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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第六章 三者の重なる場所に
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第六話 ナガスネヒコの逆襲

 時間は数分ほど遡り、舞台は第三の戦場。

 南館西部、うら寂れた屋上に門倉は立っていた。

 後ろにはクロエがいる。少女たちは背中合わせになりながら、互いに両手を握り合っていた。

 傍目(はため)には友人同士のいけないスキンシップに見えるのかもね、と門倉は心中で苦笑する。

 実際はむしろ逆だというのに、と考え、また苦笑。

 だが、この体勢は決しておふざけではないし、ましてや自分の趣味嗜好でもない。

 その理由とはクロエだ。彼女の能力にはもう一つの使い方があり、それは他人に触れることで効果を発揮するものなのだ。


「来ました。今度は夜渚先輩です」


 頭の後ろでクロエの声が響く。


「ん」


 門倉は応答ともいえない短い音を返しつつ目を閉じた。

 (まぶた)の裏に見えるのは暗闇ではなく、映像だ。

 ぼやけた視界に浮かび上がる青白い箱。それは星空に照らし出された高臣(たかとみ)学園の校舎だった。

 映像は上空から俯瞰(ふかん)しているもの……いわば、鳥の視点だ。隅の方には南館の屋上と、そこに立つ自分たちの姿も見える。

 これが導きを司るヤタガラスの権能。術者が使い魔から受け取った情報を対象に伝達する力だ。

 門倉が長距離転移を成功させているのもこの力のサポートによるところが大きい。彼女一人ではせいぜい見える範囲での転移しかできないのだ。


「……毎度ながら、この視点は落ち着かないわね。高所恐怖症ってわけじゃないんだけど」


「無駄口はいいですから早くスタンバってください。私たちの相手は亀じゃないんですよ」


「そう願うわ。亀って最終的に逆転するポジションだし」


「ですから、そういうのは後にしてください。南館の廊下です」


 クロエにせっつかれ、門倉は言われた場所に意識を向ける。

 窓ガラスの向こうにあるのは墨で塗られたような暗闇と、わずかに添えられた非常灯の緑色だけ。


「見えにくいわね……。見た目がカラスだし、やっぱり鳥目なのかしら」


「贅沢言わないでください。これでも解像度を目いっぱい上げてるんです」


 と、その時。非常灯の下を駆ける人影が見えた。顔までは判別できなかったが、そのシルエットは確かに男性のものだ。

 人影は廊下をしばらく進んだ後、南西の踊り場付近で一旦停止。屋上への階段に足を掛けた時、クロエが口を開いた。


「今。転移を」


「了解。行くわよ!」


 映像が移り変わり、今度は校舎の反対側……北館東側の屋上が視界に飛び込んでくる。

 伝達された座標を刻明に意識しながら、門倉は転移能力を発動した。

 独特の浮遊感が体を襲うが、それも一瞬のこと。

 目を開けて振り返れば、先ほどいた場所は遥か遠く。明と思しき人影がひょっこりと顔を出し、いそいそと校舎内に戻っていく様子が見えた。


「ふう……とりあえず今度もやり過ごせたみたいね」


 逃走劇を終え、束の間の休息に気を緩ませる。

 この戦いが始まってからというもの、門倉は何度となく明と倶久理に追い回されてきた。

 校舎に侵入した二人の追跡から逃れるため、屋上の四隅を転々と飛び続けることしばらく。対処に時間を取られるあまり、味方への支援がすっかり滞っていることに気付く。


「クロエちゃん、みんなの様子はどうなってるの?」


「蓮くんは先ほど金谷城(かなやぎ)先輩を道連れにして逝きました。会長はヤンキー先輩と戦闘中です」


「……そう。それじゃあ今のところ互角の勝負なのね」


 門倉は少しだけ安心していた。

 望美が加勢に来ればまずかっただろうが、少なくとも一対一の戦いで武内が負けることはない。

 であればひとまず現状維持。自分たちはこうして時間稼ぎをしながら武内が来るのを待てばいいだけだ。


(自分から打って出るっていうのは、私的にもちょっとね……)


 後方支援なら得意中の得意だが、正面切ってのぶつかり合いはどうにも気が進まない。

 得意不得意の問題ではなく、心構えの話だ。

 気合いとか精神力といったものが如実に影響する戦場において、自分のように平凡なメンタルをした人間は何の役にも立たない。

 力はあっても、心で勝てない。ここぞという時に必ず押し負けてしまうのだ。

 いや、それは何も戦いに限った話ではないのだろう。

 自分は副会長でありながら、武内に何一つ影響を与えていない。

 彼の行いを補佐することはできても、その考えを変えさせることは一度だってできていない。

 ここ数日のこともそうだ。自分は武内と共に失踪した荒神たちの住所を調べていたが、それが何を意味するのかを教えてもらったことはなかった。

 武内は問うても答えず、ただ命じるだけ。悲しいことに、自分の小さな拳では彼の頑固な心に凹み一つ付けることができないのだ。

 だからといって「この戦いにわざと負けて秘密を話してもらう」なんて器用な真似ができないのも自分の足りないところだ。


(駄目よね、このままじゃ)


 何とかした方がいいと思う。それは武内のことだけでなく、クロエに関してもだ。

 共に活動していて感じるのは、クロエのよそよそしい態度。そして深い疑念。

 彼女は生徒会を信用していないのだろう。しかし、何を信じていないのか、なぜ信じてくれないのかを口にすることはない。

 武内の秘密主義に原因の一端があるのだと思うが、それだけでもないような気がする。


(皮肉なものよね。この子のぬくもりがこんなに近くにあって、この子が見ているものまで伝わってくるのに。……それでも、肝心なものは何も見せてくれない)


