第六話 電波生んでる?
「またお前か、木津池」
明は一ミリたりとて表情筋を動かさず、もはや見慣れた闖入者……木津池秀夫に顔を向けた。
この男がいきなりなのはいつものことだし、いちいちそれに反応してやるのも何だか癪だ。愉快犯はスルーと相場が決まっている。
「うわっ、何だお前!? ……って、こら! 勝手に生徒会室に入ってくるんじゃない!」
「はぁ……そちらの先輩方といい、会長がいなくなった途端にわらわらと沸いてくるんですね。鬼のいぬ間に命の洗濯というやつですか?」
が、木津池の奇行に耐性のない一年生コンビははまんまと彼好みの反応を返していた。
奇異と呆れの視線を一身に受けながら、木津池は部屋の中央へと進み出る。
髪を整え、服を整え、お辞儀の後に咳払い。それから数度の発声練習を経て、
「遅い。これがスピーチテストならお前は即失格だ」
「うんともったいぶった方が雰囲気出るでしょ? クイズ番組なんかでよくあるドラムロールと同じだよ」
「エンタメ性を要求した覚えはないぞ」
「だろうね。これは俺の趣味だから」
殴りたくなる衝動を鉄の自制心で抑えると、明は迷走しつつある話題をリセットした。
「木津池、改めて問うぞ。天香久山には何がある?」
一字一句力を込めて質問する。向かいに座る蓮が密かにつばを飲み込む音が聞こえた。
木津池は一拍溜めた後、
「棺に祭壇、それと天井の壁画」
「……おい、それじゃあ他の遺跡と一緒じゃないか。手抜きにも程があるぞ」
「手抜きだなんてとんでもない。むしろ天香久山こそが本家本元、一番最初に作られた人工山なんだ。畝傍山と耳成山は天香久山をベースに作られた二号機三号機だと俺は考えてる」
「つまり、天香久山に焦点を当てれば三つの遺跡全ての謎が解けてくる……ってこと?」
うかがうような望美の言葉に、木津池は小粋に指を鳴らすことで応じた。
「天香久山は曰くありげな言い伝えに事欠かない場所でね。山が天から降りてきたとか、神力あらたかな蛇神様を繋ぎ止めているとか。山中にある大岩からお月様が生まれたなんて逸話もある。
そして、ふもとには太陽神アマテラスがお隠れになったとされる天岩戸が祀られている」
「神とか山とか、超常的なものを内に収めるような話が多いね……」
望美はそこではたと息を止め、
「……もしかして、現神は天香久山に封じられてたの?」
「いつもながら金谷城さんは鋭いねえ。でも残念、ちょっとだけズレてる」
木津池はちっちっちっと指を振り、そのまま高く掲げてみせる。
「香久山はかぐや山……日本最古の昔話である竹取物語の舞台だと言われている。かぐや姫は絶世の美貌と不可思議な力を兼ね備えた才女だけど、その本質は人に他ならない」
「おい、また話が飛んだぞ。かぐや姫が人間だろうがオランウータンだろうが今の話には関係無いだろう」
「ノンノン、それが大有りなんだよね。見方を変えれば、天香久山には千年以上前から超常の力を持つ人間に関する言い伝えが残されてたってことになる」
「……!」
明は思わず自分の手のひらを見た。
人でありながら、人の域を超越した存在。神の力を分け与えられし者。
「君たちは一度もおかしいと思わなかった? どうして荒神は遺跡を見つけることができるのか。どうして他の人間のように方向感覚を狂わされないのか」
「それは……そういうものだとしか……」
「あらゆる物事にはちゃんとした理由があるんだよ、夜渚くん」
木津池は教師のように言ってから、
「荒神が遺跡の電磁攪乱を受け付けないのは、生まれつき耐性が備わっているからだよ。なぜって、彼らのご先祖様は遺跡の中で生まれたんだから」
「……ということは、まさか」
掲げた木津池の指先が、ここにいる全員の前を順繰りに巡る。
