表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/231

第十二話 覚悟の決闘

望美視点。

 難しく考えすぎだと、よく言われる。

 頑固極まりないとも、よく言われる。

 何考えてるのか分からないとまで、言われたこともある。総合すると支離滅裂だ。

 どれも微妙に外れているような気がするし、全部当たっているような気もする。そういう意味では、星占いに似ている。

 しかし、自分の中では筋が通っているのだから、特に不都合は無い。

 だから望美は、今度も自らの思いに従うことにした。


「だらっしゃあああ!」


 とどろく雄たけび。振り下ろされる石刀。

 大上段の縦斬りを、明が(かわ)す。かろうじて。


「安心したぜ。一撃で終わっちゃつまんねえもんなぁ!」


 斜め軌道の切り返し。

 地面を転がり、距離を取る明。だが、黒鉄(くろがね)は追撃の手を休めない。


「おらおらぁ! どんどん行くぜぇ!」


「いちいちうるさい奴だ。大声を出さないと戦えんのか」


「偉そうな口は勝ってから叩けってえの!」


「言われずとも……!」


 戦いは一方的ではないにしても、一貫して黒鉄のペースで進んでいた。

 特筆すべきは、やはりあの石刀。

 刃渡りは一メートルをゆうに超え、刀身はとてつもなく鋭利。これに比べれば、怪人たちの得物など子供のおもちゃだ。

 それだけではない。十数キロはありそうな石刀を、黒鉄は手足のように使いこなしている。

 素養か、研鑽か、それとも"そういう能力"なのか。

 どちらにしても、望美はこのまま黙って見ているつもりは無かった。


夜渚(よなぎ)くんはああ言ったけど……さすがにこれは、ジリ貧)


 望美は、明の強さに一定の評価を置いている。

 ほんの一瞬だったが、怪人との戦闘で見せた攻撃は見事なものだった。

 虚を突いて接近し、一撃でノックダウンさせる。霧のせいで詳しい動きを見逃してしまったことが、かえすがえすも残念だった。

 空手か合気道だと推測するが、そうした技術はすべからく、懐に入らなければ使えない。そして、刀のリーチがそれを許さない。

 剣道三倍段という言葉もある。素手の人間と武器を持った人間では、それほどのハンデキャップがあるのだ。


(なんとかして、隙を作らないと……)


 地面に目をやり、手ごろな石を探す。

 いくつか拾って、お手玉のように放り上げた。

 石ころは淡い光を帯びて、彼女の周囲を浮遊。もはや動くも止めるも思いのままだ。

 これが望美の力。半径数メートル以内の物体を、自由自在に操ることができる。

 念動力、と明は言っていた。

 正鵠(せいこく)を得た表現だと思う。いつも考えてばかりの自分にふさわしい。


(夜渚くん、さっきよりは冷静な顔してる。これならたぶん、勢い余ってやり過ぎることは無い、はず)


