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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第六章 三者の重なる場所に
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第四話 並び歩けぬならば

望美VS蓮。

第五話が黒鉄VS武内、次いで明&倶久理VS門倉&クロエと来て第七話で戦いを締める予定です。もしかしたら第八話にずれ込むかも。

 記憶にあるのは大きな背中。子供とは思えぬほどに厳めしく、高々とそびえ立つ様は大山(たいざん)のごとく。

 思えば、蓮はいつも武内の後ろ姿ばかりを拝んできた。

 そのことに不満はない。主の(とも)をするのは従者として当然のことだし、背後の守りを任されるのはこの上ない誉れでもある。

 ただ一つ、気になることといえば。

 後ろからでは、主の顔が見えないのだ。


「木々よ、荒ぶりたまえ! そなたの敵はここに有りっ!」


 セメント製の外壁を間近に(のぞ)む、学園の北端。蓮は声を張り上げ、街路樹の幹に左手を押し当てた。

 たちまち新たな枝が生え、それらは鋭い触手となって獲物に襲い掛かる。

 この詠唱に呪術的意義はない。彼の異能は言葉ではなく、対象に触れることで効果を発揮するのだから。

 それでもあえて言ったのは、自分自身を鼓舞するため。目の前にいる最強最悪の敵に対して折れぬ心を保つためだ。


「──今だ! 食らい尽くせっ!」


 気合いを込めて拳を握る。

 触手の群れは放射状に散ることで包囲の檻を形成。歩道の中央に悠然と立つ獲物に向かって一斉攻撃を開始した。

 だが、


「邪魔」


 見えぬ何かに阻まれて、矛先が向きを変えた。

 捻じ曲げられた軌道はことごとく狙いを外れてしまう。


「くっ……まだだ!」


 蓮は触手をUターンさせ、再度の攻撃を試みる。

 二度で駄目なら三度。それでも駄目なら四度目を。力で劣る自分にできるのはひたすら数を重ねることだ。

 敵は苛烈な追撃を先読みするかのように飛び越え、逸らし、くぐり抜け……十秒後にはその目的(・・・・)をまんまと果たしていた。


「はい、堅結び」


「え? ……ああっ!!」


 失策に気付いた時、結び目は既に完成していた。さりとてすぐに動きを止めることはできず、触手の先は慣性に従って結び目をきつく縛っていく。

 互いが互いをがっちりと締め付け合い、そしてすぐに限界は来た。

 痛ましい音を立てて折れる枝先。術者との繋がりを断たれた触手は、もはや意志を解さぬただの木片だ。


「アイテムゲット。じゃあ次は私の番」


 敵はそこから二、三の木片を拾うと、軽く放り上げる。それは彼女の首元あたりで止まると唐突に向きを変え、かつての主に牙を剥いた。


射出(いけ)っ」


 オモイカネの荒神・金谷城望美の念動力。

 木製の弾丸はささくれ尖った断面をこちらに向けて発射された。


「ひいっ──!?」


 身のすくむような恐怖に突き動かされ、蓮はその場から逃げ出した。

 背後で爆発にも似た轟音が聞こえ、跳ね出た土がかかとを汚す。

 転げ回るようにして飛び込んだのは隣接する街路樹の陰。もう一つの言い方をすれば、"このあたりで最後に残った街路樹の陰"だ。


「こっ……この環境破壊者めっ! 自然を大切にしなさいって子供の頃に教わらなかったのかぁ!?」


 おそるおそると(うかが)いながら倒壊した街路樹を指差す。周囲には嵐が過ぎ去った後のような惨状が広がっている。

 望美はさして(こた)えた様子もなく、


「将を射んとすればまず馬から射よ。最善の手が見えてるのなら、ためらう理由は皆無」


「血も涙もないのかお前はっ! 植物だって生きてるんだぞ!?」


「だったらあなたが降参すればいい。それとも、彼らの命がどうなってもいいの?」


「なんという悪役メンタル……!」


 湿った幹に背中を預け、焦り汗ばむ心と体を落ち着かせる。

 戦闘開始から五分ほど。蓮はもうこれ以上ないくらいの劣勢に身を置いていた。

 流れは常に望美の側にあった。的確な動きと容赦の無い攻め口で蓮はあっという間に主導権を握られ、気が付けば学園の端にまで追い詰められている。

 驚くべきはその戦術眼。まるで相手の思い通りに操られているかのような妙手の数々は、蓮が未だかつて体験したことのないものだ。

 技術。経験。決断力。相対しているだけでひしひしと感じる、圧倒的な実力差。

 ウサギが獅子に挑むことを考えもしないのは、彼らが生まれつき勝ち目のないことを知っているからだ。

 そして不幸なことに、獅子はウサギ一匹相手にする時も常に全力を尽くす。だからこそ獅子は獅子足り得るのだ。


「ちくしょう……もう土俵際じゃないか」


 壁にした樹木の厚みを確かめるように、ゆっくりと手のひらを触れさせる。

 落ち葉の形と根元に散らばるドングリを見るに、種類はアラカシだろうか。年季の入った太い幹は頼もしい感触を伝えてくるが、それでも望美の攻撃に耐えきれるかというと心もとない。

