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第二十一話 ナマズよ眠れ

 決着の瞬間から三十分ほど経過した後。明は一人、遺跡の深部を歩いていた。

 青い(ともしび)。冷たい石床。広間の外周を囲むように並ぶ、八十神(やそがみ)たちの棺。

 案の定というか、天香久山の地下には既視感のある景色が広がっていた。


「また同じ構造……となると、この遺跡も敵の本拠地ではなさそうだな」


 あたりをつぶさに観察しても、目新しいものは見当たらない。やはりタヂカラオは囮としての役割しか持たされていなかったようだ。


「いいさ。どのみちここは前から調査する予定だったしな」


 負け惜しみのようにつぶやきながら、明は遺跡の天井を見上げる。

 簡素な祭壇の真上には大きな柱が垂れ下がっており、その根元にはいつものように寓意的(ぐういてき)な壁画が描かれていた。

 地下遺跡に隠された三つの壁画。それは荒神の起源を記した古代人からのメッセージである、と木津池は豪語していたが……


「……なんだこりゃ」


 今度の壁画はこれまでよりずっと情報量が少なかった。

 ちょうど柱を挟むような位置取りで、一組の男女が踊っている。

 それだけだ。他には何もなく、天井のキャンパスはほとんどが空白で埋められている。


「いや、わけわからんぞ。もしや手抜き工事か?」


 現神や荒神らしきものが描かれていた他の壁画に比べるとあまりにも物寂しい構成に、明は戸惑うばかりだった。

 だが、ここで自分が頭をひねってもどうせ結論は出ない。

 餅は餅屋。蛇の道は蛇。頭が痛くなるようなオカルト的解釈はオタクな輩に任せればいいのだ。

 足早に遺跡を出た明はスマートフォンで木津池を呼び出そうとして、


「……出ないな」


 どうやら電源が切れているようだ。


「奴め、人をさんざんパシらせておいて……!」


 電脳ジャンキーである木津池がスマートフォンの充電を怠るなんて普通であれば考えられないことだが、あの変態の奇行は今に始まったことではない。

 とりあえず留守電にメッセージを入れた後、明は林の中を駆け下りていく。

 戦い終わって、日没間近の天香久山は穏やかな雰囲気に包まれていた。

 八十神たちは全滅し、その痕跡を示すものはわずかな染みと白い衣服だけ。破壊された木々はそれなりの数に上っているが、いずれ落ち葉と苔が全てを覆い隠してくれるだろう。

 倒木の現場を辿るように進んでいくと、五分ほどで山の北側に出た。

 正面に広がる古池を臨みつつ、明は池の縁に座り込む望美に声をかける。


「壁画を確認してきたぞ。木津池とはまだ連絡がつかないが、とりあえず俺たちのノルマは達成だ」


「そう」


 望美は振り向かず、水際に生い茂るぺんぺん草をむしっていた。


「それと、生徒会の連中は一足先に帰ったようだ。斗貴子は……あいつはよく分からんが、たぶんトイレじゃないか? 確かそんな顔をしていた」


 言った直後に豆粒程度の石ころが飛んできた。

 不思議なこともあるものだなと明は思い、そのまま報告を続けようとして、


「ねえ、夜渚くん」


 望美が口を開いた。

 草をむしる手を止め、一呼吸置いてから、


「本当に別の道は無かったのかな。本当に、私にはどうにもできないことだったのかな」


「……後悔しているのか?」


「分からない。でも、私以外の誰かならもっと上手いやり方を思いついたんじゃないかって、そう思って」


「馬鹿め」


 明は即座にそう言った。

 望美の問いに対する答えを明は持ち合わせていない。"もしも"の話など、今を生きる自分たちに分かるはずもないからだ。

 ただ確実に言えるのは、


「"私以外の誰か"だと? 笑わせるな。たとえそんな奴がいたとしてもお前を馬鹿にする権利は絶対にない。実際に考え、悩み、決断したのは誰でもないお前だからだ」


「でも今夜渚くん馬鹿って言ったよね?」


「揚げ足を取れる元気はあるようだな」


「おかげさまで」


 返す皮肉に覇気はないが、元々ローテンションな彼女はこんな受け答えだったような気もする。

 どちらにしても、他者の内面などそれぞれが手前勝手に想像するしかないのだ。

 だから明は深く考えない。今は慰めよりも前にすべきことがある。


「あと、もう一つ連絡事項がある。これは生徒会がトンボ返りしたことにも関係しているが──」


「いるが?」


 望美が顔をこちらに向ける。

 明はようやく彼女の興味を引けたことに満足感を覚えつつ、もったいぶるように溜めてから言葉を紡いだ。


「あの後すぐにクロエから連絡があってな。武内と門倉が戻ってきたそうだ」


「会長さんたちが……? あの人たち、結局何をしに行ってたの?」


「それを今から聞きに行くつもりだ。いや、吐かせに行く(・・・・・・)と言うべきか」


 何やら剣呑な目つきになった明を見て、望美の顔色が変わる。


「夜渚くん、まさか……」


「そのまさかだ」


「……正気なの?」


 アホを見るような目をする望美に、明は大真面目に頷いた。


「大和三山の探索は完了した。木津池の調査とやらもそろそろ終わる。ちょうどいい機会だ、奴らの隠し持っている情報も一切合切引き出して、一気に全ての謎を解き明かしてやろう」


「それはそうだけど、力づくっていうのは……。もうちょっと良く考えてから行動した方がいいと思うんだけど」


「タヂカラオの時はお前に合わせてそうしてやっただろう。次はお前が俺に合わせる番だと思わないか?」


 何より、と続け、


「腹の探り合いには飽き飽きしてきたところだ。この事件に関わってからもう一か月超だぞ? 誰が敵とか味方とか嘘とか駆け引きとか、そんなゴチャゴチャした現状からはいい加減脱却しなければならんだろう。多少の無茶をしてでも、な」


「それが巡り巡って自分の首を絞めることになったとしても?」


「それでも納得はできる。少なくとも、何もせず流れに任せるよりはずっとマシだ」


 ここ数日様々な事を考え、様々な人の話を聞いた上で出した結論がそれだった。

 改めて、案ずるより産むがやすしという言葉は金言だと思う。

 後悔に意味はなく、懊悩(おうのう)は時間の無駄。誰に何と言われようと、遮二無二走り続けた先にこそ望む結果は待っているものだ。


「さあ行くぞ望美。こんな場所で小さな尻を冷やしている暇などないぞ。時は金なり、だ」


「こんな時でもごく自然にセクハラコメントが出てくるのは凄いと思う」


 望美はわざとらしく両手を掲げた後、わずかに笑みを見せた。


「……ん、分かった。それじゃあ行こう、夜渚くん」


 明と望美は連れ立って、古池のほとりを後にする。

 フトタマの結界は既に消えており、あたりには多くの生き物があふれていた。

 小さな羽虫に、空を飛び交うオニヤンマ。池の上ではコウモリたちが寝起き直後の散歩を楽しんでいる。

 それら全ての波動が賑やかな交響曲となって、明の肌に伝わってくる。


 だから。

 もし、仮に。

 池の底から、かすかな命の波動が感じられたとしても。

 それはきっと、寝ているナマズか何かに違いないのだ。

 そうに決まっている。


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