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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第六章 三者の重なる場所に
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第十二話 暗雲

 桜井市の東、平野と山間部の境目にそびえるなだらかな山。それが三輪山(みわやま)である。

 この山は大和王朝の草創期より人々の崇敬を集めており、山中に建てられた社には実に多種多様な神々が(まつ)られている。

 言うなれば神力の集う地。神の異能を分け与え、人に新たな進化を促す場所としてこれほど相応しいところはないだろう。


「だからこそ、現神(うつつがみ)が三輪山を根城にしている可能性は高い、か」


 明は木津池の言葉を反芻(はんすう)し、今一度進行方向に目を向ける。

 学園での合同会議を終え、現在時刻は午前二時。助手席から見える景色は闇と黒雲、あとはヘッドライトに照らされたアスファルトぐらいのものだ。

 夜はますます深みを増し、のしかかるような雲が空全体を塗り潰している。

 いつにも増して気の滅入るような夜。しかし、夜襲を仕掛けるには絶好のシチュエーションでもある。


「おい夜渚。一応確認しておくが、本当にお前たちと生徒会だけで行くつもりなんだな?」


 赤信号に捕まった車が停止し、ハンドルに肘を置いた毘比野(ひびの)がこちらを向く。


「俺だって刑事の端くれだ。危ない橋を渡れば拳銃の一丁や二丁持ち出すことはできる。なんなら全部暴露して自衛隊を派遣してもらうって手もあるんだぞ」


「気持ちはありがたいが、ただの人間が武装したところで現神には太刀打ちできん。第一、ゴシップにも劣る怪情報では自衛隊を動かすことなどできないだろう」


「それはそうなんだが……」


 口ごもるように言ってから、苛立たしげにハンドルを叩く。


「ああクソ、何から何までガキ任せって状況が気にいらねえ! この事件はいつもこればっかりだ!」


「そう気に病むな。こうして車を出してくれただけでもありがたいと思っている」


「変に気を回すんじゃねえよ。余計情けない気分になるだろうが」


「めんどくさい中年だな」


「大人ってのはちっぽけなプライドを燃料にして馬車馬のごとく働く生き物なんだよ。そうでもしなきゃやってられねえことが多すぎるからな」


「なら俺と変わらん」


「じゃあお前さんもゆくゆくはめんどくさい親父になるってことだ。いや、もうなってるのかもしれねえな?」


 皮肉ったらしい忍び笑いと共に車が動き出す。

 幹線道路を横道に逸れ、古民家ひしめく住宅街を東に。そのまま進めば数分ほどで大神神社(おおみわじんじゃ)の大鳥居が見えてくるはずだ。

 鳥居の先には土産物屋の立ち並ぶ通りがあり、そこから神社を挟んだ向こう側に目的地の三輪山があるらしい。


(三輪山に到着したら、後は遺跡の入り口を探すだけだ。……いよいよだな)


