第十二話 覚悟の決闘
望美視点。
難しく考えすぎだと、よく言われる。
頑固極まりないとも、よく言われる。
何考えてるのか分からないとまで、言われたこともある。総合すると支離滅裂だ。
どれも微妙に外れているような気がするし、全部当たっているような気もする。そういう意味では、星占いに似ている。
しかし、自分の中では筋が通っているのだから、特に不都合は無い。
だから望美は、今度も自らの思いに従うことにした。
「だらっしゃあああ!」
とどろく雄たけび。振り下ろされる石刀。
大上段の縦斬りを、明が躱す。かろうじて。
「安心したぜ。一撃で終わっちゃつまんねえもんなぁ!」
斜め軌道の切り返し。
地面を転がり、距離を取る明。だが、黒鉄は追撃の手を休めない。
「おらおらぁ! どんどん行くぜぇ!」
「いちいちうるさい奴だ。大声を出さないと戦えんのか」
「偉そうな口は勝ってから叩けってえの!」
「言われずとも……!」
戦いは一方的ではないにしても、一貫して黒鉄のペースで進んでいた。
特筆すべきは、やはりあの石刀。
刃渡りは一メートルをゆうに超え、刀身はとてつもなく鋭利。これに比べれば、怪人たちの得物など子供のおもちゃだ。
それだけではない。十数キロはありそうな石刀を、黒鉄は手足のように使いこなしている。
素養か、研鑽か、それとも"そういう能力"なのか。
どちらにしても、望美はこのまま黙って見ているつもりは無かった。
(夜渚くんはああ言ったけど……さすがにこれは、ジリ貧)
望美は、明の強さに一定の評価を置いている。
ほんの一瞬だったが、怪人との戦闘で見せた攻撃は見事なものだった。
虚を突いて接近し、一撃でノックダウンさせる。霧のせいで詳しい動きを見逃してしまったことが、かえすがえすも残念だった。
空手か合気道だと推測するが、そうした技術はすべからく、懐に入らなければ使えない。そして、刀のリーチがそれを許さない。
剣道三倍段という言葉もある。素手の人間と武器を持った人間では、それほどのハンデキャップがあるのだ。
(なんとかして、隙を作らないと……)
地面に目をやり、手ごろな石を探す。
いくつか拾って、お手玉のように放り上げた。
石ころは淡い光を帯びて、彼女の周囲を浮遊。もはや動くも止めるも思いのままだ。
これが望美の力。半径数メートル以内の物体を、自由自在に操ることができる。
念動力、と明は言っていた。
正鵠を得た表現だと思う。いつも考えてばかりの自分にふさわしい。
(夜渚くん、さっきよりは冷静な顔してる。これならたぶん、勢い余ってやり過ぎることは無い、はず)
相手を打ち倒すためではなく、止めるための戦い。なればこそ、望美も全力で明に肩入れできる。
石に意識を集中させて、撃ち出す力を溜めていく。
力を込めすぎてはいけない。相手に怪我をさせぬよう、さりとて戦意を挫けるほどに。
喧嘩は嫌いだ。傷つけた分だけ心が痛む。
それでもやらねばならない時は──せめて迷わず、全身全霊で。
あの怪人たちと違って、黒鉄は人間だ。話せば分かると信じたい。
その間、戦いは新たな展開を見せ始めていた。
「おらぁっ!」
地を這いながら逃げ回る明。その背中に黒鉄が迫る。
両手で握り、力を込めての打ち下ろし。明は瞬間、開脚した。
足の間に斬撃が落ちる。刀の先が地面を削り、土の破片を爆散させた。
「ちょこまかと……だが、ラッキーは何度も続かねえぞ!」
「ラッキーではなく、意図してやったことだ。……こうするためにな!」
明は相手が刀を引くより早く、足先を閉じた。革靴の横面が刀の腹を挟む。
「あっ、てめえ!」
「こいつは没収だ。お互いフェアにいこうじゃないか」
片手を軸に、体を横回転。
風車のように回って石刀を奪い、そのまま遠くに弾き飛ばした。
「クソがっ……!」
反転攻勢。起き上がりざまに駆け出す明。
黒鉄は急いで後退しようとして、足をもつれさせた。
「やべっ──」
したたかに腰を打ち、足元の岩肌に手をつく黒鉄。
しかし、明が近づいてきた、その瞬間。
「……なんつってな」
黒鉄の両手が赤く染まり、手元の岩を溶かす。
