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第十八話 合戦

 霧深い林の中、雄たけびが轟いていた。

 それは戦いの角笛。指揮官であるタヂカラオが己を鼓舞し、八十神(やそがみ)たちに突撃を命じるものだ。


「さあ()やれや荒神ども! 少しくらいは食いでのある(いくさ)をさせてくれよぉ!」


 奥に控えるタヂカラオがその手を掲げ、直後に左右の木々から二体の八十神が落ちてきた。

 落下の途中で刀を抜いて、大上段に振りかぶる。速度の乗った切っ先は最前にいた荒神……明の脳天を狙っていた。


「初手は頭上からの強襲、か。残念だが予測済みだ」


 どれだけ息を潜めても、動きが生み出す空気の波や彼ら自身の波動は隠せない。

 明がしたのは最小限の動きだけ。半歩進んで二つの刀をかすらせると、そのまま両手をかくように広げ、


「揺れろ」


 その手が頭部に触れた瞬間、八十神たちが吹き飛んだ。痙攣する体は受け身すら取れず地面に叩きつけられ、すぐに動かなくなる。


「アメノウズメと全く同じ戦法だな。芸のない連中だ」


「いかにも、ウズメに戦のいろはを叩き込んだのは俺っちよ。もっとも、あいつにとっては付け焼刃にしかならんかったようじゃが」


「なら、付け焼刃ではない本物の戦術を見せてもらおうか」


 挑むように言って、明はタヂカラオのもとへと猛進する。その距離はまだ三十メートルほどの開きがあるが、両者の間を隔てるものは何もない。

 山道の踏み固められた地面は走るに易く、あと十秒もあれば敵の目前まで辿り着くことができるだろう。


「泣き虫嬢ちゃんの振動波かよう。確かにあれの威力はド派手なもんじゃったが、荒神のお前さんなら直当てしてようやく半人分ってえところか」


「半人分だろうと現神(おまえたち)を仕留めるには十分すぎるほどだ。二発目すら必要ない」


「それが浅はかっちゅうんじゃ。もののふたるもの、そうやすやすと懐に入らせっかよ!」


 タヂカラオが浅く腰を落とす。地に付けた両掌を見て、明の脳裏に一昨日の悪夢がよぎった。

 刹那の間、砂利を擦る鈍い音が生まれる。

 続いて来るのはパチンコ玉をぶちまけたような殺意の洪水。

 視界一面に広がる褐色の散弾を前に、明は回避行動を取らなかった。自分が敵の注意を引き付けている間に、後方ではとっくに準備が終わっているはずなのだから。


「ふん、このノータリンめっ! この僕が対抗策を考えてないとでも思ったか!」


 蓮の声に応じるがごとく、地面に巨大な亀裂が入る。

 亀裂は一瞬にして大穴となり、その下にいた者を地上へと召喚する。

 それは木の根だった。

 蓮の両手が触れている巨木の根、その末端が異常進化を遂げて地中から這い出てきたのだ。

 たかが根っこと侮るなかれ。今や電柱よりはるかに大きくなったそれらは、何本も寄り集まると洪水をせき止める壁となる。


「木々よ、僕たちを守れっ! あとついでに夜渚明も!」


 直後、壁の向こうで発砲音にも似た音が聞こえた。跳ね上がる砂利が壁を越え、波しぶきのように降ってくる。

 役目を終えた木の根はすぐさま道を開け、向こう側には荒れた山道が広がっていた。


「これでお前の攻撃は封じたも同然だ。前のようにはいかんぞ」


「ちょ、なんで夜渚明が偉そうなんだよ!? 僕の手柄だろうがっ!」


 蓮を後目にドヤ顔で煽る明。

 それを見たタヂカラオは怒るでも悔しがるでもなく、ただ不敵に唇を吊り上げた。


「なんちゅうか……かわいいのう。そんなもんで俺っちを止められると思ってんのかよう?」


「なんだと……?」


「簡単なことじゃ。ククノチの異能は触れてるもんしか操れねえ。だったらよぉ──」


 タヂカラオは中腰の姿勢になり、逞しい右足を大きく持ち上げた。

 腰より高く上げてから、四股を踏むように地面を打ち付け、


「ひとぉーつ!」


 その瞬間、大地がくしゃみをした。


「ぬおおっ!」


「うわあっ!」


 地面が上下左右に揺れ動き、そこにいた全員があちこちに吹き飛ばされる。

 揺れは一瞬だったが、被害は甚大だった。

 明の体はピンポン玉のようにもてあそばれた後、硬い木の幹に体をぶつけてからようやく止まる。

 痛みをこらえて後ろを見ると、他の面々も似たような状態だった。特に小柄な蓮などは盛大に飛ばされてしまったらしく、先ほど操っていた木から大きく離れた場所で(・・・・・・・・・)尻餅をついていた。


「……いかん!」


 明は慌てて木の根に目をやった。異能の影響下を離れたそれらは力を失い、しなしなとしぼみ始めているところだ。


「敵の弱点を見極め、そこを徹底的に突く。これ戦の常道よ」


 タヂカラオは砂利の多い場所に移動し、再び両手を地面に付けようとしている。吟ずるような声色は自身の勝利を疑っていない。

 それは決して慢心などではなく、厳然たる事実だ。このまま二発目を撃たせてしまえば、明たちは終わりだ。

 だから、撃たせない。

 そのために二日がかりで作戦を考え、そして今も時間を稼いできた。


「斗貴子っ!」


「ええ、もう行けます。間一髪で彼女(・・)のチャージが終わったところですから」


 初め、声は後ろから聞こえたはずだ。しかしそれはいつの間にか前方から聞こえていた。

 目にも止まらず音すら追えぬほどの速度で、声の主が飛び出したのだ。


「ぬうっ!?」


 これまで余裕を見せていたタヂカラオが攻撃を中断し、太い両手を盾のように構え──


「──ッッッッ!!!!!」


 つんざくような激突音と共に、その体がよろめいた。

 それを成したのは二人の少女だ。

 一人は斗貴子。自身の異能で限界まで加速し、霧で見えなくなるくらいの遠距離からタヂカラオに蹴りを食らわせたのだ。

 そしてもう一人は望美。斗貴子に長時間触れられることでこちらも限界まで加速の力を付与され、同時に蹴りを放ったのだ。

 無論、この程度の攻撃ではタヂカラオを倒すことはできない。

 だが、当初の目的は達成できた。


「計算通り。……懐、入ったよ」

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