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第十一話 怨敵、出現……?

黒鉄(くろがね)だと……!?」


「気安く呼ぶんじゃねえよ、タコ」


 黒鉄が返すは悪態ひとつ。肩を回して鍛えた体を見せつける。

 それが終わると、襟を掴んで上着のズレを整えた。

 こちらに向ける意思は、いくばくかの興味と逡巡。しかし、それが悪意に変わるのも時間の問題だ。


「転校生と金谷城(かなやぎ)ねえ……。変な組み合わせだが、乳繰り合いに来たって雰囲気じゃあ無さそうだな」


「俺たちのことはどうでもいい。なぜお前がここにいる」


「知りたいか? 教えてやらねえよ」


「黒鉄くん、ここにはよく来るの? 君は、あの穴の中に何があるのか知ってる?」


「望美、あまりこちらの手札を見せるんじゃない」


 小さく耳打ちするが、時すでに遅し。

 黒鉄はわざとらしく「へえ」と言って、(ほこら)の前に陣取った。


「お前ら、ここがお目当てなのか。そうかいそうかい」


「だったらどうする?」


「見りゃ分かるだろ。ここを通りたきゃ、俺を倒してから行きな」


 上段から大見得を切る黒鉄。

 明は少し考えた後、


「悪いが、こちらにはお前と事を構える理由が無い。喧嘩がしたいのなら他を当たってくれ」


「そっちの都合なんざ知らねえっての。ま、雷にでも打たれたと思って諦めてくれや」


 穴の縁に寄りかかると、通せんぼするように足を伸ばす。一見隙だらけの格好だが、言い知れぬプレッシャーを感じた。

 明は計算する。

 屋上での攻防から考えて、自分と黒鉄の実力はほぼ互角。それは向こうも実感しているはずだ。

 だというのに、この余裕。

 見えているものだけが全てではない。十中八九、黒鉄は切り札を隠し持っている。


(とはいえ、ここまで来て退くことはできん。黒鉄が万が一事件と関わっていたら、証拠を隠滅される恐れもある)


 犯罪組織の使い走りになった不良が悪事の片棒を担ぐようなケースは、現実にも少なからず存在する。

 猛は黒鉄に同情的だったが、こちらの妨害までしてきた以上、一切の油断はできなかった。


「……致し方あるまい」


 明は拳を作ると、慎重に坂を踏みしめていく。

 それを見た望美は、あまりいい顔はしなかった。


「喧嘩は良くないと思う。他の方法、考えよう?」


「俺だって根は平和主義者だ。だがな望美、黒鉄は何かを隠している。ああいった手合いから情報を引き出すには、戦って負けを認めさせるしかない」


「夜渚くん……なんだか焦ってない?」


「それはっ……いや……言われてみれば、そうかもしれんが」


 不意を打たれて、言葉に詰まる。

 今朝がたの戦いの余熱か、あと一歩のところで邪魔が入った苛立ちか。

 あるいは、七年という長すぎる猶予期間(モラトリアム)がそうさせたのかもしれない。

 望美に指摘されるまで、自分の気が急いていたことに気付かなかった。

 しかし、それでも、落ち着いていられるはずが無い。

 すぐそこに事件の手がかりがあるかもしれない。それどころか、鳴衣(めい)の遺体があそこに捨てられているかもしれないのだ。

 見過ごすことなどできるはずがないし、そんなことは意地でもしたくない。

 煮えた頭で黒鉄に視線を戻した、その時だった。


「どうしたどうしたぁ? ビビって動けねえってんなら……こっちから行かせてもらうぜえっ!」


 叫びに応じて、赤い光が弾けた。

 火の粉にも似た光の粒。それらを携えた右手が、祠の内壁に触れる。

 よく研磨され、凹凸を取り除かれた、岩の壁面。

 常人ならば削ることはおろか、爪を立てることすらできないそれを──粘土のようにむしり取った。


「そらよっと──!」


 赤熱した岩塊が、黒鉄の手中に収まる。

 そして、岩塊はまばたきひとつのうちに形を変えていった。

 細く、長く、鋭く。根元から二十センチほどの位置に、つばのような出っ張りが生えた。


「──っ!!」


 明は思わず息を飲んだ。

 それは、刀の形をしていた。いわば石刀だ。

 刀といっても、時代劇でよく目にする日本刀とは趣が違う。古代の息吹を感じさせるような、武骨な意匠。

 そう。ちょうど……妹を、鳴衣(めい)を殺した犯人が持っていたような。


「黒鉄くん……その力は……!?」


「これが俺様の奥の手よ。あれだ、チョーノーリョクってやつか? カッコいいだろ?」


 無邪気に石刀を見せびらかしながら、黒鉄が何か言っている。望美も何か喋っているようだが、明はそれどころではなかった。

 似ている。

 記憶の中にある映像と重ねてみても、ほとんど差異が無い。

 あの殺人鬼が手にしていた凶器と、黒鉄の生み出した刀は、似過ぎている。


(まさか……まさかまさか、こんなにも早く!? だが、だとしたら、俺は……どうする?)


 仮に、"それ"が、"そう"だとして。

 自分は、どう動くべきなのか。


「おっと、尻尾巻いて逃げんのは勘弁してくれよ。そういう連中はもう見飽きたからよぉ」


 刀を背負った黒鉄が、山を降りてくる。

 混乱の渦中に置かれた明は、敵意と怯えをない()ぜにしたまま動き出そうとして……頬を引っ張られた。


「……はひほふる(なにをする)、望美」


「それはこっちの台詞。ボーっとしてないで、早く逃げよう」


 頬は解放されたが、今度は腕を引っ張られる。不退転の意志を感じさせる強引さで。

 気圧されながら、明はどうにか反論を口にした。


「それはできない。祠は目と鼻の先なんだぞ」


「関係無い。このままだと喧嘩じゃなくて殺し合いになるから、絶対駄目」


「さっきのを見ただろう。あんな力を持っている時点で、奴はほぼクロのようなものだ」


「夜渚くん、頭に血がのぼってる。今の状態で戦ったら、きっと後悔する」


 なおも退かない望美。明は沸き立つ焦燥を飲み込むようにうめくと、


「……逆に聞くが、なぜそこまで冷静でいられる? この事件で最も被害を被っているのは、君だろう? 命を狙われているのに、なぜ必死にならない?」


「それはむしろラッキーな要素」


「なぜだ?」


「私一人が諦めるだけで、知り合いが二人傷つかなくて済むようになるから」


「……………………」


 明は、望美の顔を見たまま、しばし固まっていた。

 このような鉄火場においても、自身の命が懸かっていても。望美は、迷うことなく他人の命を優先している。

 強い少女だ、と思った。感服すると同時に、自らの至らなさが恥ずかしくなった。

 ついさっきまで激しく渦巻いていた感情は、すっかり平静さを取り戻していた。

 冷めた明は気合いを引き締め、前を見据える。黒鉄はすぐそこまで近づいていた。


「望美は下がっていろ。すぐに終わらせる」


「夜渚くん!?」


「心配するな。……俺を信じろ」


 それだけ言うと、明は強く踏み込み、黒鉄に立ち向かっていった。

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