表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第六章 三者の重なる場所に
125/231

第五話 息吹

 昇降口から少し奥。高々とそびえ立つ下駄箱の狭間でぶつかりあう者たちがいた。

 一人は黒鉄(くろがね)。渡り廊下を背にした彼は、鋭い踏み込みから速度重視の切り上げを見舞う。

 対するは武内。()ぜるような吐息と共に体をずらし、次の一歩で間合いを詰める。


「先を見据えぬ単調な攻撃だ。程度が知れるわ」


 空を切る斬撃を横目に、武内が(わら)う。固い拳は攻撃を意志を存分に蓄えていた。

 が、懐に迫る一打を前に黒鉄もまた嗤っていた。


「先ってのはのんきに眺めるもんじゃねえ。自分の手で作るもんだ。こんな風にな!」


 黒鉄は刀を手放し、広げた両手を左右の下駄箱(かべ)に叩きつけた。

 ステンレス製の下駄箱、その表面がくすんだ灰色から溶鉄を思わせる赤へと変わり、そこから多数の槍が生えてくる。

 武内は伸びかけの拳を収めると瞬時に後退。槍ぶすまから二メートルほど距離を取り、下駄箱の端で止まった。


「好機と見ればたやすく刀を捨てて小細工に走るか。まさに野良犬、矜持(きょうじ)の感じられぬ戦い方をする」


「うるせーハゲ坊主。こちとらてめえに好かれたくて()ってんじゃねえっての。……てか、小細工してんのはお互い様だろうが」


 落ちた刀を拾いつつ、黒鉄は武内の全身をくまなく観察する。

 学ランの上からでも分かる胸板の厚み。戦うために生まれてきたかのような、恵まれた骨格。練り上げられた技。そして強靭な精神。

 以前は毎日のように喧嘩に明け暮れていた黒鉄ですら、これほどの傑物にはお目にかかったことがなかった。

 だが、それだけでは説明がつかない。

 この男の動きは、鍛え方や意志の強さでどうこうできる次元を超えているのだ。


「てめえ、ホントにただの人間かよ? どう見ても性能(スペック)おかしいだろうが」


「武内家は現神(うつつがみ)を封じるために存続してきた。ならば、奴らを抑えられるだけの武力を持つのは必定であろうが」


 片手を浅く突き出し、半身を前に出す。呼吸の度に筋肉が盛り上がり、小刻みに布地を軋ませている。


「医学薬学を初め、武内(たけうち)宿禰(すくね)(よろず)の技術に深く精通していた。ゆえに、見よ。その知識を応用すれば人体の性能を完全に引き出すことも不可能ではない」


「はっ、要はドーピングじゃねえか。矜持云々言えるタマかよ」


「愚弄するか! 貴様が!」


 声を荒げた武内が前に出る。

 太い足先が快音を響かせ、体を一気に撃ち出した。肉の砲弾は下駄箱に生えた槍を砕き折り、それでも速度を緩めない。


(オレ)は血の滲むような鍛錬と覚悟をもってこの力を修めたのだ! お仕着せの力で舞い上がる荒神どもと……同じにするでない!」


「どう違うってんだよ、ああ!?」


 黒鉄は刀の柄を深く握り、突進する武内目がけて刺突を放つ。

 普通なら身をよじるだけで回避できる攻撃だが、武内の大きすぎる体では無理な芸当だ。


「分からぬか! (オレ)は力を律して使い、貴様らは力に使われる! 炎の熱さを知る者と、知らず火に触れ焼け死ぬたわけ! どちらが上等かなど、あえて問うまでもないわ!」


 床を蹴った武内は下駄箱に体を擦りつけながらなおも前進。

 強引な飛び込みはそれだけに速く、今度ばかりは下駄箱に手を伸ばしている暇はなさそうだ。


「そも力とは(おそ)れるべきもの! 遠ざけるべきもの! 人を飲み込み狂わせる、魔性のものなのだ! 野心に堕した現神が良い例であろう!」


「だから自分の部下さえ信用しねえってか。てめえの隠してる"秘密"とやらを誰かが悪用するかもしれねえから」


 問いの答えは回し蹴りだった。弾けるような呼気を合図に、勢いに乗った右足が黒鉄の腹を狙う。


(げ、また速くなりやがった。どうなってんだコイツはよぉ)


