第十七話 見合って見合って
学園で生徒会と合流した明たちは、天香久山へと急行していた。
「まずいな、一気に暗くなってきたぞ……」
明は先頭を走りながら、西の空に険しい目を向ける。
時刻は午後六時。
クロエの報告を聞いてからすぐに動いたとはいえ、季節は中秋だ。出立時には明るかった空も今は陰りを見せ、天香久山の全貌が見えてくる頃にはあたり一面に夕暮れが押し寄せていた。
はやる気持ちを抑え、明は暮れなずむ田園を小走りに駆けていく。
「どうする、猛? 一旦帰って日を改めるか?」
明は生徒会側の意見を聞くため、蓮……ではなく猛に問いかけた。
一応は蓮の顔を立てているようだが、暫定的に今の生徒会をまとめているのは彼に他ならないからだ。
猛は不服そうな顔をしていた蓮を二言三言でなだめてから、軽く首を振った。
「いや、一時撤退は悪手だよ。できるだけ早くタヂカラオの元に向かった方がいい」
「なぜそう判断した?」
「敵の動きが変わったのは命令に変更があったからさ。これまでは防衛に徹してたみたいだけど、これからは向こうから打って出る可能性だってないわけじゃない」
「不意を打たれて各個撃破されるくらいなら、敵の居場所が分かっているうちに叩いておいた方がいい……か。痛し痒しだな」
「そういうこと」
猛はおどけたように言ってから、
「大丈夫だよ、明。タヂカラオは侮れない強敵だけど、勝敗を決めるのはパワーだけじゃない。……頭さ」
己が側頭部を指で弾く。
それについては明も同じ意見だった。自分たちはこの日のために様々な対策を考えてきたのだから、以前のようなワンサイドゲームにはならないはずだ。
「ふふん、見てろよタヂカラオ。一昨日は後れを取ったけど、今度ばかりはそうはいかないからな!」
息を弾ませ、ぎこちないシャドーボクシングを披露する蓮。
一方、それを見ていた斗貴子はほう、と感心したように息をついていた。
「あらあら、この前あれだけボッコボコにされてたのに元気なものですねえ」
「そういう斗貴子はローテンションに見えるが……何か気がかりなことでもあるのか?」
「私はいつもこんなものですよ。というか、気がかりなのはお二人の方じゃありませんか? 何やらこっそり動いていたみたいですけど」
「それこそ気にするな、だ。どのみち今となっては何の意味もない」
タヂカラオは着々と戦いの準備を進めている。
つい半日前まで和やかに会話をしていたとはとても思えないほど唐突な対応の変化。
その裏側にどのような事情があったのか知らないが、交渉が決裂したことに変わりはない。であれば、自分は戦うだけだ。
「ふうん……まあ、明さんがいいならそれでいいです。それじゃあしっかり望美さんをフォローしてあげてくださいね」
「……まさかお前まで覗いていたんじゃないだろうな」
「被害妄想甚だしいですぅ~。あれですか? 明さんってひょっとして美少女ヤンデレストーカーに死ぬほど愛されたい系の人ですか?」
「吐き気がするような想像をさせるな」
ナキサワメの波動探知をかいくぐるなど普通なら有り得ないが、クロエの例もある。それに斗貴子ならやりかねないという妙な確信もあった。
明は薄気味の悪い疑惑をひとまず脇に置いて、
「……望美なら問題は無い。あいつはタフな女だからな」
そう、断言した。
望美は芯の強い人間だ。タヂカラオに多少なりとも情が沸いていたとしても、敵対した以上はきっちりとけじめをつけて戦いに臨むはずだ。
(あるいは、傷ついた心を表立って見せないだけなのかもしれんが、な)
明は走る速度を落とし、後ろにいた望美の横に並ぶ。
彼女の表情は変わらずフラットなものだが、今は心持ち沈んでいるように見えなくもない。
明がなんと声を掛けるべきか考えていた時だ。胸元に突っ込んだスマートフォンからクロエの声が聞こえてきた。
『先輩方、そろそろですよ。タヂカラオは登山口から二十メートルほど奥の地点で皆さんを待ち構えてます』
なんでもクロエの異能は離れていても探知可能とのことで、彼女は学園に待機しながら周辺の様子をナビゲートしてくれている。
そのクロエが言うには、タヂカラオは八十神の出現と時同じくして結界の外に出てきたのだという。
「クロエ、向こうの陣形はどうなっている?」
『もう隠れるつもりなんて一切ありませんね。山のあちこちに堂々と陣を展開して……まるで自分の力を誇示してるみたい』
「実際そのつもりなのかもしれん」
『露出趣味……男性特有の巨根崇拝主義というやつですか? ノーマルの私にはちょっと理解できない嗜好です』
「穿ちすぎだこのムッツリめ。そういう意味ではなくてだな……」
猛とのやりとりでは言わなかったが、タヂカラオはおそらく明たちを誘っている。
八十神の姿を見せたのは宣戦布告の代わり。戦う姿勢を見せつけることでこちらを挑発し、この天香久山で雌雄を決そうと伝えているのだ。
何のために? 言うまでもない、それがタヂカラオなりのけじめだからだ。
交渉に乗る振りをして明たちを油断させることだってできただろう。あえてそれをしなかったのは、将としての矜持ゆえ。
「要するに『恨みっこなしで叩き潰してやる』と言っているんだ。まったく、どこまでも傲慢で不器用な男だ」
そうこうしているうちに登山口が目の前まで迫ってきた。
敵にまだ動きはないが、それも時間の問題だ。
もはや言葉は不要。
明は一気に加速して、飛び出すような一歩で山道に乗り込んだ。
「来てやったぞ、タヂカラオ! お前の望み通りにな!」
明が叫び、タヂカラオがしたたかな笑みを見せる。
そして立ち上る、フトタマの白い霧。
それが開戦の狼煙となった。