赤熱した岩肌はその場で変形し、何本もの刀が針山さながらに地面を埋め尽くした。
明は急ブレーキで串刺しを回避。が、黒鉄はその隙に体勢を立て直していた。
「その刀、石さえあればいくらでも量産できるというわけか……!」
「石だけじゃないぜえ。鉄でも銅でもコンクリートでも、硬え物なら大概使えて、俺の武器になる!」
主導権は再び黒鉄に。
刀を手にした黒鉄が、逃げる明を追う。伴うは勝者の笑み。
「マジたまんねえな。ゲームでも何でも、最っ強の力で雑魚を蹴散らす瞬間が一番面白え!」
酔いしれるままに一太刀。全能感に満たされ、息が弾む。
「強えってのはいいことだよなぁ! いけすかねえ奴らを片っ端からぶっ飛ばしても許される! 今までグジグジ我慢してたのが馬鹿みてえだぜ!」
風をうならせもう一太刀。近くにあった樫の木が、太い幹ごと切断された。
他の木々を巻き込んで倒れていく樹木。
しかし、その様を見つめる明に、臆した素振りは無かった。
「勘違いするな。お前は強くなどない」
「……ああ?」
侮蔑でも負け惜しみでもない、一言。発した言葉が黒鉄を止めた。
「確かにお前の戦闘技術には目を見張るものがある。その特殊な能力も、多くの人間にとっては脅威だろう。……だが、そんなものは、お前自身の強さとは何の関係も無い」
逃げの一手を打っていた明が、ゆっくりと振り向いた。
「強い者はみだりに力をひけらかさない。刀は鞘に収めるもの。常に抜き身で振りかざすのは、すなわち怯えの裏返しだ」
「……俺が、何に、ビビってるって?」
「その答えはお前にしか分からん。だが、一つだけ言わせてもらう」
構えて前進。踏まれた落ち葉が潮騒のように歌う。
「黒鉄、お前は力に振り回されているだけだ。──真の強者とは、痛みの意味を知る者だ」
「アホくせえ、てめえがそうだってのかよ!」
「まさか。俺など、まだまだガキのままだ……」
「だったらガキらしくおねんねさせてやらぁ!」
黒鉄が走り来る。明は岩肌の近くを避け、柔らかい腐葉土に軸足を乗せた。
両者の激突まで、もう時間は残されていない。
「……………………」
望美は動かなかった。
攻撃準備はとうに完了している。彼女が命を下せば、全ての石が一斉に黒鉄を襲うだろう。
そうしないのには、理由があった。
(さっきの「下がってろ」って言葉……もしかして、私を気遣ってくれてた?)
真の強者は痛みの意味を知る──明がそう言った時、まるで、自分の心を、痛みを見透かされているかのような気分になった。
望美が怪人たちを弔おうとした時も、彼は黙ってこちらの想いを汲んでくれた。
もしも明が、望美の気持ちを慮り、そのうえで「ここは俺に任せろ」と主張しているのだとしたら。
(手を出すのは、無粋……なのかも)
戦いの前に、明は自分を信じろと言った。
だから、望美はもう少しだけ、こらえることにした。
まばたきすらせず、二人の決着を見届ける。
あちらでは、黒鉄が最後の踏み込みに入ったところだった。
「どおりゃあああああああああっ!」
水平低く、横向きに。居合のような構え。
迎え撃つ明は、前進も後退もしなかった。
その場で大きく足を振り下ろす。ただそれだけ。
ただそれだけで、黒鉄がよろめいた。
「なっ……こんな時に、地震かよっ!?」
わけの分からないことを口走り、盛大にバランスを崩した。
地震など起きていないというのに、彼は何を言っているのだろうか。
望美が首を傾げたその時、明が口を開いた。
「言い忘れていたが……妙ちきりんな能力を持っているのはお前だけじゃない」
言いながら、前のめりになった黒鉄の腹に手を添えた。
望美が「まさか」と思った、直後。
「覚えておくといい。俺の力は、対象を"揺らす"」
黒鉄の姿が、二重三重に分身した。少なくとも望美にはそう見えた。
「ぐ、があっ……!!」
黒鉄が崩れ落ちていく。
倒れた彼は、荒く息をついて……石刀を取り落とした。
勝利した明が、敗北した黒鉄を見下ろす。
「まあ……実のところ、それ以外のことはさっぱり分からないんだがな。己を知らんのは、俺も同じだ」
浮かべる笑みは、嘲笑ではなく自嘲だった。