 このままでは回避が間に合わない。だが時間を稼ぐことはできる。

 足元にある簀子(すのこ)を蹴り上げ、両者を隔てるように飛ばす。

 巻き添えになった簀子は真っ二つに叩き折れてしまったが、不意の障害物は蹴りの速度を半減させていた。

 その間に黒鉄は上体を反らし、体を床に放り出した。昇降口の床は網目状のタイル……つまりは石材だ。


「小賢しい」


 先ほどのような槍攻撃を警戒しているのか、武内はそれ以上近付いてこなかった。しかし今度は後退もせず、ゆったりと息をしながらこちらの出方をうかがっている。


(やべーな。チンタラやってると抜けられそうだぜ)


 武内の視線は黒鉄に向いているが、意識はその向こう……校舎の奥に届いている。

 おそらく、門倉のところへ向かった転校生のことが気になるのだろう。

 転移攻撃が止んでいるところを見るに割と善戦しているようだが、そこに武内が参戦すれば状況は生徒会有利に傾く。そんなことになれば足止め役を買って出た自分の立つ瀬がない。

 何より、黒鉄はこの男のことが嫌いだ。

 自分だけが覚悟を持っているかのような言い草が(かん)に障るし、力を悪と断じるその姿勢も不愉快だ。

 黒鉄に言わせれば、力には意思も善悪もない。

 それはただ"そこにあるだけ"のもの。それ自体が何かしたり、悪魔のように人を惑わせることなど有り得ないのだ。

 無論、手にした力で悪行を働いたり破滅する人間がいることは承知しているが、それを力のせいだと言ってしまうのは、何というか……


(カッコわりぃだろ、そういうのはよ)


 いつかの過去を振り返りながら、そう思う。

 結局、振るう者の心構え次第。包丁や車と同じ、ただの手段でしかない。

 なのに武内は、それが人を歪めてしまうと頑なに思い込んでいる。他者を突き放し、共に戦ってきた仲間すら疑って。


「くだらねえ。俺にはてめえがビビってるようにしか見えねえよ」


 つぶやきながら立ち上がり、刀を横に構える。

 武内が何を隠していようとどうでもいいし、正直興味もない。自分はただただ、こいつのことが気に入らない。

 気に入らないなら、その意志を力に込めてぶちのめす。それが喧嘩というものだ。


「ふん、せいぜい吠えていろ。貴様の感想など戦場では何の意味もなさぬ」


 黒鉄が力を溜める中、膝を前傾させた武内が息を吸い、その呼吸が不意に止まり、


「……はっ!!」


 来る。

 これまでよりさらに速く、力強い突進。背中のマントが水平に張る。

 が、速いのは想定内。黒鉄はその速度をしっかりと目で追いながら、


「オラァッ!」


「言ったぞ。単調だとな」


 その時、武内が急に速度を落とした。

 タイミングの早すぎる横一文字。

 そのままの軌道では武内が来る前に振り終えてしまうであろう、失敗の一撃。

 まさにそう思われた時、黒の刀が真っ赤に染まった。

 それは異能の輝き。鋳造(ちゅうぞう)の力。

 刀はその姿をさらに変え、厚みを減らす代わりに切っ先を長く伸ばす。


「これで射程内だぜっ!」


 ニヤリと笑い、振り抜く力に全てを込める。

 刃は潰してあるが、硬度は鋼をも超える一刀だ。骨折程度は覚悟しておけよ──

 と、黒鉄が思った次の瞬間だった。


「喝ァッ!」


 雷のような怒号。そして、武内の速度が増した。


「はぁっ!?」


 とてつもない速さで作られた手刀が、斬撃をいなすように動く。

 刀身が手のひらを滑り、斜めにした二の腕を滑り、跳ね上げた肘が軌道をずらす。

 それはたとえるなら、日本舞踊を早回しで見ているような光景だった。

 華麗な受け流しを終えた武内は奇妙なテンポで息を吐き、流れそのまま攻撃に移る。

 同時に黒鉄は理解する。あの怒号は呼吸だったのだと。


(さっきから変な息継ぎしてると思ってたが、まさか……!)


 呼吸とは体内に酸素を取り込むこと。それは細胞がエネルギーを生み出すために必要不可欠な工程であり、呼吸と身体能力の間には密接な関係があることも分かっている。

 そして「火事場の馬鹿力」という言葉に代表されるように、人体は基本的に本来の力をセーブしながら活動している。

 ならば、世界のどこかには"肉体のリミッターを外す特殊な呼吸法"も存在するのでは──


息吹永世(いぶきながよ)の呼吸、その変則形だ。覚えておけ」


 腹に突き刺さる掌底。

 自身の体が吹き飛ばされた感覚を最後に、黒鉄は気を失った。


<黒鉄……リタイア>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