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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第六章 三者の重なる場所に
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第三話 神武東征

 夜空に渦巻く黒翼の使者。その無機質な瞳に注視されながら、明はとある言い伝えを思い出していた。

 古くは神話の時代。東の蛮族ナガスネヒコを討つべく、大和王朝は大規模な遠征部隊を派遣していた。

 その遠征のさ中、指揮官である神武天皇の窮地を助け、彼らの道行きを正しく先導したカラスがいたという。

 名はヤタガラス。主神アマテラスが下界に遣わした三つ足の鳥神だ。

 そして明は気付く。生徒会に所属する荒神の内、一人だけ詳細な能力を明かしていない者がいたことを。

 知らぬはずのことを知り、見えぬはずの場所を見る少女。迷い人を導くヤタガラスの名に相応しい、探知型の異能。


「神崎クロエかっ!」


 叫びに応じたヤタガラスは一度だけ低い鳴き声をあげると、渦のような陣形を広げつつ散開。この場に数羽の個体を残し、学園のあちこちに飛び去っていく。


使い魔(ファミリア)! これだけの数を一度に使役できるなんて……!」


 倶久理(くくり)は興奮気味に空を仰いでいたが、すぐさまこちらに振り返り、


「お気を付けください。おそらくあれはクロエさんの分身のようなもの。五感はリアルタイムで共有されていると考えるべきですわ」


「つまり、今や学園全土が生徒会の監視下にあるということか。覗き見(ピーピング)とはいやらしい真似をしてくれる」


「……夜渚くん、自分の能力分かってて言ってる?」


「俺はいいんだ、俺は。だが他の奴がやるのは許さん。不愉快だ」


 索敵特化の異能であることは薄々分かっていたが、その性能は明が予想していたものより遥かに高い。

 数十の使い魔を同時に操作できるだけの集中力。そこから得られた情報をまとめるための処理速度。どれ一つ取っても素人にできる芸当ではない。


「何が"つまらない能力"だ。謙遜も過ぎれば嫌味だぞ後輩」


 真上を飛び交う一羽に向けて文句を飛ばす。鳥類の表情など明には知るべくもないが、しれっと首を傾げる仕草はとぼけるクロエそのものだった。

 幸いヤタガラス自体に戦う力はないらしく、彼らは空の上から遠巻きにこちらを見つめるだけだ。

 ただ、撃ち落とされることを警戒してか、その高度は屋上よりもさらに上を維持している。遠からず敵が攻めてくることを考えれば、カラスたちに構っていられる余裕はないだろう。


「ったく、こんなもんでガタガタ抜かすなってえの。これだからトーシロどもは」


 仲間たちが緊張を強める中、黒鉄(くろがね)は落ち着き払っていた。

 片手に掴んだ側溝の蓋を鈍色(にびいろ)の刀に変え、その切っ先を虚空に向ける。


「大体よぉ、見られてるからどうだってんだ? 動きがバレてるのは向こうも同じだろうが」


 そう言うと切っ先をついと明に向ける。


「おう転校生、生徒会(あいつら)の居場所は探知できてるんだろ?」


「ああ。それに関しては心配ない」


「だったらなんも迷うこたねえだろ。お互い罠も奇襲も使えねえ。つーことは小細工抜きでバトればいいだけだ。な? 楽なもんだろ?」


「単純だなお前は」


「シンプルイズベストって言葉を知らねえのかよ屁理屈野郎」


 姿勢を戻し、横に一薙ぎ。

 飾り気のない無骨な刀身が、夜の冷気を切り裂くように鳴いた。


「行こうぜ。ここでくっちゃべってても眠いだけだしな」


「う……うむ」


 無警戒にずんずんと歩き出す黒鉄につられ、明は校舎の入り口へと近付いていく。

 なるほど、確かに黒鉄の言う通りかもしれない。

 一方的に探知できるというアドバンテージを失ったのは向こうも同じ。むしろ、クロエの力を総動員してようやくこちらと対等になったと考えることもできる。

 ならば、ヤタガラスのことは特に気にせず普通に戦えば──


(……いや、待て)


