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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第六章 三者の重なる場所に
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第十話 電気の伝奇・中

「荒神創成の秘法について、武内(たけうち)宿禰(すくね)はわずかな情報しか残していない。だが、現神(うつつがみ)の成り立ちを考えればおおまかな予測を立てることはできる」


 武内は懐に手を入れると石ころのようなものを取り出した。

 割れ物を扱うような慎重さでつまみ上げ、その先を目元に寄せる。丸みを帯びた緑の玉は、明たちが何度も見てきたものだった。


「現神の核となる臓器。理を捻じ曲げ、物理法則を覆す"異能"の源泉。そして奴らが神たる証。……ヤサカニだ」


 彫りの深い相貌がヤサカニを射抜く。ちっぽけな欠片に秘められた凄まじい可能性を恐れるように。


「ヤサカニから抽出したDNA──荒神因子を人間に移植し、電磁放射によって結合状態を定着させる。力は劣るが、一から細胞を作り出す必要がないため製造コストは軽い。粗製(そせい)の神とはよく言ったものだ」


「で、そのために作られたのが耳成山(みみなしやま)を初めとする振動発電所ってわけ」


 話の合間に割り込むように、木津池(きずち)が補足を入れた。

 その一言で、無作為に散らばっていた点と点が一本の線に繋がっていく。

 祭壇は施術台。天井から垂れ下がる逆向きの柱は、蓄えた電気を電磁波として照射する装置。いうなればミニチュア版天之御柱(アメノミハシラ)だ。

 ならば石棺に封じられた八十神(やそがみ)は、やはり。


「粗製乱造が祟ったのか、実験は失敗することも多かったようだ。ある者は暴走した荒神因子に生命力を食い尽くされ、またある者は電磁波の照射ミスでDNAを破壊された。

 ただ……ごく一部の失敗作は理性と引き換えに現神に準ずる力と寿命を得ることができた。それがあの包帯人間ども、八十神なのだ」


「俗説によると、白い布はスカラー波と呼ばれる特殊な電磁波を防ぐことができるらしい。高天原(たかまがはら)の人々にとって、あの衣装は"八十神の病状がこれ以上悪化しないように"って願いが込められていたんだよ」


「使い勝手のいい兵隊を長持ちさせたかっただけかもしれぬがな」


「ブードゥーの伝承にある正しい意味での操り人形(ゾンビー)ですわね。……少しだけ、かわいそうに思いますわ」


 彼らの平穏を祈るように両手を組む倶久理(くくり)。わずかにうつむき、目を閉じようとして、


「……ですが、高天原の人々はなぜ現神から荒神へと方針転換したのでしょう? 神の数を増やすことが目的なら、両者を並行して進めればいいと思うのですが……」


(オレ)も詳細は知らぬが、おそらく現神を生み出せなくなるような何かがあったのだろう。遺跡にある壁画を見れば、実験施設に何らかの異常が起きたことは想像がつく」


 壁画は荒神誕生の経緯を表している……明は木津池の発言を思い出していた。

 天香久山(あまのかぐやま)では柱の周りで踊る男女が描かれていた。これまでの情報から推察するに、これはイザナミとイザナギの神産みを意味するものだろう。

 二枚目、畝傍山(うねびやま)ではイザナミの死が描かれていた。事故か事件か、とにかく電磁ユニットが使い物にならなくなったということのようだ。

 そして三枚目、耳成山の壁画には荒神と現神の交流が描かれている。

 これらを総合すると、荒神は頓挫した現神計画の代替品として生み出され、ゆくゆくは現神の跡を継ぐ予定だったと考えることができる。


「つまり荒神も現神も八十神もみな親戚のような関係だったのか。ぞっとしない事実だが、まあ理解はできた」


 この世界には神も悪魔も存在しない。それを見いだすのは人間の心。

 自分たちが戦っていた相手は、どこまでもヒトだったのだ。


「だが、そうなるとますます疑問だな。これほどの力を持ちながら、なぜ現神は封じられてしまったんだ?」


 高天原の軍事力は圧倒的だ。頂点たる現神を筆頭に数多の荒神と八十神を従え、そのうえ高度な科学力で武装している。

 以前は革命が起きたのではないかと思っていたが、ここまで力の差があるなら反乱など指先一つで鎮圧できるはずだ。

 そもそも、現神を排することでいったい誰が得をするというのか? 彼らはそこまで民の不満を買うような政治をしていたのだろうか?