「『超常的なものを内に収める』っていう金谷城さんのコメントは半分正解。大和三山にある遺跡は、現神の力を込められた新人類──"荒神"を作り出す場所だったんだ」
童話でも語り聞かせるように、ゆっくりと結びの言葉を吐く。
皆、何事かを考え込むように押し黙っていた。
少なく見積もっても百世代以上前の話とはいえ、自分たちのルーツが怪しげな地下遺跡にあると聞かされるのは良い気分ではないのだろう。
生徒会の二人もこの事は知らされていなかったらしく、純粋な驚きをもって木津池を見つめている。
ただ妙なことに、当の木津池はそれほど自慢げな顔をしてはいなかった。お得意の謎理論を存分に開帳できたにも関わらずだ。
まるで軽いウォーミングアップを終えただけといった感じの落ち着きぶりに、明は一つの推論を得ていた。
「木津池。お前、まだ何かを隠しているな? 荒神の起源や大和三山の秘密よりも重要なことをお前は掴んでいる。違うか?」
「いいねえ、やっぱり君は俺のソウルメイトだ」
返事の代わりに木津池は今度こそ自慢げな笑みを見せた。
「夜渚くん、この事件が終わったらぜひ電研に入りなよ。一緒に世界の真実を探求しようじゃないか」
「お断りだ馬鹿。それよりさっさと話せ」
「残念だけどそっちはまだ確定事項じゃないんだ。しかるべき時が来ればちゃんと話してあげるよ」
「またそれか。前もそんなことを言っていたが、その"しかるべき時"とやらはいつになったら訪れるんだ?」
「もうじきだよ」
「具体的に言え」
「ほら、君が紹介してくれた刑事さん……ええっと、確か毘比野さんだっけ? あの人からもらった情報を元に調査を進めてる最中なんだ。
それが終わればようやく全ての謎を明かすことができる。現神や荒神の正体も、新たな神代も、そして敵の本拠地がどこにあるのかも」
「……大きく出たな」
その話が誇張でないとすれば、木津池は武内よりも遥かに多くの真実を知っていることになる。
正直、一刑事かつ一般人である毘比野の情報から事件の真相に迫ることができるとは思えない。
だが、現状では木津池の言葉を信頼する他ないのもまた事実。ことオカルトに関して言えば、彼は名探偵顔負けの捜査能力を有しているのだから。
「ってなわけで、君たちにも協力してほしいんだ。それが今日ここに来た理由」
「協力、だと?」
「そう。自説の信憑性を強化する意味も込めて、天香久山の遺跡にある壁画を確認してきてほしい」
「ちょ、ちょっと待てえ!」
我に返った蓮が跳ねるように起立する。
「そんな曖昧な理由で遺跡への立ち入りを許可することはできない! いや、確かに……何か落書きみたいな絵はあったような気がするけど、あんなものを見たところで何が分かるっていうんだ?」
「おそらく、あの壁画には大和三山が作られた経緯と由来が記されている。だから三つの壁画が揃えばおのずと真実に辿り着くことができるって寸法なのさ」
「どういう理屈でだよ?」
「せっかちくんだなぁ。それは後のお楽しみってことで」
「ぐっ……こいつ腹立つ……!」
蓮がぎりぎりと歯を噛みしめる中、木津池は両手を軽く前に出し、
「聞くところによれば、今の生徒会は戦力半減状態だっていうじゃないか。ここは一つ夜渚くんたちと手を結んでさ、天香久山を奪還することに注力した方がいいと思わない?」
「そりゃまあ……タヂカラオは強かったし、戦力は多いに越したことはないけど……でも」
口ごもる蓮。彼の中では現実的な戦力計算と武内への義理立てが激しくせめぎあっているようだ。
とはいえ猛はどちらかといえばこちら側だし、クロエは一貫して白紙投票の姿勢を貫いている。生徒会というくくりで見れば、天秤は間もなく賛成に振れるだろう。
荒神と生徒会の対タヂカラオ共同戦線が締結されたのは、その日の夕刻だった。