第十二話 作戦タイム
「よーし、ではこれより作戦会議を始める! 起立! 礼! 着席!」
ホワイトボードの前に立つ蓮が声を張り上げる。着席していた一同に彼ほどの熱量は無かったが、皆とりあえずといった感じで号令に従った。
生徒会室に集まっているのは、昨日の面子から他校生である斗貴子を除いた五人だ。
「さすがに昼休みに学校を抜け出すのは難しいんですよ。これでもエッリート進学校ですからね」
というのが斗貴子の欠席理由だったが、本音は面倒くさがっているだけなのではないかと明はにらんでいる。
彼女の言葉はいつもいつでも真偽不明のノイズが九割を占めているというのが明の認識だった。
「まずは昨日の続きだな。タヂカラオの能力は肉体強化のようだが、猛たちと戦っていた時はどういった攻撃をしてきたんだ?」
「ちょ、初っ端から僕を差し置いて話を進めるなよ! 進行役は僕だぞ!」
開始数秒でさっそく蓮が噛み付いてきた。こちらはこちらでまたやり辛い。
見た目通りというか、彼は形式とか段取りといったものを特に重んじるタイプらしい。もっともここでそんなことを気にしているのは彼一人のようだが。
「蓮くん、ステイ。進行役が進行を妨害してどうするんですか」
「なっ……神崎っ! お前はどっちの味方なんだ!?」
「うるさくなければ何でもいいです。会議は大声選手権ではないので、叫びたいなら屋上に行ってください」
「ぐっ……!」
クロエの毒舌にちくりと刺され、蓮の勢いが止まる。そのタイミングを見計らって猛が助け舟を出した。
「悪いね蓮くん。明はあまりこういった場に慣れてないから」
「いえっ、水野先輩が謝るようなことじゃありませんよ。僕ももう立派な大人ですし、この程度のことで目くじらは立てません」
「それは良かった。じゃあ改めて話の続きをしてもいいかな、日下部議長?」
"議長"という単語に蓮は目を輝かせ、
「はい、それはもちろん!」
「以前から思っていたが……チョロいなお前」
「うるさいぞ夜渚明っ!」
それからしばらくすったもんだした後。ようやく場が落ち着いてきたところで猛が話を本筋に戻した。
「ええと、タヂカラオの具体的な戦い方が知りたいんだったね」
「うむ。俺たちと合流した後は多数を一網打尽にするような攻撃ばかりしていたが、お前たち二人だけの時はどうだったんだ?」
「基本的に同じだよ。岩を投げつけたり、大木を振り回したり。搦め手抜きのパワープレイだね」
「それは厄介だな……」
単純な戦闘能力ではオオクニヌシも相当なものだったが、あちらは刺突や投槍といった直線的な攻撃が主体だった。
一方でタヂカラオは周囲一帯を巻き込む攻撃が多く、"回避して反撃"というセオリーが取り辛いのだ。
「とにかく攻撃の手が止まらないんだ、あいつ。おかげでこっちは逃げるだけで精一杯」
「あれから逃げきれるだけでも大したものだと思うが……」
「こっちには蓮くんがいたからね。彼の能力は敵の足止めに長けてるんだ」
猛はそう言って蓮に意味ありげな目配せをする。
その意を汲み取った蓮は得意げにうなずくと、胸ポケットから小さな袋を取り出した。
カードのような形状をした袋の表面には、鮮やかな紫色のアサガオがプリントされている。
「それって……花の種?」
「アサガオとはまた微妙に季節外れなものを……」
「ふん、僕の能力を分かりやすく説明するためにはこれがちょうどよかったんだよ」
蓮は袋のフィルムを破ると、中から種を一粒だけ取り出した。
指でつまむと、揉むようにいじる。それから軽く弾いてテーブルの上に。
次の瞬間、種から芽が飛び出した。
発芽したそれは瞬く間に茎を伸ばして葉を生やし、テーブルの上でのたうちながら成長していく。
先端のつぼみが花開くと同時、細長い茎はとぐろを巻く蛇のように姿勢を変え、皆の前でお辞儀をするようにこうべを垂れた。
「これが僕の能力……草木を支配するククノチの力だ。触れた植物を操作したり、短い時間ならこうやって意思を与えることもできる」
「なるほど、その力で天香久山の木々を味方に付けたか」
「ふふん、恐れ入ったか。僕にとって山は自分の力を十二分に発揮できる場所なんだ」
「それでも時間稼ぎにしかならなかったみたいですけどね」
「うっ……それはまあ、相性が悪かったっていうか……」
どんどんトーンダウンしていく蓮を見る限り、本当に足止め程度の成果しか挙げられなかったようだ。
とはいえ、それは蓮が弱いというよりタヂカラオが強すぎるのだろう。あの凄まじいパワーの前では植物の力など子供の遊びに等しい。
「何にせよ、奴に好き勝手暴れられると戦いにならん。どうにかしてこちらのペースに引き込みたいものだが……」
「私は接近戦に持ち込むのがいいと思う。こっちが至近距離に張り付いていれば、タヂカラオも隙の大きな攻撃はできなくなるはず」
望美の提案はおそらく誰もが思っていたことだ。
密着して絶えず攻撃を仕掛けることでタヂカラオを釘付けにして、味方全体に被害が及ぶような範囲攻撃を制限する。そして、比較的安全になった後衛の支援を受けてタヂカラオにとどめを刺すのだ。
ただ、この作戦には一つの大きな問題があった。
「それを実行するためには誰かが囮になる必要があるぞ。誰が囮役を務める?」
防御など何の役にも立たない死の間合いに身を置きながら、タヂカラオにプレッシャーをかけ続けることができる人物。攻撃力と回避力を両立させた強力な荒神。選択肢はそう多くない。
「明、姉さんはどうかな? 速さだけでいえば僕たちの中ではあの人が一番だよ」
「俺もそう思うが……猛はいいのか? 姉を死地に送ることになるぞ」
明が遠慮がちにそう聞くと、猛は少し悲しそうに笑った。
「姉さんは放っておいてもそうするから。むしろこうやって作戦の中に組み込んじゃった方が手綱を握りやすい」
「……割とクレバーな考え方だな」
「あの人が素直に言うことを聞いてくれるような人じゃないってことぐらい、明だって分かってるだろ?」
猛としても斗貴子の危うい戦い方にはほとほと困り果てているようだ。そこにいたのは自信にあふれた優等生ではなく、姉を案じるごく普通の弟だった。
「しかし、斗貴子一人では少々きついだろう。もう一人ぐらいは囮役が欲しいところだが……」
優れた前衛といえば黒鉄だ。奴の剣術は度重なる実戦の末に極限まで研ぎ澄まされているが、刀で受けることを前提とする戦闘スタイルはタヂカラオと相性が悪い。
かといって明にその役目が務まるかというとあまり自信はない。自分の異能は奇手奇策でこそ輝くタイプの力であり、真っ向勝負には向いていないのだ。
他に誰か適任がいただろうか、もういっそのこと倶久理を呼んでポルターガイストでも融通してもらうか……などと明が考えていると、
「じゃあ、私がやる」
無造作に手を挙げたのは、望美だった。