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第七話 道程の是非

 校舎から出た時、既に日は沈みかけていた。

 周囲の景色は暗い色を湛え、深紅の空は深い藍色に飲み込まれつつある。

 現在、昇降口にいるのは明と望美の二人だけだ。

 蓮とクロエは戸締りをするために残り、猛は補習中の黒鉄を迎えに行っている。斗貴子は夕飯の買い出しがあると言って先に帰ってしまった。

 明は凝り固まっていた首を回しつつ、今日の会議で得た事実を思い返していた。


「剛力無双の現神(うつつがみ)、か」


 生徒会の話によると、タヂカラオの能力は実に単純明快なものなのだという。

 その正体は筋力の強化。鍛え抜かれた肉体を異能によってブーストし、とてつもない怪力を生み出しているのだ。

 巨岩のような両腕から繰り出される一撃はまさに圧巻。全てのリソースを攻撃だけに振り切る戦闘スタイルは敵ながらあっぱれと言わざるを得ない。

 だが、どのような強者にも何かしら欠点は存在するものだ。タヂカラオのように偏った特性の者であれば、その傾向はなおのこと顕著になる。

 昼間の戦いで判明したことだが、どうやらタヂカラオはフトタマの結界をあまり上手く扱えていないらしい。

 それが生来の荒っぽい気質に由来しているのかは分からない。が、とにかく彼の作り出した結界は不安定であり、猛たちとの戦いが始まってから一時間と経たずに解除されてしまったのだという。そして明たちが天香久山に到着したのがちょうどその時だった、ということだ。


「強いことは強いけど、相手の有利な地形に閉じ込められる危険性は少ないんじゃないかな。そういう意味では場当たり的な対処しかできなかった今までより楽だと思うよ」


 猛はそんな台詞で会議を締めていたが、明としてはとてもそんな軽口を叩ける気分ではなかった。

 タヂカラオは強い。それはあの場にいた全員が肌で感じている事実だ。

 数の上ではこちらが勝っているとはいえ、今のままでは到底勝てる気がしない。

 少しでも勝率を上げるための何か──綿密な作戦とかチームプレーとか、そういったものが必要とされているのだ。


「生徒会と出くわしたのはつくづくラッキーだったな。おかげで戦術に大きな幅ができた」


 自分たちは生徒会の協力を取り付けることに成功した。一時的にという但し書きがつくものの、これは互いにとって大きな前進だ。


「これも武内が留守にしていたおかげだな。あの雷親父がいたらここまでスムーズに話はまとまらなかっただろう」


「……私は、そうは思わないけど」


 と、そこで望美が口を開いた。彼女はぱっと顔を上げ、何かに気付いたような眼差しで明を見る。


「ねえ夜渚くん。私たち、もっと早くにこうするべきだったんじゃないかな」


「いや、それは無理筋だろう。武内は俺たちを事件から遠ざけたがっている。奴が考えを変えない限り共闘は不可能だ」


「本当に? 確かに会長さんは頑固なところがあるけど、相手の考えをロクに聞きもしないような人じゃないと思う」


「かもしれんが、結果は見えているぞ。無意味に衝突して生徒会との関係をこじれさせるぐらいなら、独自に行動した方が効率的だ」


「そう、それ。それがきっと私たちの間違い」


「間違い?」


 眉をひそめる明。望美は明の正面に回ると、


「私たち、ここまでずっと走り続けてきたよね。怪しい場所を片っ端から巡って、向かってくる敵は全部倒して。事件解決のために最善の行動……ううん、一番"手っ取り早い"行動を選んできた」


「その通りだ。ただ待つだけでは何も改善しない。そして、どうせ進むなら一歩より二歩だ」


「だけど、その一歩目に大事なものが落ちていたとしたら?」


 望美は一度息を吸い、今度はゆっくりと語る。


「私、夜渚くんには凄く感謝してる。きっと私一人じゃここまで来ることはできなかったし、夜渚くんのおかげで救われた人も大勢いると思う。

 でも……だからこそ。仲間が増えて選択肢も増えてきた今だからこそ、私たちは慎重に考えて行動するべきだと思う。大事なものを見落とさないために」


 そこまで言われて明は気付く。

 望美の言葉は何も生徒会だけの話をしているのではない。彼女はもっと広い視点で物事を語っている。

 現神との戦いが本格化しつつある今、わずかな読み違いが戦局に甚大な悪影響を与えてしまうことが無いとは言い切れない。

 短期的な成果を追い求めるあまり道を間違えるようなことがあれば、それこそ本末転倒だ。

 それを踏まえて明は考える。望美の言わんとしていること、その意味を。

 彼女は慎重になれと言っている。先入観に囚われるなとも。つまり──


「私、あれからずっと気になってるの。──タヂカラオは、本当に殺さなきゃならない相手だと思う?」


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