第十一話 信じる者と信じない者
「"粛清"だと? 随分と不穏当な発言だな」
明は眉根をわずかに震わせ、クロエを見た。
武内が現神に対して強い敵意を持っているであろうことは明とて承知している。
彼は代々現神を監視してきた武内家の末裔だ。この事件を終結させようという責任感は人一倍強く、打倒現神の意志は岩のように固い。
加えて彼には現神に祖父を殺された恨みもある。明たちが現神と馴れ合っていることを知れば、まず間違いなくいい顔はしないだろう。
(しかし……それにしたって粛清は言い過ぎじゃないのか……?)
可能性の一つとして考えていないわけではなかったが、その言葉が他でもない生徒会役員の口から出たことが明を驚かせていた。
当のクロエは明の視線などどこ吹く風といった調子だ。相変わらず視線を逸らしたまま、すました顔で紅茶の香りを楽しんでいる。
「というか、なぜお前が今朝のことを知っている? 俺たちがタヂカラオと接触したことはまだ誰にも明かしていないはずだが」
「別に尾行なんてしてませんよ。天香久山を監視してたらたまたま先輩方がノコノコとやってきただけです」
「そんな馬鹿な。あたりに人の反応はなかったはずだぞ」
「……夜渚くん、ポカミス?」
「俺に限ってそんなことはあり得ん。あの時は慎重に慎重を期して細心かつ万全の注意を払っていたからそんな目で見るな凹むだろうが!」
望美のジト目に晒されながら、明は焦ったように弁解を連ねる。
クロエはそんな二人を横目にのんびりと紅茶を二口すすり、明の長ったらしい言い訳が終わってから口を開いた。
「気付かなかったのは当然ですけどね。異能を使って視ていただけで、私自身はあの場にいませんでしたから」
「だったらそれを先に言え。もう少しで俺の信頼度が格下げされるところだったろうが」
「日頃の行いに問題があるから疑われるんじゃないですか?」
「一本取られたね、夜渚くん」
明は敵に寝返った望美を恨めしそうに見ていたが、舌打ち一つで気持ちを切り替え、
「そういえば、まだクロエの能力を聞いていなかったな。"視ている"と言ったが、それはいわゆる千里眼のようなものなのか?」
生徒会と共闘するにあたって、彼らの能力を把握することは必要不可欠な要素だ。
敵を知り己を知れば百戦危うからずとも言う。逆に言えば、それすらできない集団はどれだけ個々人が優秀でも烏合の衆でしかない。
それゆえ明はもう少し詳細な説明を望んでいたのだが、期待に反してクロエの返答は曖昧なものだった。
「似たようなものですけど、実際は種も仕掛けもアリアリのつまらない能力です。はっきり言ってこれっぽっちも戦いの役には立ちません。
ですから、タヂカラオは他の皆さんでどうにかしちゃってください。私に期待されても困ります」
自虐するでもなく、恥じるでもなく、ただただ興味なさげに語るクロエ。
その姿からは他の生徒会役員のような使命感は欠片も見て取れない。無気力さに満ちた相貌は艶やかなブロンドの長髪も相まって人形のような冷たさを感じさせた。
「……もしかして、俺は今地雷を踏んだのか? それなら一応謝罪しておくが」
「特にコンプレックスを抱いているわけではないのでお気になさらず。おかげでこうしてお目こぼしされてますし、むしろ運が良かったんじゃないでしょうか」
「お目こぼしって……誰が?」
望美がきょとんとしていると、クロエはさも当たり前といった風に、
「決まってるじゃないですか。生徒会ですよ」
クロエの言い草は、明らかに"そういう意味"を言外に含んでいた。
「現神に殺された荒神は死体を持ち去られ、表向きは行方不明扱いになる。先輩方もそれは知ってますよね?」
「ああ」
「じゃあ聞きますけど、消えた荒神は全員が現神に殺されたんでしょうか? 荒神を憎み、荒神の死を望む人間はもう一人いますよね?
現神に死体を奪われて妙なことに使われるくらいなら、先に始末して死体を処分してしまった方が効率的じゃありませんか?」
まさか、と明が思う中、クロエはさらに言葉を続ける。
「会長と副会長、これまでにも何度か連絡がつかなくなることがあったんです。今みたいに何日もいなくなるのは初めてですけど、私たちに内緒で、他人に言えないようなことをしてるのは間違いないと思います」
視線は動かず、ソーサーの上に置かれたカップを見つめている。琥珀色の水面が映し出すのは不信に濁る少女の瞳。
「一度、私の異能でこっそり追跡してみたことがあったんです。そうしたら」
「何を見たの?」
「家を何軒も調べてました。橿原市から離れた地域にある、私たちが普段行かないようなところばかりを重点的に。後で調べて分かったことですが、それらは全て行方不明者の自宅でした」
「そこにいた荒神を武内が殺したと? いやしかし……普通に何らかの調査をしていたとは考えないのか?」
「だったらわざわざ秘密にする理由がありませんよね。会長たちはその場所に荒神がいたことすら明かしてないんですよ」
饒舌に語る口は、しかし怒りに震えてはいない。
裏切られたとすら思ってはいないのだろう。
おそらくクロエは初めから生徒会を信用していない。一連の態度がそれを物語っている。
「私が見逃されている理由は、きっと目立ちにくい能力だから。でも、もし現神にバレたら会長はためらいなく私を殺すでしょう。そうしない理由がありません」
「だけど神崎さん、副会長の門倉先輩も日下部くんも荒神でしょう? あの二人もそのうち殺されるっていうの?」
「あの人たちは元々武内家の子飼いだから別ですよ。私は……生徒会でもよそ者ですから」
感情を排した声。その奥底に何が眠っているのか、クロエと知り合ったばかりの明には分からない。
ただ、一つだけ分かったことがある。
クロエは生徒会を信用していないのではなく、世界を信用していないのだ。
「お前の言うことはある程度筋が通っているような気もするが……いささか短絡的だぞ。武内は堅物の阿呆だが、そこまで冷酷な人間ではないだろう」
「他人が自分の期待通りに動いてくれるなんて、それこそお子様の考えですよ」
クロエは紅茶の残りを飲み干すと、食べかけの弁当箱を早々と鞄の中に仕舞った。
「とにかく、忠告はしました。あとは先輩のお好きにどうぞ」
それきり黙ったクロエから意識を外し、明は窓の外を見る。
皮肉なものだ。敵である現神をも信じようとする者がいる一方で、苦楽を共にするべき身内すら信じない者もいる。
どちらの判断が正しいのか。あるいは、どちらも正しいのか。
いずれにせよ答えは遠からず出るだろう。
願わくば、その答えが自分の望むものであってほしい。
そう願う程度には、明はこの世界に希望を抱いていた。