 決戦を前にして、明の心は静かに沸き立っていた。

 これまでのような遭遇戦とは違う。重要拠点の制圧を目的とした大規模な戦闘だ。

 敵の抵抗は今までになく激しいものとなるだろう。あるいは、この戦いで全ての決着がつくのかもしれない。

 たかぶる気持ちを抑え、大きく脈打つ心臓を落ち着かせる。

 そんな時、胸元から着信音が聞こえてきた。

 着信元はクロエだ。彼女は木津池と共に学園で待機しながら、ヤタガラスで三輪山周辺の偵察を行っているのだ。

 例のメリーさんでも木津池の毒電波でもない普通の着信になぜか安堵を覚えつつ、明は電話を取った。


「クロエか。こうして電話してくるということは、何か見つけたのか?」


『ええそうです。これだけ外が暗いと何も見えないという歴史的発見をしてしまいました。褒めてもいいですよ?』


「後でいい子いい子してやろう。惚れても構わんぞ?」


『そういえばカラスって光る物が大好きなんですよ。夜道で目玉をほじくられないよう気を付けてくださいね』


 電話口のクロエはかなり不機嫌だった。先のチーム戦から大した休息も無しにこき使われていることが相当こたえているようだ。


「生徒会の車はどうなっている? さっきまで後ろを着いてきていたはずだが」


 窓に顔を寄せ、ミラー越しに背後を見る。

 毘比野の車に乗っているのは明と望美、黒鉄に倶久理。それに加えて斗貴子の合計五名だ。武内率いる生徒会組は別の車に乗っている。


『ここからは徒歩で行くみたいです。あっちは運転手が武内家のお手伝いさんですから、あまり危険な目には遭わせられないですし』


「……そうだな。三輪山に近付けば近付くほど、現神に見つかる危険性は大きくなる」


 明は少し窓を開け、車の外に顔を出した。

 途端、気流が渦巻き、車内に湿った風を送り込んでくる。

 地上はまだ落ち着いているが、空の上では唸り声のような雷鳴が轟いていた。


『そちらのコンディションはどうですか? 心臓に毛の生えてる方も多そうですけど、万が一にも臆病風に吹かれたりしてませんよね?』


「自分で聞いてみろ。そうすればすぐに分かる」


 明はスマートフォンを耳から離し、後部座席に向けた。


「おいオッサン、もっかいコンビニ寄ってくれよ。もう菓子がなくなっちまった」


「我慢しろクソガキ。遠足に行くんじゃねえんだぞ」


「あ、それじゃあ私シュークリームがいいです。生地がパリッとしてるやつでお願いしまぁす♪」


「キャバ嬢みたいにしなを作っても無駄だぞ嬢ちゃん。大体だな、その年頃から男に甘える術を磨いてどうする?」


「あの……この座席、なんだか固くありませんこと? 前に乗った時はもう少し座り心地が良かったような……」


「前の車はお前らのせいで廃車になったんだよ! いちいち贅沢抜かすんじゃねえー!」


 明は真顔で電話に戻り、


「士気は高いな?」


『危機意識が欠如しているということは理解しました。まあ、それも戦いが始まればどうなるのか分かりませんが』


「ドライな分析だな。そこまで俺たちが信用できないか?」


『常に最悪を想定しているだけです。見込みの甘さは取り返しのつかない失敗を招きますから』


「それは人間関係に関することか?」


『ノーコメントです』


 機械のように事務的な声。明は一瞬口を閉じてから「そうか」と返し、


「少し踏み込み過ぎたことは謝罪しておく。すまなかった」


『別に、謝罪されるようなことは何もありませんよ』


 気まずい沈黙。

 後部座席の喧騒がどこか遠い出来事のように感じる。

 明は空気を変えようとして、しかし先んじて声をあげたのはクロエだった。


『……ちょっと待ってください。何か来ます』


「何かだと? 具体的にどんなものが近付いてくるんだ?」


 クロエはすぐに答えなかった。

 電話口の向こうで息を吸う音が聞こえ、前方にヤタガラスらしき鳥の翼が見えた。

 それからほんの数秒後。

 闇の奥に見えたもやのようなものが、ヤタガラスを吹き飛ばした。


『きゃ……!』


 クロエの悲鳴が聞こえたが、もはやそれに構っている暇は無くなった。

 カラスを攻撃した茶色の"何か"は勢いを増しながら前進し、ほどなく車を飲み込む。

 その正体は、砂だ。

 きめの細かい砂の粒子が螺旋状の渦となり、大きな砂嵐を形成しているのだ。


「ちっ……! 三輪山までまだ距離があるってのに、もうおいでなすったのかよ!」


 咳き込みながら毘比野が叫ぶ。

 彼は吹き付ける砂を片手で防ぎ、急いで窓を閉めようとして……しかし、明はそれを押し止めた。

 この砂は確かに敵の攻撃だ。放っておけば自分たちに害をなすことはまず間違いない。

 だが、今は窓を閉めることより優先すべきことがある。

 なぜなら、敵は一人ではないのだから。


「すぐに車から降りるぞ! ここは危険だ!」


「はぁ!? 馬っ鹿かてめえ!? どう見ても外の方が危険だろうが!」


 砂を吐きつつ反論する黒鉄。しかし明は構わず行動に移っていた。

 風圧で押さえ付けられた扉を乱暴に蹴り開け、砂嵐の真っただ中にダイブする。

 その刹那、車内に向かって大声を出した。


「現神の反応は一つではない! 三つだ! しかもそのうち一つは──」


 言い終わらないうちに、空が激しく瞬いた。

 次に光が、遅れて音が落ちてくる。

 最後に爆発が起きた。


「あぁ……またかよ、畜生め」


 呆然としたような毘比野の声が聞こえる。

 振り返った明が見たのは、落雷によって黒焦げになり、骨組みだけとなった車の残骸だった。



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