。

 武内は急いで距離を取ろうとするが、既に息吹永世は無効化されている。地を蹴る足に先ほどまでの力強さはなく、その動きは精彩を欠いたものだ。

 そうして砂が武内を捉えようとするまさにその瞬間、蓮が蔓草(つるくさ)の鞭を振り上げた。


暁人(あきと)様、これに掴まってください!」


 太さを増した蔓草が武内の右手を捕らえ、そのままコードを巻くように引き寄せる。

 こちらに帰還した武内は「うむ」と一言。手の甲で口元を押さえ、ハニヤスビコを見る。その体はほんの数秒で修復を終えていた。


「厄介なのが出てきたわね……。会長、策はある?」


 門倉の問いに武内はわずかに沈黙し、


「攻撃にさほどの苛烈さはなく、砂の鎧さえ打ち破れば勝機はある。だが、あの様子では一息に剥ぎ取らねばならぬだろうな」


「なんとかできそう?」


 武内は首を振った。


「砂の量が多い。あれでは息吹永世を使えたとしても到底散らしきれぬ。それに──」


 だが、それを言い終える前に蓮が動いていた。


「心配ご無用! 要は本体に攻撃が届けばいいんですよっ!」


 得意げに笑うと、手にした鞭を横に振った。

 長々と伸びる先端がハニヤスビコに巻き付いていく。


「締め上げろっ!」


 蓮が拳を突き出すと、締め付けが一気に強くなった。

 柔らかい砂はその力を止めることができず、鞭はずぶずぶと内側へ食い込んでいく。このまま行けば砂の鎧は輪切りにされて、中にいる本体を捕縛することができるだろう。

 しかし、残念なことに。

 この戦場にはさらに二体の現神が目を光らせているのだ。


「蓮くん、危ないっ!」


「ほえ? ……って、ちょ、うごぁ!」


 誰よりも早く動いたのは猛だった。

 蓮の右手を張り飛ばし、取り上げた鞭を遠くに投げ捨てる。それから一秒と経たずに光が降ってきた。

 青と白の雷光。それは砂嵐のさ中を迷いなく直進し、蔓草の鞭を黒色のチリへと変える。


「タケミカヅチと"蟲"の誘導雷撃……電話で言ってたのはきっとこれのことだよ。蓮くんの考えてたことはあらかじめ対策されてるってわけ」


 蓮は鞭だったものと自分の右手を見比べて、ぱくぱくと口をわななかせていた。

 だが、そんなこともすぐにできなくなる。彼らを取り巻く砂嵐がさらに濃くなり、まるで生き物のように殺到してきたのだ。


「わぷっ……ああもう、今度はなんだよっ!」


「ハンカチを口に当てろ! 肺が砂だらけになるぞ!」


 武内の号令を受け、全員が口を塞ぐ。とはいえ、それが気休めに過ぎないということは皆が分かっていた。

 目、耳、鼻、果ては尻の穴まで。砂はわずかな隙間を探してあちこちを飛び回り、彼らの命を脅かそうとする。

 正確には、猛以外の全員を。


「……いいのかい? 僕はフリーだよ?」


三貴士(さんきし)は生きたまま捕らえよとの命令である。慈悲深き主に感謝するがよいぞ」


「自分を乗っ取ろうとしてる奴に感謝だって? 現神はジョークのセンスも最悪だね。リョウのギャグの方がまだ笑える」


「その身をもって神に奉仕することができるのだぞ。素晴らしきことではないか」


「話にならないね」


 舐められている。王の器だか何だか知らないが、自分を放置しても十分勝利できるとこいつは考えている。

 その事実が猛の逆鱗に触れた。


「はっきり言わせてもらうとさ、こういう特別扱いは大嫌いなんだよね……!」


 道路脇の水路から水龍を呼び出し、仲間たちの頭上で破裂させた。

 流れ落ちる水はひとまず砂を洗い流し、一呼吸分のインターバルを与えることに成功した。


「無駄なことを。処刑台の上であがく囚人など見苦しいものでしかないぞ」


「なら、その囚人が短剣を隠し持っていることも知るべきだよ」


 みたび水龍が鎌首をもたげる。

 周辺区域の水を残らず集めた特別製。多少の砂では吸収しきれないし、数トン単位の大質量は砂の鎧ごと本体を打ち砕くはずだ。


「会長、合わせてください!」


「心得た」


 腕を突き出し、人差し指でハニヤスビコを射止める。

 水龍が突撃した瞬間、武内も別ルートで回り込んでいた。

 生徒会の二本柱による同時攻撃。猛たちに可能な最大の一撃。

 ……しかし、それすらも現神には届かない。


「タケミカヅチ、そなたの出番である」


 何の感慨もなく、ハニヤスビコがその名を呼んだ。

 それだけで全てが終わった。

 けたたましい音が空気を揺るがし、破壊的な光が大地に突き刺さる。

 それは水龍を串刺しにすると、肉の焼けるような音を響かせ──完全に蒸発させた。

 驚く間もなく、さらに雷撃。今度は孤立した武内に向けて。


「……っ!?」


「暁ちゃん!」


 とっさに転移を発動させる門倉。一瞬の機転が幸いし、武内の体がこちらに戻ってきた。


「ふう、危なかった。どうにか引き分けってところかしら」


「ひいき目に見ればな。(オレ)たちが劣勢であることに変わりはない」


「もうちょっと部下を元気付けるような発言はできないわけ?」


「空々しい激励など性に合わん」


 夫婦喧嘩を聞き流しながら、猛は密かに悔しがっていた。

 今のは確実にいけると思った。威力は十分だし、攻撃のタイミングも完璧だった。

 それでも足りないということは、自分には何かが欠けているのだろう。そして、その"足りないもの"に気付かない限り現状を打破することはできない。

 だが、攻めあぐねているのは相手も同じ。

 砂の攻撃は直接的なダメージを与えるものではなく、強力な雷撃も捕獲対象(たける)が近くにいればおいそれとは使えない。

 お互いに決定打を持たず、戦いは長期戦になる……猛がそう判断した時。


(らち)が明かぬな。しからば、ここは一つ取引といこうではないか」


 ハニヤスビコが唐突にそう言い始めた。

 武内は疑わし気な目をすると、


「笑止。現神の話を真に受けるほど愚かではないぞ」


「それこそ愚かな選択よ。現神の時は銀より尊い。我より劣った存在とじゃれ合う時間は少なければ少ないほど良いのだ」


「言ってくれる。では、どのような戯言を口にする気だ?」


 ハニヤスビコはこれまでと同じ調子で、


「これから町中の人間どもを皆殺しにする。止めてほしくば自害せよ」


6/24 セリフを一部修正。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