 近いのに遠い。そのもどかしさは武内に対して感じるのと同種のものだ。

 とにもかくにも言えることは、生徒会(じぶんたち)はこのままではいられないということだ。

 そういう意味で言うと、今回の戦いはいわゆる転機なのかもしれない。

 勝っても負けても何かが変わる。それがいい方向に変わっていけば言うことなしなのだが。


「……と、また来ました。性懲りもなく」


 思索の間に割り込んできたのは二枚の映像。

 一方は北館東部を見下ろしており、こちらに向かって階段を上ってくる男の影を捉えている。

 もう一方は南館。先ほどまで門倉たちがいた西側の屋上に上っていく人影が見えた。細身のシルエットは少女のものだ。


「あっちは白峰さんね。あらかじめ先回りしておいて、転移直後に不意打ちでもするつもりなのかしら」


「同じ場所ばっかりローテーションしてるから対策されるんですよ。もう少し頭を使ってください」


「屋上以外に選択肢がないんだから仕方ないでしょ? ごちゃごちゃした室内になんて転移したら白峰さんのポルターガイストに袋叩きにされるわよ」


「ならグラウンドでもプールでもいいじゃないですか。屋外で見通しのいい場所なんていくらでもあると思うんですけど」


「だからこそよ。そんな場所をあの夜渚くんがノーマークにしておくはずがないわ」


 聞けば、倶久理の異能はかなりの数の幽霊を同時に操ることができるのだという。おそらく敷地内の主だった場所には幽霊が隠れており、自分たちが転移してくるのを待ち構えているのだろう。

 あるいはそう思わせておいて別の手を練っているのかもしれないし、全ては自分の思い過ごしかもしれない。

 はっきり言ってしまうと、門倉はこの手の読み合いが大の苦手だ。裏の裏まで探っていてはキリがない。

 だから彼女はとりあえず、これまでの成功体験に基づいて次の転移先を選んだ。


「ええっとね……それじゃあ、南館の東側にしましょう。白峰さんは夜渚くんより足が遅いし、さすがに屋上の端から端まで届くような攻撃はできないでしょうから」


「了解です。映像出します?」


「このくらいの距離なら一人でも平気よ」


 軽く言って、意識を集中させる。

 数秒後、胸元から生み出た光球が門倉の体を包んだ。

 そして光が瞬き、薄れ、消える頃。

 二人は南館東の屋上に立っていた。

 そして、明と倶久理が目の前の扉から出てきた。


「……ええっ!?」


 予想を遥かに越えた異常事態に思考が停止する。

 その硬直を見計らって、明が手にした制鞄を放り投げた。平たい鞄は回転しつつ、フライングディスクのように飛ぶ。


「いたあっ!」


「ちょっ、副会長っ! いきなり引っ張らないでくださ……って、わわっ!」


 鞄の角が頭に当たり、思わずよろめく門倉。必然、手を繋いでいたクロエもそれにつられてバランスを崩す。

 足を滑らせ、二人は揃って膝をついた。

 慌てて顔を上げれば、そこには明と倶久理。もう転移も間に合わない。


「……どうやって?」


 混乱しながら、かろうじてその言葉を絞り出す。

 答える明は当然のような口ぶりで、


「簡単なことだ。俺たちは最初からこの場所──屋上南東部にヤマを張って待機していた。そしてお前たちが来たから、予定通りに動いた」


「???」


 一瞬、明が何を言っているのか分からなかった。

 最初からここにいた? それなら、廊下を走っていた人影はいったい……?

 理解の及ばぬ門倉に、代わって倶久理が種を明かす。


「どのような学校にも一人か二人は憑いているものですわ。そういう噂(・・・・・)、門倉様も聞いたことがありませんこと?」


「そういう噂、って……」


「ご興味がおありですの? それは何よりですわ。あの子たちもきっと喜ぶでしょう」


「いや無い。無いから言わないでホント無理だから」


 分からない分かりたくない。それ以上聞いたら二度と一人でトイレに行けなくなるような気がして、門倉は必死で首を振った。

 すんでのところで百物語の開催を防ぎ、ぐったりとうなだれる。

 負けを認めた途端に体の重さを実感する。かつてない頻度で転移し続けた影響か、心身ともに疲労は頂点に達していた。


「……ねえ夜渚くん。敗因はなんだったと思う?」


 座り込み、空を見ながら湧き出た疑問。

 自分には何が足りなかったのか。

 実力? 覚悟? 頭脳? 信念? それとも全部?

 たぶん明は覚悟あたりを選ぶだろうと門倉は思っていた。が、明が出した答えはそのどれでもなかった。


「別に、敗因というほどのものでもない。お前はリスクを恐れ過ぎて自らの選択肢を狭めていた。だからあっさり負けた」


「リスク?」


「そうだ。逆にお前がもっと大胆な行動に出ていれば、こんなに早く決着はつかなかっただろうな」


 言いつつ明は柵の方に駆け寄って、下に目を向けた。

 その先には東昇降口がある。半開きになったガラス戸の向こうから、何かがぶつかるような重低音が響いていた。


「幸も不幸も踏み出さなければ得られない。……なら、進むしかないだろうが」


 ほどなくして放送が始まり、望美、蓮、黒鉄のリタイアを伝える猛の声が聞こえてきた。

 残る荒神は明と倶久理。生徒会は武内のみ。

 戦いは大詰めを迎えていた。


<門倉、クロエ……共にリタイア>

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