 しかし、明の心は虫の知らせとでも言うべき謎の警鐘を鳴らしていた。

 自分たちは何かを見落としている。ヤタガラスを放つという行動の裏には、もう一つの重要な目的が隠されている。

 その目的が判明したのは、まさに"それ"が実行に移された直後だった。

 兆しは明の異能が伝えてきた。屋上から放たれていた四つの生命反応、その内二つが突如として消えてしまったのだ。


「なっ──!?」


 だが、異変はそれだけに留まらない。

 反応の消失と時同じくして、明の背後に二つの反応が出現する。その波長は屋上で消えた二つと全く同じものだ。

 ──生徒会副会長・門倉眞子(かどくらまこ)の異能。ピンポイント転移を利用した奇襲(バックアタック)

 ヤタガラスは敵の座標や障害物の位置を正確にナビゲートし、難度の高い長距離転移をサポートするためのものだったのだ。

 全てを理解した明はとっさに回避行動を取っていた。じとつく背中に感じるのは強烈な殺気と、武内の存在感だ。


「まず一人」


 死刑宣告にも等しい言葉が耳に届く。

 先に風圧が来て、次に拳が背中を抉る──その刹那。


「掛かったなバーカ! どうせそんなこったろうと思ってたぜえ!」


 なんと、こちらに切り返した黒鉄が素早く刀を投じていた。

 縦回転する刃はすんでのところで明をかすめ、拳を突き出す武内の胸元へ。


「ふんっ!」


 武内は拳をほどき、手のひらを皿のようにして手刀を作った。

 間を置かずして、袈裟に一太刀。弾かれた刀が甲高い音を立てて転がる。


「まだまだ。射出(いけ)っ」


 ひさしの上から腕を振るう望美。五本一組のシャープペンミサイルは一糸乱れぬ編隊飛行で武内に迫るが、


「なんの小手先っ! そんなもの、暁人(あきと)様の手を煩わせるまでもないっ!」


 宙をはためく蔓草(つるくさ)の鞭によって撃墜された。

 (うごめ)く鞭を操る少年──日下部蓮(くさかべれん)は、これ見よがしに胸を張りつつ武内の傍らへと寄る。

 望美は早くも次のシャープペンを振りかぶっていた。が、手元にいきなり現れた光球を見るやその場を飛び退いた。

 急激に膨張する光はシャープペンの先を飲み込んだ後、まばゆい点滅を残して消える。

 それからほどなくして、敷地の外で何かの落ちる音がした。


「場外狙いの強制転移……。これはちょっと、厄介かも」


 一人つぶやき、掲げた指で冷や汗を拭う。その一挙手一投足を油断なく見つめるのは蓮だ。


「同感だぜ。タイマンの最中に横槍とかウザくて仕方ねえ」


 その様子を視界の端に収めつつ、黒鉄は地面に片手をついた。赤熱する指先がアスファルトをもぎ取り、


「ってなわけでそっちは任せたかんな、転校生。俺様が気持ちよく戦えるようにせいぜいお膳立てしてくれや」


 黒の刀を武内に向ける。対する武内は不動の姿勢を保っているが、その身にまとう気迫が一段と大きくなった気がした。

 瞬間、皆の視線が交わされる。

 戦力計算。脅威の比較。優先順位。

 武内は間違いなく生徒会の最高戦力だが、総合的に考えればこの状況で最も危険なのは門倉だ。クロエとの連携によって射程と精度を向上させた転移能力は戦局をたやすく覆してしまう。

 ゆえに明は迷わず、この場を二人に任せることにした。

 長い付き合いだ。彼らの力がどれだけ信頼できるかなんて、もはや考えるまでもない。


「走るぞ倶久理。屋上までの強行軍、着いてこられるか?」


「分かりませんわ。でも、疲れたらまた抱きかかえてくださるんでしょう?」


「無茶言うな。あの後腕パンパンだったんだぞ」


「まあ、おいたわしい」


 明と倶久理は脇目も降らず、昇降口へと駆け込んでいく。

 背後で激しい空気の震えと破壊の音が伝わってきたが、その被害が彼らに及ぶことは無かった。


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