 右を見やれば、遠くに映る昇降口に武内の姿は無かった。

 自分たちのように戦いの場所を移したのかもしれないし、門倉たちの援護に向かった可能性も考えられる。

 だが、確実に言えることが二つだけある。

 どんな強敵が相手でも武内の敗北は有り得ない。

 そして武内は絶対に自分を助けに来ない。

 なぜなら、自分は従者としてこの場を任されたのだから。

 その確信は力となって、蓮の心を再び奮い立たせる。

 折れぬ誇りを支えに木陰から体を出す。背中と頭で樹木に触れながら、蔓草(つるくさ)の鞭を胸元に掲げた。


「前に出るんだ。小さくても男の子だね」


「全っ然褒めてるように聞こえないぞ!」


「総合的に見ればマイナス評価だから。勇気は買うけど、勇気の出し所を間違えてる人はNG」


 望美の視線がにわかに強められる。


日下部(くさかべ)くん。あなたはこのままでいいと思ってるの?」


「このまま、って……」


「言葉通りの意味。このまま会長さんの言いなりに動いて、自分の知らないところで事件が解決して……それで本当に"めでたしめでたし"って喜べるの? 都合の悪いことから目を背けて、何も見なかったことにするのがあなたの忠誠なの?」


 彼女にしては珍しく、少しだけ感情的に、


「私には理解できない。何も語らない人を信じるのは忠誠じゃなくて妄信。知るべきことを知ろうとしないのは謙虚じゃなくて怠慢。動くべき時に動かないのは忍耐じゃなくて、臆病」


「……………………」


 漠然と悟る。

 それは蓮に向けての言葉であると同時に、かつて他の誰かに対しても向けられたものだ。

 そして、その誰かは"めでたしめでたし"と言えなかったのだろう。


「……確かに、お前の言うことも一理あると思う。暁人(あきと)様が何を考えてるのかなんて、僕みたいな馬鹿にはちっとも分からないからな」


 蓮は小さくこぼすように言ってから、


「だけど、だけどだけど! 僕は知ってる! 暁人様がどれだけ辛い戦いをくぐり抜けてきたのか! それでもあの方が決して挫けなかったことを知ってる!」


 想いは見えない。素顔も見えない。見えるのは行動と結果だけだ。

 彼の背中を追ってきた自分は、その足跡が残してきた道筋をずっと目にしてきた。

 だからこそ言える。偉大な男は、いつだって背中で生き様を語るものなのだ。


「それさえ知ってれば十分だ! 疑いなんてするものか! 僕は……あの方を信じるって決めたんだからな!」


 声を枯らして叫ぶ。

 生み出した言葉は自らの耳を震わせ、決意にさらなる力を与える。

 望美はしばし呆気に取られていたが、ややあってから口を開き、


「なるほど納得。それなら論理的」


 口元だけでささやかな笑みを見せ、


「──でも、これでおしまい」


 彼女の足元に転がる大ぶりの木片が、一つ残らず宙に浮き上がっていく。

 その数八つ。一発でも受ければ間違いなく致命傷となるであろう必殺の弾丸が、こちらに照準を合わせている。

 他に逃げ場はない。蓮の体力的に考えても、これが最後の攻防になるだろう。

 蓮は全神経を極限まで鋭敏にして、


掃射(うて)っ」


「させるか! 草よっ!」


 一発目が放たれた瞬間、フルパワーで異能を発動した。

 飛来する木片に反応したのは蔓草の鞭だ。その両端がすさまじい速度で伸びていき、空中で複雑に絡み合っていく。

 いや、その動きはむしろ"編み込まれていく"と表現した方がいいのかもしれない。線の集合体は面となり、隙間なく敷き詰められた茎は敵の攻撃を受け止める巨大な壁となる。

 直後、くぐもった衝撃音が聞こえた。蔓草の壁はゆったりと形を凹ませるが、破れやほつれは見当たらない。

 また衝撃。ダメージは無い。

 さらに衝撃。異常なし。

 衝撃。

 衝撃。

 衝撃。

 衝撃。

 ……。

 ……。


「耐えきったっ! 今だああああああああああっ!」


 高々と笑い、残った全ての力を背後の街路樹に注ぎ込む。

 木片を防いでいる間に"根回し"は終わっていた。あとはそれを一気に動かすだけだ。


「仰天せよっ! 秘技──ちゃぶ台返し!!」


 微震のち、激動。

 蔓草の壁が()ね飛ばされ、蓮の視界がクリアーになる。

 そこに広がっていたのは、真横になった大地だった。

 周辺一帯、地下のごく浅い場所に張り巡らされた木の根が、アスファルトの地面をめくるように押し上げたのだ。

 本来"下"だった場所は垂直の壁となり、その壁面は敷地の外側に面している。倒立時の衝撃はそこに存在した何もかもを学園の外に放逐してしまったに違いない。

 実力で勝てないのなら、場外に押し出してしまえばいい。

 ルール付きの勝負、加えて土俵際でこそ有効な逆転の奇手。それが蓮の閃いた作戦だった。


「……お見事。その発想はなかった」


 外壁の向こうから、疲れたような望美の声がした。それは彼の勝利に文句なしの太鼓判を添えるものだ。

 ……勝った。

 その実感が喉元まで込み上げてきて、蓮はたまらず雄叫びを


「ここで問題です。今、何個目?」


「へ?」


 答えは上から降ってきた。

 先ほど望美が放った木片の最後の一つ。フェイントとして上空に打ち上げていた八発目が、蓮の意識をブラックアウトさせた。


<望美・蓮……共にリタイア>


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