 相手を打ち倒すためではなく、止めるための戦い。なればこそ、望美も全力で明に肩入れできる。

 石に意識を集中させて、撃ち出す力を溜めていく。

 力を込めすぎてはいけない。相手に怪我をさせぬよう、さりとて戦意を挫けるほどに。

 喧嘩は嫌いだ。傷つけた分だけ心が痛む。

 それでもやらねばならない時は──せめて迷わず、全身全霊で。

 あの怪人たちと違って、黒鉄は人間だ。話せば分かると信じたい。

 その間、戦いは新たな展開を見せ始めていた。


「おらぁっ!」


 地を這いながら逃げ回る明。その背中に黒鉄が迫る。

 両手で握り、力を込めての打ち下ろし。明は瞬間、開脚した。

 足の間に斬撃が落ちる。刀の先が地面を削り、土の破片を爆散させた。


「ちょこまかと……だが、ラッキーは何度も続かねえぞ!」


「ラッキーではなく、意図してやったことだ。……こうするためにな!」


 明は相手が刀を引くより早く、足先を閉じた。革靴の横面(よこつら)が刀の腹を挟む。


「あっ、てめえ!」


「こいつは没収だ。お互いフェアにいこうじゃないか」


 片手を軸に、体を横回転。

 風車のように回って石刀を奪い、そのまま遠くに弾き飛ばした。


「クソがっ……!」


 反転攻勢。起き上がりざまに駆け出す明。

 黒鉄は急いで後退しようとして、足をもつれさせた。


「やべっ──」


 したたかに腰を打ち、足元の岩肌に手をつく(・・・・・・・)黒鉄。

 しかし、明が近づいてきた、その瞬間。


「……なんつってな」


 黒鉄の両手が赤く染まり、手元の岩を溶かす。

 赤熱した岩肌はその場で変形し、何本もの刀が針山さながらに地面を埋め尽くした。

 明は急ブレーキで串刺しを回避。が、黒鉄はその隙に体勢を立て直していた。


「その刀、石さえあればいくらでも量産できるというわけか……!」


「石だけじゃないぜえ。鉄でも銅でもコンクリートでも、硬え物なら大概使えて、俺の武器になる!」


 主導権は再び黒鉄に。

 刀を手にした黒鉄が、逃げる明を追う。伴うは勝者の笑み。


「マジたまんねえな。ゲームでも何でも、最っ強の力で雑魚を蹴散らす瞬間が一番面白え!」


 酔いしれるままに一太刀。全能感に満たされ、息が弾む。


「強えってのはいいことだよなぁ! いけすかねえ奴らを片っ端からぶっ飛ばしても許される! 今までグジグジ我慢してたのが馬鹿みてえだぜ!」


 風をうならせもう一太刀。近くにあった樫の木が、太い幹ごと切断された。

 他の木々を巻き込んで倒れていく樹木。

 しかし、その様を見つめる明に、臆した素振りは無かった。


「勘違いするな。お前は強くなどない」


「……ああ?」


 侮蔑でも負け惜しみでもない、一言。発した言葉が黒鉄を止めた。


「確かにお前の戦闘技術には目を見張るものがある。その特殊な能力も、多くの人間にとっては脅威だろう。……だが、そんなものは、お前自身の強さとは何の関係も無い」


 逃げの一手を打っていた明が、ゆっくりと振り向いた。


「強い者はみだりに力をひけらかさない。刀は鞘に収めるもの。常に抜き身で振りかざすのは、すなわち怯えの裏返しだ」


「……俺が、何に、ビビってるって?」


「その答えはお前にしか分からん。だが、一つだけ言わせてもらう」


 構えて前進。踏まれた落ち葉が潮騒(しおさい)のように歌う。


「黒鉄、お前は力に振り回されているだけだ。──真の強者とは、痛みの意味を知る者だ」


「アホくせえ、てめえがそうだってのかよ!」


「まさか。俺など、まだまだガキのままだ……」


「だったらガキらしくおねんねさせてやらぁ!」


 黒鉄が走り来る。明は岩肌の近くを避け、柔らかい腐葉土に軸足を乗せた。

 両者の激突まで、もう時間は残されていない。


「……………………」


 望美は動かなかった。

 攻撃準備はとうに完了している。彼女が命を下せば、全ての石が一斉に黒鉄を襲うだろう。

 そうしないのには、理由があった。


(さっきの「下がってろ」って言葉……もしかして、私を気遣ってくれてた?)


 真の強者は痛みの意味を知る──明がそう言った時、まるで、自分の心を、痛みを見透かされているかのような気分になった。

 望美が怪人たちを弔おうとした時も、彼は黙ってこちらの想いを汲んでくれた。

 もしも明が、望美の気持ちを慮り、そのうえで「ここは俺に任せろ」と主張しているのだとしたら。


(手を出すのは、無粋……なのかも)


 戦いの前に、明は自分を信じろと言った。

 だから、望美はもう少しだけ、こらえることにした。

 まばたきすらせず、二人の決着を見届ける。

 あちらでは、黒鉄が最後の踏み込みに入ったところだった。


「どおりゃあああああああああっ!」


 水平低く、横向きに。居合のような構え。

 迎え撃つ明は、前進も後退もしなかった。

 その場で大きく足を振り下ろす。ただそれだけ。

 ただそれだけで、黒鉄がよろめいた。


「なっ……こんな時に、地震かよっ!?」


 わけの分からないことを口走り、盛大にバランスを崩した。

 地震など起きていないというのに、彼は何を言っているのだろうか。

 望美が首を傾げたその時、明が口を開いた。


「言い忘れていたが……妙ちきりんな能力を持っているのはお前だけじゃない」


 言いながら、前のめりになった黒鉄の腹に手を添えた。

 望美が「まさか」と思った、直後。


「覚えておくといい。俺の力は、対象を"揺らす"」


 黒鉄の姿が、二重三重に分身した。少なくとも望美にはそう見えた。


「ぐ、があっ……!!」


 黒鉄が崩れ落ちていく。

 倒れた彼は、荒く息をついて……石刀を取り落とした。

 勝利した明が、敗北した黒鉄を見下ろす。


「まあ……実のところ、それ以外のことはさっぱり分からないんだがな。己を知らんのは、俺も同じだ」


 浮かべる笑みは、嘲笑ではなく自嘲だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