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荒神学園神鳴譚 ~トンデモオカルト現代伝奇~  作者: 嶋森智也
第六章 三者の重なる場所に
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第一話 火花匂えど散りぬるを

 午後七時。既に日は落ち、わずかな残光だけが西空を照らす頃。

 下校時刻を迎えたはずの高臣(たかとみ)学園には、まだ幾人かの生徒が残っていた。


「……それで?」


 明かりの消えた生徒会室に、武内暁人(たけうちあきと)の物々しい声が響く。

 うっすらと浮かび上がる彼の表情はいつものように固く、そしていつも以上に刺々しいものだ。剣のような眼光が闇を貫き、来訪者の喉元に切っ先を向ける。


「我ら生徒会の持ち得る情報を、秘すべき全てを自分たちにも教えろ、と。恥知らずにもそうのたまうのだな、貴様らは」


「その通りだ」


 部屋の対角線上、入り口のすぐ傍に立つ来訪者──明と望美は、その視線を押し返すように頷いた。


「正確にはお前個人が握っている情報も含めてだ。生徒会にも明かしていない事実がどれだけあるのか知らんが、この際全部吐いてもらう」


 こちらの覚悟と退かぬ意志を示すため、意識して強い言葉を使う明。

 武内は不快満面にしわを寄せると、


「愚にもつかんな。なにゆえ(オレ)が貴様らのような部外者の我儘(わがまま)を聞かねばならぬのか」


「決まっているだろう。現神(うつつがみ)を倒し、奴らの企みを阻止するためだ」


「それは武内を継ぐ(オレ)の役目だ。荒神風情が首を突っ込んでいいものではない……!」


 抑えた声だが、そこには確かに苛立ちが込められていた。

 よほど知られたくないのだろうな、と明は思う。

 武内がこちらに敵対的な態度を取るのはそう珍しいことではない。彼にとって荒神とは無法者であり悩みの種であり祖父の死の遠因なのだから。

 しかし今見せた強情さはそれを差し引いても過剰だと、明の勘がそう告げていた。

 そう思ったのはごく単純な理由で、


「……(オレ)たち、とは言わないんだな」


 押し黙る武内。

 明は一歩を横に伸ばすと、部屋の両脇で成り行きを見守っていた生徒会役員たちに目を向けた。


「以前から気になっていた。新参の猛はともかく、他の役員たち……それも門倉にまで隠し事をしているのはなぜか、とな」


 部屋の右側には猛とクロエ。

 猛は微妙に笑みを浮かべつつ高みの見物。"お手並み拝見"とその顔に書いてある。

 クロエは目を伏せ、無関心を決め込んでいる。が、それが表向きの態度でしかないことくらい、明にはお見通しだった。


「武内。……お前、最後は自分だけで終わらせるつもりだな? 誰の手も借りず、何も知らせず、秘密を秘密のままに眠らせておこうとしている。違うか?」


 そして左側には門倉と蓮。

 心配と敵意。好悪の種類に差はあれど、この二人は先ほどまで揃ってこちらを見ていたはずだ。

 その視線は今、ためらうようにさ迷いながら武内に注がれている。

 不満とまではいかずとも、彼らも一抹の疎外感を感じているのだ。

 自分たちが真の仲間と認められていないことに。

 なぜ自分たちが荒神となったのか。自分たちは何と戦っているのか。橿原市で何が起きようとしているのか。

 何も分からぬまま幕引きを迎えてしまうことに、釈然としないものを感じている。


「ふん」


 明は鼻で短く息を吐き、


「お前にとってはその方が都合がいいのかもしれんが、俺に言わせれば糞食らえだ。己のなんたるかを知らず、己にまつわる運命さえ知らず、エサだけもらって喜ぶのは豚だけだぞ」


 命惜しさに戦っているだけならそれでもいいだろう。

 だが、明がこの町に戻ってきたのはもう一度過去と向き合うためだ。

 遥か神代の時代、二千年前に起きた何事かが巡り巡って妹の死に繋がっているとすれば、自分はどうあっても目を背けるわけにはいかない。

 つまるところ、この問題は明にとって──そしてもちろん、門倉たちも含めた多くの荒神にとって、避けては通れぬものなのだ。


「会長さん、私からもお願い」


 続けて望美が口を開く。


「私は、会長さんが何を守ろうとしているのかなんて知らない。現神のことも知らないし、どうすることが正しいのかも分からない。仮に知っても、満足のいく答えなんて出ないのかもしれない。でも」


 そこでわずかに進み出て、握った拳を胸に寄せた。


「知らないことを知らないままにしておくことだけは絶対に嫌。『知っていればどうにかできたかも』なんて後悔、私は二度としたくないから」


「ゆえに、力に訴えることも厭わぬと?」


 武内は言って、望美の拳をあごで指す。


「少しは知性を解すると思っていたが、貴様らもしょせんは血に飢えた獣か。野蛮傲慢極まりない気性よな」


 揶揄(やゆ)する武内だが、望美はそれを気にも留めず、


「私がどう思われるかは大した問題じゃない。本当に問題なのは、手を伸ばせば届く情報を見逃してしまうこと」


 だから、と続けて、拳を突き出した。


「もしそれ(・・)が必要なことなら、いくらでも」


 室内の空気が、一段と冷える。

 緊迫した雰囲気に満ちた室内で、動くものは武内だけだ。

 彼は口の端をぴくりと震わせ、首を左右に回して骨を鳴らすと、たった一言。


「言いたいことはそれだけか」


 急速に膨れ上がる威圧感が、明の肌をしたたかに打つ。

 武内は一歩も動いていないというのに、その姿が二倍にも三倍にも大きく見えた。


(やはり口だけでは説き伏せられんか。生徒会の連中からもう少し援護射撃が来るかと思っていたんだが)


 武内はなおも気迫を増し、役員たちは戸惑いながらも戦闘態勢に入りつつある。

 もはや致し方なし、と明が構えようとした、まさにその時。


「──はい、ストーップ♪」


 その声が聞こえた時、背後の扉が開いた。

 入ってきたのは二人の少女と一人の少年。ブレザー姿の銀髪の少女と、修道服のような制服を着た少女。最後の一人は嫌になるほど顔を合わせてきた黒鉄(アイツ)だ。


「お前たちは……!」


「んもー、明さんもお(タケ)さんもハッスルし過ぎですよ。こんな状況で()り合っても話なんてまとまるはずないじゃないですか」


 部屋の中央、明と武内のちょうど中間点に割り込んだのは銀髪の少女──璃月斗貴子(りづきときこ)だ。

 彼女は両手の人差し指をそれぞれ左右に掲げると、ニコニコ笑顔で司会者のように言葉を紡ぐ。


「というわけで……ここは一つチーム対抗戦といきませんか? 生徒会と荒神連合、決まりを守って楽しくフェアに殴り合いましょー」



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