 沸いた疑問を武内に向けると、彼は難しい顔で口を動かした。


「現神を封印したのは武内宿禰と荒神どもだ。彼らはある時一斉に蜂起して、わずか数日で高天原を制圧した」


「荒神が? 確かに、荒神が徒党を組めば現神に抗することもできるだろうが……」


「伝承によると、国内にいた全ての荒神が戦いに参加したらしい」


「それこそどうして、だ。武内宿禰はそれほどまでに優秀な煽動者(アジテーター)だったのか? それとも、荒神たちの心が一つになるような出来事でもあったのか?」


「分からぬ。古文書には"現神が乱心した結果"とだけ書かれていた」


 そう言って武内は顔を歪めた。嘘や誤魔化しではなく、本当に知らないのだろう。

 しかし、直後に何か思いついたように顔を上げ、木津池に探るような視線を向けた。


「木津池といったな。もしやとは思うが……貴様は知っているのか?」


「自信は九割ってところかな? 会長さんが今から言う質問に答えてくれれば十割になるんだけどねえ」


「言ってみろ。ただし、ふざけた問いであれば明日の日の出は拝めぬものと思え」


「は、はひっ!」


 木津池の顔からにやけ笑いが消える。

 彼は身震いしながら背筋を正すと、やや緊張した面持ちで口を開いた。


「俺が聞きたいことは一つだけだよ。荒神は……溶けるのかい?」


 木津池の問いは奇妙なものだった。

 武内だけでなく、その場にいた全員が意味を理解できずに戸惑っていた。


「貴様の考えはまるで読めぬが……八十神のように死体が溶けるか否かという話か?」


「そう。俺はそれが知りたかったんだ。こういうのって実際に確かめるわけにもいかないからさ」


「武内家は代々幾人かの荒神を従えていたが、そんな話は聞いたことがないし古文書にも書かれていない。それが何だというのだ?」


 それを聞いた瞬間、木津池の表情がぱっと輝いた。

 まるで初日の出を目にしたかのように晴れやかな笑顔。ともすれば「エウレーカ!」とでも叫びそうだ。


「そうかそうかそうだよねえ! そう来るだろうと思ってたんだ俺は!」


「おいカルト野郎、自分だけ納得してねえで俺たちにも分かるようにお・し・え・ろ・や」


 黒鉄が苛立ちついでにテーブルをつつく。

 木津池はその場でくるりと回って、黒鉄にびしっと指を向けた。


「それじゃあリクエストにお応えして、黒鉄くんに問題! 八十神の死体が溶けるのはどうしてでしょう?」


「は? いや知るかよ」


「答えは簡単、八十神は不完全な生物だから!」


 木津池は解答者を放置して、自分の言いたいことだけをまくしたてる。


「無茶な実験のせいで彼らの体組織は不安定なんだ。生きてる間は体内を流れる生体電流がくさび止めの役目を果たしてくれるけど、死ねば当然生体電流も消えてしまう。

 そうすると細胞同士の繋がりがあっという間に断たれて、(ひも)の切れたビーズみたいに体が崩れ落ちる。それが"溶ける"という現象の正体なのさ」


「オタク先輩、その理論はちょっと矛盾してませんか? 溶けるのは八十神だけじゃないと思うんですけど」


 そこでクロエが口を出した。あまり積極的に発言しないはずの彼女が声をあげたのは、それだけ木津池の言葉に引っ掛かりを感じたからだろう。

 確かに、この仮説には大きな穴がある。

 不完全な肉体を持つ八十神が溶けるのなら、同じく溶ける現神もまた不完全ということに──


「……おい木津池、お前」


 そこまで考えた時、明はようやく木津池の言わんとすることに辿り着いた。


「もう分かるでしょ? 現神は不完全なんだよ。少なくとも彼らが期待したほどのレベルには至れなかった。

 だからこそ彼らは小ぶりながらも安定した荒神を羨み、より高次の存在になるべく研究にのめり込んでいった。

 その到達点が新たな神代計画であり、荒神たちの反乱を引き起こした最大のきっかけ──荒神狩りなんだ」


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